第13話 救国の女神が眠っている間に話が変わっていた。

何とかなる空気感にメーライトがホッとした時、目の前のシムホノンは泣いてメーライトの手を取って、「神の御技を拝見いたしました。メーライト様、ありがとうございます」とお礼を言う。


「え!?私何にも出来てません!アーシルさんの事も司書様が居たからです!」

「いえ、それはレーカンパー様から、メーライト様がどのように使徒様達をお喚びしていたかを聞いていて、早晩行き詰まると思っていたからこそ出来た事でございます」


そのままシムホノンは、「私のやる事がわかりました。これまでの生で伴侶との出会いがなかった事も含めて、全ては今日のため、この時のためです」と言うと、「メーライト様、私の命はメーライト様と使徒様の為に御座います。本選びから使徒様の事、このシムホノンにお任せください」と言う。


メーライトは老神官以上の熱量のシムホノンに引いてしまうが、当人には関係なく、「今のまま助けたい者を助ける事も間違いではありませんが、今回のようにいない場合もございます。その時には周りを見て、描かれない人生を夢想してあげてください」と言って手を離すと、「移動までの間に、メーライト様のお役に立てる本をご用意しますね」と言いながら部屋から飛び出して行った。



未だ外から聞こえてくる戦闘音。

下手をすれば夜通しの戦闘になりかねない。

そして明日がどうなるかは、誰にもわからなかった。


アーセワはメーライトに夜食を用意し、アノーレが「神様、神様が夜寝ていても平気なように、私達も現れていられるようにしておくれよ」と声をかけて実行しておく。


そこに老騎士が現れて「この先のご相談に参りました」と言った。


かといって、メーライトに何かが話せるわけもなく、食事の用意を終えたアーセワが窓口となり、国王の元に向かう。


国王の元には貴族達も集まっていて、中にはバナンカデスの父、カオデロスまで居た。


カオデロスは大きな顔をしていて、アーセワに「娘のこと、大変ありがたく存じます」と、付き合いの深さをアピールし始める。


アーセワは親子揃って忌々しいと思いながら「いえ、ですがお嬢様には、もう少し状況の把握や、空気を読むご指導された方がよろしいですね。今劣勢なのは、お嬢様が神様の足を止めてしまい、追加で1人しか呼べていない事も原因の一つです」と無礼に返事をする。


カオデロスはバツの悪い顔もせずに飄々とする中、周りからは「王の御前で」などと聞こえてくる。


アーセワはそれこそ態度を悪くしながら、「我々に人の階位は無縁。そこから話すのであれば、今戦っているアルーナ達も呼び戻して、仲良く話し合いましょうか?」と微笑みかける。


老騎士が「今話し合いが行えるのも、女神様と使徒様あっての事です」と口を添えてようやく話し合いが始まる。


話し合いは簡単に言えばこの先の事だった。


カオデロスと数名の貴族達は、本来の第二陣を第三陣にして現存する人員の3割を先に出発させようと言い出した。

無論、陣頭指揮はカオデロスが取るという…ていのいい逃げ口上。


国王は第一陣の為にも、ここで奮戦して時間稼ぎをしたいと言い、別の一派は今すぐにでも撤退を始めるべきだと言う。


大まかに3案があり、決められない以上、アーセワのコメントを貰うことにしていた。


確かにどれも有効で、どれも危険しかない。

移送組を三つに分ければ、メーライトが組み込まれる第三陣は移動速度も上がり、守るべき母数が減る以上、守りやすくなる。

今すぐの撤退にしても、敵の切れ目で移動を開始すれば、移動中のリスクは随分と減る。


そして籠城戦にしてギリギリまで戦う案であれば、アルーナ、アナーシャ、アーシルの3人がいて、あの司書が持ってくる本で、強化さえ続けられれば何の問題もなくなる。


「アーセワ殿、ご意見をお願い致します」


老騎士の言葉に、アーセワはメーライトや自身達の得になる事は言わずに、上のことをそれとなく伝えて、「即時撤退は追撃の可能性があります。なのでやるのなら、新たに第二陣を作っていただき、移動してもらっている間に神様には新たな本を読んで貰い、戦力増強をお願いする案か、籠城戦に切り替えて可能な限り戦力を増強する案です」と言う。


即時撤退をしたい連中は急増の第二陣に加えられて、いち早く撤退できる事は喜ばしかったが、メーライトや使徒達がいない事が不満だった。


アーセワが「我々は神様から離れて活動する事ができない身。神様も今はまだ戦力を整える時。致し方ありません」と返す中、外の戦闘音が激しくなった風に聞こえてくる。


即時撤退をしたい連中は「わかった。致し方ない。だが、陛下が残る以上、全霊を尽くしてもらいたい」なんて綺麗事を言いながら、さっさと第二陣の用意を始めた。



アーセワが戻るとメーライトは眠っていた。


「どうなったの?」

「全部で二陣が三陣になって、急増された第二陣は夜明けと共に出発ですわ」


「わぉ。沈む船から早く逃げたいって?」

「ええ、しかも発案者はあのバナンカデスの父親。親子揃って愚かしい」


「まあ良しとしようよ。移送の場にいられたら、神様だって心穏やかに済まないよ」

「ええ、出来たらどこか遠くに行ってくれればいいのに」


「それがいいけど、神様の風当たりがキツくなるよ」

「ええ、信心のない連中は、もう出来た偉業は当たり前、出来て当然になってる。髪の毛ほどの失敗でも神様は悪く言われ…」


アノーレは「心を乱してしまう」と続けながら、「さっきの広域治癒魔法にしても従わざるを得なかった」と漏らす。


「神様が心を乱した時、私達は平常心でいられない」

「どうか人間達が愚かな真似をしない事だね」


アーセワ達は行く末を気にしながら撤退準備も始めて行く。


ようやく空が白んできた頃、魔物と人間の混成部隊は壊滅し、ナイヤルトコは撤退をした。



そのタイミングで、カオデロス達は東への移動を始める。


だが、ここでもカオデロスの無能ぶりが発揮されたのは、最も安全な第三陣ではなく、自身の第二陣にもっともらしい理由をつけて、医師や薬師、鍛治職人や大工等のこれから必要になる職人達や商人達を組み入れた事だった。

目論見は簡単で、護衛に内壁二番の兵達を連れて行く大義名分にする為だった。


医師達の中には、国王と共に行くと残った者もいたが、カオデロスの[安全なうちに移送する]という言葉に踊らされて、大半の者達が第二陣で移動してしまい、アーセワ達は嫌でも移送の無事を願う羽目になった。

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