第10話 救国の女神は初めての体験に浮足立つ。
最初の移動は3日後になった。
時間的にギリギリだが、どうしても砦側の準備が必要な為に、早馬の伝令兵を先行させる目的があった。
その間に、よくない事はコレでもかと起きる。
最早撤退を拒絶する者は皆無だったが、あの話し合いの場で、アーセワ達の前でこの土地を離れないと言い放ったせいで、今更気が変わりましたとは言えない貴族の中から、ロクでもない手に出た者が現れた。
本来ならメーライトには疲れを癒してもらったら、図書館へと赴き、新たな使徒を迎える話が出ていたのに、それを邪魔するようにカオデロスという貴族の娘、バナンカデスが、この戦時下にお茶会を開き、慰労すると言ってメーライトを招待し始めた。
空気の読めなさを諌めて、注意してくる周囲をカオデロスが封殺して、娘のバナンカデスはメーライトの友達の立場を手に入れようとお茶会の場で「お友達になってください」と言う。
メーライトからすれば、友達なんてできた事もなく、目を丸くして…戦時下なのに時間を忘れるような夢のひと時を過ごしてしまう。
ある意味では良かったとも言える。
メーライトの体調は、アルーナ達の戦闘力に直結している。憤る老騎士と老神官に「多分今の神様なら、アタシが全力で動いても耐えてくれるくらい元気になったから、悪いことだけじゃないって思うしかねーよ」とアルーナがフォローに入るほどだった。
だが、それでも今ではない。
バナンカデスの元から戻ってきたメーライトは、夢心地で「スイーツも美味しくて、皆綺麗で、私にお下がりのドレスを着させてくれて、綺麗だって褒めてくれたの」と報告をする。
夢心地のメーライトに老騎士が「メーライト嬢、水を差して申し訳ございませんが、図書館へお願いします」と言いう。
メーライトは嫌がる事なく図書館に向かう時も、「私頑張ります!バナンカデスさんの為にも、この戦争を勝てるように強い方をお迎えします!」と言っている。
司書官のシムホノンは、メーライトに恭しく挨拶をすると、「メーライト様、素晴らしいお力で御座います。私もかつて読んだ本から、志半ばで倒れられた方々が、使徒として顕現なされて我々を助けてくださる。本を愛する者としてお礼を言わせてください」と言う。
メーライトが謙遜する中、シムホノンは本を敬愛しているからだろう。
「レーカンパー様のお話と、メーライト様が喚ばれた使徒様達を見て、私なりにオススメの本を3冊用意しました。恐らく1冊は喚べないと思われますが、それが確かであれば、私がまたオススメの本をご用意させていただきます」
そう言って3冊の本を出してきた。
メーライトは急いで本を読まなければならないのに、バナンカデスと過ごした時間が雑念になり邪魔をする。
それはアーセワから老騎士に、「あのお嬢さんも3日目の移動に加えてください。物理的に引き離さないと負けますわ」と言わしめるほどで、更についていないのは、読んだ1冊目がシムホノンが見越していた喚べない1冊だった。
それでも本を読み始めると、メーライトは本に集中する。
だが、2冊目に手を伸ばす時になると、部屋の外ではバナンカデスが夕食に招待したいと邪魔をしに来ていた。
アノーレと老騎士があしらう間に、アーセワが宰相ワルコレステの元に行き、「このままでは負けますわ」と圧を放って言う。
「何事ですか?」
「あのバナンカデス嬢を神様から引き離さないと、神様は初めての外の世界と、初めての友達の存在で、浮き足立っていて本を読めていません。元々は今日は読書にあたり、最低でも2名を喚びだしてもらう予定でしたが、まだ1人も喚べていません」
ワルコレステは「はぁ…、カオデロスの娘ですな?ほとほと呆れ返る愚行だ」と言って立ち上がると、アーセワと共にメーライトの部屋を目指す。
部屋の前ではアノーレと老騎士がバナンカデスを制止していて、バナンカデスは「何を言いますの?友達の私は、友達のメーライトさんから、3日の猶予があると聞きました。戦の準備など明日からでも十分でしょう?」と言って、「夕食にご招待したいの」と言いながら扉に手をかけようとしている。
ワルコレステは宰相の立場で、バナンカデスに「カオデロスの娘よ」と声をかけて圧を放つ。
ワルコレステを見たバナンカデスは、荒げる声を抑えると恭しく挨拶をして、「カオデロスの娘、バナンカデスがご挨拶申し上げます」と言う。
「今がどんな時かわかっているのかな?」と聞いても、バナンカデスは兵もいるしメーライトの使徒達もいる。今はロクな暮らしをしてこなかったメーライトに喜んでもらって、仲を深めていきたいと言って聞かない。
「それに3日あれば明日からでも間に合います」
「3日の根拠は、人対人の話。ナイヤルトコは魔物の力を手にしている。想定よりも早まる事もある。自重しなさい」
ワルコレステは、これ以上話す事はないと老騎士と兵士達に声をかけて、「バナンカデス嬢はお帰りだ。丁重にお連れしろ」と言ってバナンカデスを帰らせる。
ワルコレステはアーセワに、「あえて悪になります。不遜な態度などと怒らないように」と断ってから、メーライトの部屋に入ると、メーライトはアルーナに制止されて涙目になっていた。
ため息をついたワルコレステは、「この度はカオデロスの娘がご無礼を働きました」と挨拶をする。
「そんな事ありません!バナンカデスさんは私のお友達になってくれました!」
「メーライト嬢?本日は新たな使徒様を、お迎えするはずでしたが?」
「それは…」
「息抜きと休息は必要ですが、結果があってこそです」
何も言えなくなり、顔を暗くするメーライトを見て、アルーナが殺気立つとその奥でアーセワが首を横に振る。
「救国の女神様のお邪魔をしたとあれば、バナンカデス嬢も、その父親のカオデロスも、厳罰に処すしかありませんな」
今はメーライトに言うより、バナンカデスの名前を出す方がいいと判断したワルコレステは、間違っていなかった。
泣いて「読みます!キチンと読みますから!バナンカデスさんは悪くありません!」とメーライトが言い、ワルコレステは「約束をしてください」と釘を刺してから、「明日までに新たな使徒様がいなければ…そう言う事になります」と言って部屋を後にした。
執務室に戻ったワルコレステを待っていたのは、老騎士とシムホノンだった。
「どうした?」
「ご報告に来ました。レーカンパー様のお話と、顕現なされた使徒様達、それらから私が推察し、メーライト様に本を渡しました。中には使徒様が喚べる本と、恐らく喚べない本を渡しました」
シムホノンの言葉に、真剣な顔になるワルコレステを見て頷くシムホノン。
「その顔なら確信の通りだったのだな?」
「はい。使徒様達はレーカンパー様には相性と言っていたそうですが、相性よりも大きなモノがございました」
「それは?」
「作家でございます」
「作家?たしか死んでいる作者の本からしか使徒が喚べないと言っていたが」
「はい。それ以外にも要因がございました」
深呼吸をしたシムホノンは「作家が人生を賭け、魂を込めて書いた物語。その登場人物が、救国の女神メーライト様の御力によって顕現されます」と言い切った。
「素晴らしい報告だ。ならば明日からその本達を渡して使徒達を喚べれば、戦局を容易にひっくり返せるのだな?」
「はい。ですがこの先、恐らく遠からず問題が訪れます」
「問題?」
「はい。使徒様達の御力は全てメーライト様の想像力に起因しています。あのアノーレ様は本来ならばただの娼婦です。ですがメーライト様のお力で治癒魔法を放つシスターになれました。この先メーライト様は想像力不足に悩み、似た力の使徒様しか喚べなくなり、自己嫌悪から書けない状況に陥ります」
「ならどうする?」
「その為に、使徒様達は他の本も読むように勧めたのだと確信しています。私が読む本を管理して、メーライト様のお世話をしようと思います。時折メーライト様の想像力を刺激できる様な、簡単に言えば、まだ知らない力を持った主人公の現れる本を読んでいただき、使徒様に反映して頂きます」
「素晴らしい。早速取り掛かってくれ」と言ったワルコレステは、老騎士を見て「先発隊にカオデロスの娘も加える。通達と手配を済ませろ。あくまでメーライト嬢のご友人として優遇したとするんだ」と言った。
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