第64話 品川の一流レストランにつれて行かれたぞ
なんだか着た事も無い高級なスーツを買わされて、ワイシャツやネクタイ、ハンカチまでセットで買わされたよ。
あと、パンツというかズボンも二枚。
スーツを入れる用のスーツバッグも買わされた。
「今日、アパートに帰ったら、かならずこのバッグにスーツとシャツとネクタイを入れて仕舞うんだぞ」
「は、はい……」
「きっとくしゃくしゃにしますって、ヒデオさん」
「とりあえず、ライブの打ち上げですぐ使うからなあ」
スーツなんか買った事がないから後の事も良くわからないね。
とりあえず、茶色系統のシックな背広でリュウとした感じになったな。
「ああ、意外に背広が似合いますね」
「おっちゃんはなあ、スーツが似合うんだよ、ちょっと動くな、ヒデオ」
ムラサキさんが櫛を出して俺の髪の毛を整えてくれた。
あ、ありがとうございます。
「中小企業の重役っぽくなったな、ヨシヨシ」
「お二人の着物は?」
「あたしのドレスは支社だな」
「俺も支社のロッカーにいれっぱなしですね」
「あ、支社に置いておいてもいいのね」
「ヒデオのロッカーあったっけ」
「まだ貰ってませんね」
「山下さんに言っておかないとなあ」
一度リーディングプロモーションの支社に戻って、三郎太くんとムラサキさんをドレスアップしなくてはならないね。
あと、俺のスーツバックも支社に置いておこう。
新しい服で街を歩くと、なんだか気持ちが上向きになるね。
リーディングプロモーションの支社にエレベーターで上がる。
「山下さん、ヒデオにロッカーをくれてやって」
「あ、そうだな、おお、なかなか良いじゃ無いか、ヒデオさん、中小企業の重役みたいだよ」
「あ、ヒデオさんが格好いい背広姿だ」
「ありがとう、ユカリちゃん」
「めかし込んで、どこかに行くんですか?」
「なんだか、マナーの研修だって」
「わ、レストラン研修だ、良いなあ、良いなあ」
「研修は護衛だけで、アイドルは駄目だよ」
ユカリちゃんが山下さんに釘をさされてしょんぼりしていた。
こればっかりはね。
「護衛のロッカールームはジムの横だ、行こう」
山下さんが、事務の佐々木さんから鍵を受け取って階段を下りて行く。
ロッカールームは男女別なんだね。
「ここがヒデオさんのロッカーだ。あと、これが施設警備系の時に使う制服だよ」
「ありがとうございます」
ロッカーにスーツバックと制服を入れて鍵を掛けた。
俺のロッカーかあ、何年ぶりかな。
倉庫の仕事だとあまり個人ロッカーは持たないからね。
三郎太くんがバリッとしたスーツを着ていた。
ガタイが良いからスーツが良く似合うね。
ロッカールームからジムに出ると、黒いドレス姿のムラサキさんが出てくる所だった。
おお、華奢な人なので良い感じにドレスが映えるなあ。
「えへへ、わりいな、こんなキズモンと一緒させちまってよ」
「何を言いますか、可愛いですよムラサキさん」
「ちぇっ、やめろよう、ヒデオのくせに」
ちょっと照れて赤くなったムラサキさんは可愛いな。
「ヒデオさん、あまり気が利かない感じなのに時々甘い言葉をぽろっと出しますね」
「そういう、意外性がこいつの手なんだよなあ、まったく」
山下さんが笑いながら、ムラサキさんにタクシーチケットを渡した。
「品川駅前でマナー講師の静養園さんと合流してくれ。レストランの方は四人で予約してある」
「わかった、いつもの店だな」
「ああ、そうだ」
ムラサキさんを先頭にして俺達はリーディングプロモーション支社を後にした。
駅前でタクシーを捕まえて乗り込む。
「品川駅前まで」
「かしこまりました」
タクシーは走り出した。
というか、品川駅なら川崎から電車で三駅なんだが。
「レストランに行くのに電車はつかわねえんだよ」
「そういうものですか」
ムラサキさんはパンプスを履いた足を見せた。
「あんま歩く靴じゃないんでな、男どもは良いんだけどよ」
「なるほど」
「一回三万円から五万円の晩餐ですからね、ケチっても良く無いんですよ」
「そ、そんなに!!」
スーツを作ったのでも目玉が飛び出る値段だったのに、さらに三万から五万!!
「まあ、研修だから飲食代は会社持ちだ、けどな、女子とデートの時はそれくらい使うもんだぜ」
「そ、そうなんだ」
「呑みに行くとわりとそれくらい使いませんか」
「まさかまさか」
だいたい二千円内外ぐらいだよ、おじさんの飲み代は。
タクシーは夕暮れの街を走り、多摩川の橋を渡って蒲田に入った。
俺はおじさんだけど、色々と知らない事があるなあ。
女子とどこかに行くとかもあまり無いからねえ。
おじさんは一人で夜の街をうろうろする生き物なんだ。
好物は主に安酒と安つまみだね。
ああ、フレンチとか初めてだよ。
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