第19話 救国の女神はザイコンを知る。
異常な光景だった。
格闘家のような出で立ちで、顔は仮面で隠れていて見えない。
肌は人のそれと、魔物のような鱗状のそれが共存…混在していた。
体格で男性だとわかるそれは、両手に荷物を持っている。
砦前に駆けつけた老騎士やアーセワ達は、男を見て言葉を失ってしまう。
男が「初にお目にかかる。まあこの前は手痛い迎撃を貰ってしまったがな」と言うと、アルーナが「お前、あの時の?」と辛うじて言葉を返す。
「ああ、私はナイヤルトコ軍、軍団長のザイコン。わかりやすく言えば、パレスドラゴンを一撃で破壊して、城の防御魔法を一撃で粉砕した者だ」
「…それで、何の用だ?お友達になりたくてウチらの司書を連れてきてくれたのか?」
そう、ザイコンの手には豪華な箱とシムホノンが荷物のように持たれていた。
「いや、彼はナイヤルトコの虜囚だ。彼の最後の願いを聞き、私と利害が一致したのでこうして連れて来た」
ザイコンはシムホノンを放り投げると、腰や首、手には縄が付けられていて顔も傷だらけになっている。
見ていられないのはアノーレで、前に出て駆け寄ってしまうが、ザイコンは何の邪魔もしないで見ている。
シムホノンを起こして両頬に手を当てて「ああ、アンタ。そんなに傷だらけで縄までされて」と声をかけるアノーレに、「あはは」と照れ笑いをしたシムホノンはやり遂げた男の顔で、「使徒様、私は約束を果たせました。本達は無事です。今のアルデバイトに必要な本達をお持ちしました」と言うとザイコンは箱を下ろす。
キチンと丁寧に下ろすザイコンに、シムホノンは「ありがとうございます」とキチンと礼を言った。
「この先ってどうするつもりだよ。攻め込むのか?いや、第二陣の馬車隊を壊滅させたのは、お前だろ?馬車隊みたいに全殺ししようってか?」
圧を放ってなんとか威嚇するアルーナに、「万全ではないのだろう?この場に居ないということは、女神と呼ばれた少女も不在。やめておいた方がいいな」とザイコンが鼻で笑い、シムホノンは「なりません。ザイコン氏はご理解くださる方です。ただ殺されるだけの私の命を使い、本を届けたい願いを聞き入れてくれて、侵略の目的をお教えくださいました。それにザイコン氏の身体は傷つき治る度に強化されてしまいます」と止めると、アーセワの横にいた老騎士に、「レーカンパー様、陛下や殿下は無理だとしてもワルコレステ様をここにお願いします」と言う。
老騎士は狼狽えながらワルコレステを連れてくると、ザイコンがもう一度名乗り上げてからアルーナを見て「第二陣の馬車隊…、確かに壊滅させたのは私だ」と言い、「感謝をしてほしいものだ。アイツらは国を腐らせる虫だった」と言う。
どよめくワルコレステと老騎士と老神官に、「あの馬車隊を率いていた貴族だが、私が護衛隊を一瞬で引きちぎると、顔色を変えて王子殿下は先発隊…第一陣にいて、国王陛下は後発隊…第三陣にいる。殺すならそちらにしろ、金ならやるから見逃せと言って来たから、全て殺しておいた。見せしめに木に吊るし、後発隊の連中が拾えるように医薬品なんかは、ほとんど壊さないようにしておいた」とザイコンが説明をする。
これによりカオデロスは我が身可愛さに国王陛下、王子殿下を売ろうとした事が明らかになる。
ワルコレステは「にわかには信じがたいので、何も言わない」と言いながら前に出ると「それで、ナイヤルトコの戦争目的は?和平は存在するのか?何故魔物を引き連れて、魔物の使う魔法を使える?」と質問をした。
「戦争目的…、ナイヤルトコは魔物を従わせ、魔物の魔法を使える力が手に入った事で、魔物の住む楽園を作ろうとしている。魔物の力を手にした我らが皇帝陛下は魔物の望むままにアルデバイトの民を殺している。和平は存在しない」
益々混乱するワルコレステ達と、ザイコンの間に立つように、シムホノンは口を挟む。
「よくお聞きください。私はザイコン氏の話を聞き、ある提案をしました。ナイヤルトコの目的がアルデバイトの淘汰殲滅だとしても、魔物が望むものがただの死ではなく、戦っての死だとした場合、冬の厳しさや食料問題等は、ナイヤルトコにとってもよろしくない事になります。なので私の命と引き換えに、アルデバイトを救うことの出来る本を用意してもらい、冬を越え、次の春を迎えてから一年の月日があれば、アルデバイトはナイヤルトコの侵略に備えられるようになります。その一年でこの追いやられた土地を解放して、人々が暮らせる土地にしてください」
「そう言う事だ。約一年と3ヶ月はある。準備をして人を増やしておくといい。話はもうないな?それでは行くぞ虜囚シムホノン」
シムホノンはキチンと礼をして、「ご厚誼ありがとうございます」と言ってから、ワルコレステ達に「それでは、私はここまでです。ですが私の持って来た本と、メーライト様の御力があれば、アルデバイトは決してナイヤルトコに屈する事はありません。皆様方の勝利を信じております」と挨拶をすると、自分の足でザイコンの方へと向かう。
それはさながら処刑台に進む姿に見えてしまう。
「皆ごめん」と声をかけてから、アノーレは「待って!」と言ってシムホノンを追いかけると、「そんな傷だらけはダメだよ。アンタ1人なら治せるから」と声をかけて振り向かせる。
「なりません使徒様!メーライト様がここにいらっしゃらないのは、目覚められないからですよね?」
「女の気持ちはそんなのじゃ止まらない。アンタみたいな男をただ見送るなんて無理さ。それに私を使徒で片付けないで、キチンとアノーレって呼びなよ」
アノーレは使徒ではなく女性の顔をしていた。
そのアノーレに見つめられたシムホノンは、赤い顔で照れながら「アノーレ様、私はあなたの生涯も存じております。あなたの存在がワマームを輝かせたのです。それは間違いではなかったと、あなたを見て確信しました」と言って微笑む。
赤い顔のアノーレは「ありがとう。アンタの命を無駄にはしない」と言ってからザイコンを見て「この人の命の重さと対価をいつかアンタ達に思い知らせる」と言い切ると、治癒魔法でシムホノンの怪我を治してしまう。
シムホノンは感謝を告げて、ザイコンは「魔物の魔法に、治癒魔法はない。興味深いな。私にもかけてみてくれるか?」と言い治癒魔法を使わせたが、何故かザイコンの肌は焼けただれてしまい、「そうなるか」と自嘲気味に笑っていた。
「やる事は済ませた。行こう」
「はい。お世話になります」
シムホノンはもう一度ワルコレステ達にお辞儀をしてからザイコンに連れて行かれてしまった。
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