第18話 息ぴったり
「へー!」
あの布は寮長の証だったのか。
「強制ではないらしいけど、今の子は快く引き受けてくれてるよ」
アリスは寮長のうえ、手伝いもして優等生だなあ。
また感心しているとシオン先生が体育館に入ってきた。
「みなさん、そろそろ時間ですよ。話をするので座って待ってください。寮長は全員いるか確認してくださいね」
自由に過ごしていた生徒たちだったが、シオン先生の呼びかけに素直に従った。
リッカも大人しく座ろうとしているのを見て、「ちゃんと『生徒』できるじゃん」と笑いそうになった。
微笑ましく見ていると、シオン先生が声をかけてきた。
「チハヤ先生。勇者様は本日城を出発するそうですよ。ドリスが送ってくれた新聞に載っていたので、あとでお見せしますね」
「!」
この世界にも新聞があるのか。
じゃあ、京平の様子は新聞を通して定期的に知ることができそうだな。
「ありがとうございます! 京平、もう旅に出るのか……」
「塔の出現が迫っているのもありますが、主要な町を通って勇者様の姿を民に見せながら進むようですよ。道中に修行も兼ねて魔物退治もするようで……。勇者様は立派ですね」
「そうですね……」
すごいな、着々と偉大になっていくなあ。
遠い人になっていくようでちょっと寂しい。
「シオン先生! 草食獣組、揃ってま~す」
少しセンチメンタルな気分になってしまっていたが、元気よく報告してきたアリスの声にハッとした。
オレだってこれから生徒たちの前に出て挨拶をするという大仕事をしなければいけない。
やっぱり、第一印象が大事だからな。
シュロ先生のときはしくじってしまった感があるから、今度こそいい印象を抱いて貰えるようにしたい。
アリスの報告に、ライオン獣人とカラス獣人の子たちも続く。
「リッカが最後でしたー。肉食獣はみんないまーす」
「「確認しました」」
「ありがとうございます。では、全員いるようなので集会を始めましょうか」
シオン先生はそう言うと生徒たちの前に立った。
それにシュロ先生も続いたので、オレも真似して並ぶ。
キオウ先生の姿を探したら、生徒たちの後方で腕を組んで立っていた。
用心棒感がすごい。
オレたちとは離れたところから見守るつもりらしい。
それにしても、佇んでいるだけなのに迫力があるな……。
「みなさん、おはようございます」
シオン先生が全体に向けて挨拶をすると、「おはようございます!」と元気な声が返ってきた。
座っている生徒たちを見ると、オレよりも体格がいい子が多いし迫力がある。
それなのに素直に挨拶を返すなんて可愛い。
「もう知っている生徒も多いと思いますが、我が校に新しい先生がきてくれています」
みんなの視線が再び集中したので、「よろしく!」という意味を込めてにっこり笑うと――。
「「「!!!!」」」
なぜか生徒たちは驚いてざわざわし始めた。
『なんかこう……なでなでして欲しくなった……』
『分かる……』
「? ……あ」
生徒たちの様子を見ていると、めちゃくちゃ不機嫌そうなリッカと目が合った。
今にも駆け寄ってきそうな雰囲気を出しているが、大人しくしていてくれ。
シオン先生は生徒たちに「静かに」と軽く注意をすると、続きを話し始めた。
「そして、怪我や体調不良を癒す『保健室』ができました。校舎の一階、職員室の隣です」
先生方は職員室にいることが多いので、オレも近くに方がいいということになったのだが、ちょうど隣が空き部屋だった。
そこが今日からオレの城――『保健室』だ。
「その保健室に常駐してくださる先生が、こちらの『チハヤ先生』です。具合が悪い生徒は相談に行きましょう。チハヤ先生には挨拶をして貰いますが、その前にシュロ先生から少しお話があります」
「はい。大事なことだから、みんなちゃんと聞けよー」
シュロ先生が一歩前に出る。
オレとシュロ先生の業務内容は近いから、生徒たちが混乱しないように説明すると言っていたのでその話だろう。
スキルで治すことがシュロ先生の妨げにならないか心配だったのだが、「備蓄を増やしたいから何も気にせず、干からびるまでスキルで生徒を治せ」と言われた。
はい! 干からびるまで治します!
「今までは怪我したり、具合が悪かったら薬で治していたけれど、これからはまずチハヤ先生のスキルを頼ってくれ。もちろん、薬の方がよければこれまれ通りぼくに声をかけてくれてもいい。ただ、薬は貴重だからできるだけ在庫を作っておきたいと思っている。チハヤ先生のスキルは、薬では治せなかったリッカの頭痛を治すことができた優れものだから、みんなは安心して治して貰ってくれ」
「シュロ先生……」
よく知らない奴が「あなたの体を治しますよ~」と言っても、多くの生徒が不安を感じてこれまで通りに薬を頼ろうとするかもしれない。
だから、「薬の在庫を作りたい」ということを伝えたのだと思うが、それよりもオレに配慮してくれた部分が多い気がする。
不審者じゃないから頼って大丈夫だよ、と伝えてくれたのだ。
優しさの塊じゃん……やっぱりオレ、シュロ先生に恋しちゃうかもしれない!
「じゃあ、チハヤ先生に挨拶して貰おうか。お願いします」
「あ、はい!」
シュロ先生に促され、今度はオレが一歩前に出た。
マイクなんてないから、大きな声を出さないといけないのが緊張するな。
「保健室の先生をさせて貰うことになった千隼です。見ての通り人間で、ついでに異世界人です。年齢は17歳。調理を手伝ったり、スキルでみんなを治すのでよろしくお願いします」
「え、異世界人?」
「人間が僕たちを治すの?」
「17っておれたちと変わらないじゃん」
「スキルが効くって本当なのかなあ……」
オレの言葉を聞いて、生徒たちはまたざわつき始めた。
「異世界から勇者が召喚されたのを知っていますか? そいつと一緒にきたのがオレです。オレのスキルは『小回復』なのでどこまで治せるかは分からないけど、何かあった相談だけでもいいので来てください。歳も近いし気軽に来て欲しいです」
耳に入った疑問に答えながら、最低限のことは言えたと思う。
「なあなあ」
前に見かけたクマ獣人の生徒が、リッカとスノウに話しかけているのが目についた。
「お前らはチハヤ先生に治して貰ったんだろ? どうだった? ちゃんと治った? 痛くなかった?」
クマ獣人の声が低いイケボでよく通るからか、周囲の生徒も会話に注目しているようだった。
二人とも「治った」と答えるのかと思ったら――。
「「気持ちいい」」
予想外の回答でシンクロした。
治しているときに痛がっている様子はなかったけど、気持ちよく感じるというのは初めて知った。
ぽわっと光るから、暖かくてぽかぽかするような感じなのだろうか。
オレはそんなことを考えていたのだが……。
「えー! チハヤ先生に気持ちよくして貰えるんだあ? おいら股間辺りが病気なのかもしれないので治して欲しいでーす!」
もう一人見覚えがあったオオカミ獣人の生徒がふざけてそんなことを言ってきた。
黒と茶色が混じった長い髪を一つに束ねていて、見た目はいいのにどこか下っ端感がある少年だ。
股間を気持ちよくして欲しいって……普通にセクハラだぞ?
オレはお前達ど同年代の男だから、そんなしょうもないイジリで赤面したり慌てたりすることはない。
こういうノリの奴、一人はいるよなあと呆れていたら――。
「ゴフッ!」
オオカミ獣人が苦しげな声を出して吹っ飛んだ。
「え!?」
何ごとだと思ったら、リッカとスノウが立ち上がっていた。
どうやら二人が思い切り飛ばしたようだ。
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