第26話 またヒデオは飲み屋に一人で行く

「ヒデオ、夜の予定は? みんなでご飯食べに行こうよ」


 ヒカリちゃんが夕食を誘って来た。


「『サザンフルーツ』はこれから?」

「これからレッスンですよ、ヒデオさん」

「レッスン終わったら行こうよ」

「是非是非」

「君たちはお家は? 親御さんとか」

「三人とも寮だよん、私の親は広島じゃけ」

「わっきゃ津軽だよ」

「わたしは群馬ですよ」

「出身も色々なんだねえ」

「リーディングのスカウトキャラバン出だからねえ」


 日本中から可愛い女の子をスカウトしているのかあ。

 なるほど、質が高いはずだよね。

 『サザンフルーツ』は仕事の無い日は学校に行き、放課後に歌やダンスのレッスンをするらしい。

 高校生アイドルは忙しいね。


「おじさんは今日は飲む日なんだ、また明日ね」

「一緒に居酒屋に行きたい~」

「若い女の子が来て面白い場所でもないよ。飲まないとね」

「ぶうぶう」


 ヒカリちゃんが口を尖らせてブウブウ言った。


「護衛の人は仕事が無いときはどうすれば良いのかな」

「迷宮行ったり、遊んだりしなさいよ。用事があればスマホで連絡が行くわよ」

「ありがとう、チョリさん」

「チョリ先輩にヒデオが懐いてる。盗られた!」

「人聞きが悪いわね、ヒカリちゃん」

「メインの専属は『サザンフルーツ』かな」

「ケインさんも懐いてたわよ」

「うーん、彼はあんまり護衛要らないしねえ」

「最近はなんか迷宮に興味が出て来たらしいですよ」

「本当かしらね」


 『サザンフルーツ』の子たちに挨拶をして、階段で一階下りた。

 護衛系の人間はジムとかでたむろっている感じでいいのかな。


「ヒデオ、上がりかい?」

「あ、ムラサキさん、だいたい上がりですね」

「そうか、ミカリと一緒に呑みに行くんだけど、あんたもどうだい?」

「あはは、呑みは一人でって決めてるんでね、ごめんなさいね」

「あー、飲み助だなあ、今度呑もうぜ」

「機会があったらね」


 護衛の同僚が呑みに誘って来そうなので早々に立ち去る事にした。

 事務員とかじゃないので特にタイムカードなんかも無いんだね。

 今日は打ち合わせだけだから日当は貰えないのだろうね。


 エレベーターに乗って地上に下りた。

 夕暮れの川崎の街はなんだかもの悲しい感じだね。


 さて、パチスロとかしてから、呑みに行こうかな。

 ……。

 なんかお金が潤沢にあると博打とかする気にならないなあ。

 やっぱああいうのはお金が無くて一発逆転を狙ってヒリヒリするのが楽しいので、ある程度お金があると、それ以上増やすのはなんか、違うよね。

 とはいえ、沢山のお金を持っているからどこか高級店で豪遊、というのもね。

 つくづく俺は小市民で暴れられないんだよなあ。


 まあ、小料理屋で美味しい物を食べて、ビールとか呑もうかな。

 ムラサキさんとミカリさんと呑めば良かったかな。

 迷宮の話とか色々聞けそうだったけどね。

 まあ、俺はそんなに勤勉でも無いしな。

 みんなで呑むより一人で静かに呑むのが好きよ。


 ぶらぶら歩いていたら、一昨日の小料理屋の前に出た。

 ここのお店は美味しかったからなあ。

 のれんをくぐると、わりと空いていた。


「あら、ヒデオさん、いらっしゃい」

「ちょいと呑ませてもらいますよ」

「はい、今日は何にしましょうか」

「瓶ビールと鯖の味噌煮くださいな」

「はい」


 女将は笑っておしぼりを手渡ししてくれた。

 なかなか良い雰囲気のお店なんだよね。


 鯖の味噌煮を肴に瓶ビールをちびちび飲む。

 ああ、おいしいねえ。


「ポテトサラダと、塩辛ちょうだいな」

「はい、ビールのおかわりは?」

「ああ、丁度良い、月桂冠を燗酒で」

「はい」


 女将はポテサラと塩辛を出してくれた。

 しばらくチロリで暖めた清酒をマスに入れたコップに注いでくれた。

 おお、ちょっと熱いぐらいの燗酒、塩梅が良いねえ。

 きゅっと呑むと五臓六腑にお酒が染み渡る。


 俺の隣に高木さんが座った。


「なんすか、高木さん」

「あー、おまえんとこの社長には話したが、俺達は手を引くことになった。もう『サザンフルーツ』には手をださねえよ、安心してくれ」

「それは良かった、片瀬さんは?」

「帰ってこねえ……」


 サッチャンに殺されたかなあ。


「女将、ヒデオにおでんやってくれ。じゃ、俺は行くぜ」

「律儀にありがとう」


 高木さんは首を振って小料理屋から出て行った。


「大分静かになるわね、ヒデオさん」

「そうかもしれないね」


 高木さんが奢ってくれたおでんは色々入っていて美味しかった。

 なかなか良いメニューだね。

 練り物の味が良いなあ。


「自家製?」

「まさか、紀文の物よ」


 そりゃあそうだろうなあ。

 締めにお茶漬けを食べて、俺は小料理屋を出た。

 ああ、美味しかったなあ。

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