Episode.31 Strongest and invincible

 モルガディオは校長室のデスクに座り、小型のディスプレイ画面に映る人物と話し込んでいる。モルガディオと同年代を思わせる風貌の男で、太いフサフサの眉毛がキリリとした厳つい顔立ち。彼は警察組織“光の矢”の最高司令官アドクレイ・ロクフサーである。


 「――では、ここ最近頻発する偽神の発生は、何者かが意図的にしていると?」

 「まだ可能性の段階だ。しかし、その線が濃厚といえる。偽神の身元となる人間を調べたところ、化ける以前の彼らは精神状態が良好との診断が下っていた。加えて、偽神発生現場に彼らとの繋がりの深い、いわゆる血縁や恋人などの惨殺死体があった。いずれも死因は刃物による刺殺、あるいは鈍器による撲殺だ」

 「なんと愚かな…」


 ただ、とアドクレイが表情を曇らせる。


 「いくつか引っかかる点がある」

 「なんじゃ?」

 「まず殺害時にアトスを使った形跡が一切ないことだ」


 アドクレイは間髪入れず続ける。


 「あんたも知ってのとおり、アトスを使いこなすには相応の訓練が必要だ。だが、暖炉に火を起こす、コップに水を汲む、軽いものを宙に浮かせる…この程度のことなら大抵の者ができる。通常の殺人にも同じことがいえる。誰だって自分が常日頃から持つ武器を使うものだろう?わざわざナイフやハンマーを持ち出すような殺人事件は非常に稀なんだよ」

 「ふむ…」

 「そしてもう一つは、大切な人間を目の前で殺し偽神化させたのはいいとして、そこからどうやって逃げる?偽神は最初に目についた人間を襲うはずだ。だが、発生現場にはさっき言った惨殺死体しか残っていなかった。私には、ゴッドブレイカーでもない一般人に自分よりも数倍デカく恐るべき力を持つ化物から逃げ出すことなどできないと思うがね」


 つまり、彼がまだ可能性の段階だと言った理由はここにあるのだろう。聞くかぎりモルガディオも同意見であった。


 「わかった。ありがとう、アドクレイ。また何か分かれば報告を頼む」

 「了解だ、モルガディオ。事が落ち着けば、また旨い酒でも飲みに行こう」

 「うむ。そのときを楽しみにしておる。では」


 画面はプツリと途絶えた。真っ黒い表面の中に堅い表情をした老人がうっすら映り込む。

 コンコン、とドアがノックされた。


 「入ってよいぞ」

 「失礼します」


 入ってきたのは、一人の男性教師。扉が閉まった途端、その表情は曇りに変わる。


 「あの…例の決闘の件ですが、対戦する二チームが今、アトス訓練場へと向かっているそうです」

 「おお、そうじゃったか。もうそんな時間か」

 「しかし、教師と生徒を訓練以外の理由で戦わせるなど本当によろしいのでしょうか。しかも、そのお相手はあのシルヴァス殿下でありますよ?もしものことがあってそれが国王の耳にでも入ったら、おおごとになるのでは…」


 彼の言うことにも一理ある。モルガディオは学校の最高責任者として、色々なことを天秤にかけて慎重に判断を下さなくてはいけない。そのとき、先ほどのアドクレイの話がよみがえった。


 「…よい」

 「え?」

 「何かあったときは、わしが直接国王と話そう。彼らの好きにさせてやるとよい」

 「そ…校長がそう仰るのであれば…。わかりました」


 うむ、と頷き返すと、男性教師は一礼をして校長室をあとにした。モルガディオはデスクの裏へと移動し、吹きさらしの外へ出て、青の模様が美しい望遠鏡があるバルコニーの縁に立った。ここは教師塔の最上部であり、毎朝登校してくる生徒をじっくり眺めるのが日課だった。ときに生徒は我が子同然のように感じる存在でもある。


 (彼らの戦いを目に焼きつけておけば、いずれ不安な日が訪れることになろうとも、生徒たちにとって心強い支えとなるかもしれん)


 モルガディオはいつも生徒を第一として考えている。その結果が例の決闘を許すことだった。


 「どれ。わしもちょっと見てこようかのぅ」


 老人にそぐわぬ子どもらしい一面で、白髭を楽しそうに撫でた。


          ❖❖❖


 PM:4時30分 アトス訓練場


 フレアたちは半円形の広いバルコニーにいた。戦闘訓練が終わりしだい急いで走ってきたので、格好は戦闘服のままである。おかげで最前列の場所を確保することができた。ここからなら、石垣の手すりを覗き込んだ真下に砂地を見通すことができる。左側から、ローズ、フレア、エレーナ、シャウリー、デメトリアの順に並ぶ。ローズは背丈が届かないのでがんばって背伸びをしていた。


 「すごい人の数…!」


 フレアは改めて周囲を見回す。バルコニーは身動きが取れないほど人でいっぱいだし、下を覗き込んでもやはり階段は人でごった返している。南棟の建物のほうを向くと、どの窓も人影が動いているのがわかる。


 「もしかしたらこれ、全校生徒が集まってるんじゃ…?」

 「先生方が何人かいらっしゃるのを見たわ。まるでお祭りみたいね!」


 ツインテールの向こう側でシャウリーが楽しそうに喋る。フレアは胸に手を当てると、ハァ〜〜と盛大に息を吐く。


 「めちゃくちゃ緊張してきたぁ…!」

 「なんであんたが緊張するのよ」

 「だって、シルヴァス王子に応援してますって言っちゃったし」

 「「え」」


 四人が固まる。エレーナは恐ろしいものを見るような目つきでフレアを見た。


 「あんたって怖いもの知らずにも程があるわね」

 「違うんだよ。私だって、あのあと猛反省したんだから」

 「でも、リーダーがこれだけタフな精神の持ち主だと、私たちも誇らしいわね!」

 「シャウリー、褒めないで」


 エレーナは首を振って呆れる。

 同じバルコニーのあちこちでチーム・エンブレムの話をしているのが聞こえてくる。


 「シルヴァス様とエルロッド様、素敵だわ」

 「彼らの雄姿が見られるなんてまたとない機会だし、目に焼きつけておこう」

 「クラス対抗戦のときは、クラス・イグニートの女子連中を圧倒していたからな。今回は一体どんな戦いを見せてくれるのか楽しみだ」


 五人がピクリと反応する。まさかこんなすぐ近くに本人たちがいるなんて彼らは思わなかったのだろう。エレーナが声のしたほうへ目をすがめる。


 「クラス・イグニートの女子連中、ね」

 「はは…」


 あまり顔には出さないが、フレアとしても悔しい気持ちでいっぱいだ。カチャリ、と音が聞こえ振り向くと、顔に凄みを利かせたデメトリアが背の長剣を引き抜こうとしていた。他の四人が慌てて「ダメダメダメ!!」と止めにかかる。


 「奴らを黙らす」

 「もう黙ってるから!一旦落ち着こう、デメトリア!刃傷沙汰はよくないよ!」

 「そうだ、デメトリアさん!私と楽しいお話をしましょう!ディザスターとエンブレム、どちらが勝つのか賭けをするの。どう?楽しいでしょう?うん、これで嫌な気持ちもスッキリね!」

 「なんであんたはこう血の気が多いのよ!早くその物騒なものをしまいなさい!」

 「けけけ、ケンカは、よくないです…!!」

 「私の気が収まるのを待つより、斬ったほうが早い」

 「「だーかーらー!!!」」

 「君たちっていつもこんな感じなのかい」

 「いや、いつもってわけじゃ…――え?」


 いきなり男性の声がしたかと思い後ろを振り返ると、ゼム・ルシファードがそこに立っていた。フレアたちはここが密集地帯であることも忘れて後ずさりかけた。


 「びっくりした!いつからそこに?」

 「ついさっきさ」

 「よくこの人混みの中を来られたわね」


 エレーナが目をしばたかせて言うと、ゼムは無気力そうな身振りで真上の鐘楼を指さした。


 「チームの皆とあそこにいたんだ。そしたら、ひときわ騒がしい声が聞こえてきて、見たら君たちがいた。それで、軽く移動してきたってわけさ」

 「あ〜」


 つまるところ、デメトリアを四人で抑えようとしている間にできた一人分のスペースに瞬間移動してきたというわけだ。


 「まあ助かるよ。こっちのほうが見やすくて」


 ゼムは手すりのほうを向き、両腕を乗せ重心を預けた。フレアの耳元にシャウリーが口を寄せ、小声で話す。


 「とか言って、ローズちゃんが目当てだったりして」


 ローズはローズで恥ずかしそうにしている。少し躊躇するそぶりを見せつつも、ゼムの右隣にちょこんと移動する。ゼム介入のちょっとしたやりとりの間にデメトリアの気は削がれたらしい。武器から手を話し再び観戦する姿勢を見せはじめた彼女に、フレア、エレーナ、シャウリーはホッと息をつく。


 「ところで、ゼムくんは数少ないSランクだけれど、チーム・ディザスターに勝てる自信はある?」


 シャウリーに天使スマイルで聞かれるも、ゼムは無表情のまま低いトーンで答える。


 「どうかな。チーム・ディザスターを倒すには、それこそ、災害レベル7の偽神でも持って来くる必要があるんじゃない」

 「ポッド先生、自分は戦闘要員じゃないって言ってたけど、どうなんだろ。戦うのなんかイヤそうにしてたし…。ちょっと心ぱ――」


 砂地のほうを振り向いたフレアは――ゾクリとした。

 階段側に白服を真ん中に据えたチーム・エンブレムの背中が、その向こうに対峙する形で五人の大人が立つ。

 全身から化け物じみたオーラが立ち昇っている。それは相手陣地をも大きく飲み込み、フレアたちがまるで刃が立たなかったSランカーたちに冷や汗をかかせる程の重圧プレッシャー

 審判の教師が両チームの間に立つ。いよいよ始まるようだ。フレアは唾をゴクリと飲み込む。


 「それではこれより、チーム・ディザスターとチーム・エンブレムによる決闘を行います。なお、クラス対抗チーム戦のルールを踏襲します。両チーム、構え!」


 武器を手にする金属音が鳴り響く。

 審判が右腕を勢いよく振り下ろす。


 「バトル開始!」


 刹那、光線が砂地の上を一瞬で過ぎ去った。

 カギィインッ!!

 シルヴァスの白剣とエルゴンドラの大剣が交錯すると同時に風圧が起こり、砂煙が舞い上がる。シルヴァスはさらに押し込む。


 「強くなられましたな、殿下。光の速度にご自身を乗せられるとは」

 「半人前だった頃の私とは違うぞ。幾度も味わった敗北はこの場を持って返上する。そして、お前を超えたと証明する」


 普段の彼からは想像もつかないような熱意が白剣をまとい斬撃を繰り出していく。先陣を切った主の勇猛果敢な背中に感化され、エルロッドは剣を握る拳を仲間へ向けて突き上げた。


 「我々もシルヴァス様に続くぞ」

 「オオォオッ!!」


 エルロッド、シャイデン、ナディア、ガラクトが一斉に動き出す。それぞれに待ち構えるのは、ブレイド、ポッド、アッシュ、モカである。

 ブレイドは大剣の刃を肩にかけ、エルロッドが向かってくるのをじっと待つ。


 (私の相手はブレイド・グラスター先生か。パワーでいえば、あのエルゴンドラ先生をも上回り、ディザスター随一といわれる。加えて、地属性の使い手。接近戦では圧倒的に不利。ならば、こちらの得意な戦法に持ち込むまで)


 エルロッドは途中で立ち止まると、両手を構え、息を吐いて集中力を高めた。徐々にこの場は霧がもやもやとかかり、視界が悪くなっていく。


 「おー、コイツが例のエルゴンドラの野郎が言っていた高度な幻術を操るガキか。大した幻を見せてくれるらしいじゃねェか」


 依然として余裕の構えをとるブレイドの前で、霧が形を変えはじめた。視界一面に広がるもやが下流に乗ったように地を這い、そこから虫の大群がカサカサと姿を現した。色、艶、足の本数、見るものに鳥肌を立たせるおぞましさすら、すべてが本物と見紛うほどにリアル。万を超える数が砂地を黒く染め上げ、一斉にブレイドのほうへ向かっている。


 「キメェこと考えやがんな、オイ」


 ブレイドは辺りを見回した。黒い大群以外に動くものは見当たらない。エルロッドは自身の姿が相手に見えないように幻術で消していた。


 (相手が幻覚に気を取られている隙に懐へ潜り込み、討つ)


 それがエルロッドの作戦だった。たとえブレイドにこちらの意図を見抜かれようとも、姿を視認できない以上、対処のしようがないはずである。

 ブレイドはハッと笑った。


 「この俺を討つために周囲のどっかで機を狙ってやがるな。どこに隠れていようが関係ねェが」


 相手の少し離れた右側にいるエルロッドは忍び寄ろうとする姿勢のままぴたりと動きを止める。


 (なんだ?どういう意味だ?私がどこにいるか当たりをつけて奇襲を防ぐ気か。しかし、私の姿が見えないことには、それはあまりにも無鉄砲と言わざるを得ないが…)


 突然地面がぐらぐらと揺れはじめ、エルロッドは周囲を警戒した。


 (一体何を…―――!??)


 エルロッドが宙に浮いた。

 足元の地面がごっそりえぐり取られ、エルロッドを乗せたまま空中停止していた。しかもそれは、彼がいた場所だけにとどまらず、直径二十メートルにも及ぶブレイドの周辺全部であった。

 桁違いのアトス能力値。エルロッドの想定を遥かに超え、こんなやり方で奇襲を防ぐとは思いもよらなかった。

 急に内蔵がフワッと浮き、地面とともに真っ逆さまに落下していく。衝撃を避けきれず、粉砕する地面に巻き込まれる。


 「ぐあ…ッ!!!」


 全身に激痛が走る。立ち上がろうにも、痛みと、下の凸凹が激しく足を取られてしまう。


 「おー、そこにいたか」

 

 今の衝撃でエルロッドの幻術は解けてしまっていた。ブレイドが損壊した地面に埋まるエルロッドに向き直り――地を抉る勢いで走り出す。


 「ほーら、言ったろ。どこにいようが関係ねェ」


 エルロッドは寸前に剣でガードの構えを取ったが、大きく振り抜かれた大剣の衝撃は剣ごと彼の体を弾丸のごとく吹き飛ばした。


 「エルロッド!!」


 隣の戦場でその瞬間を偶然見てしまったシャイデンは仰向けに倒れたままぴくりともしない仲間を遠目から確認し、「クソッ」と吐き捨てた。

 目の前の相手に集中する。風に乗り突っ込んでいく先にいるのは、白衣姿の保健医だ。どう見てもこれから戦うような格好ではない。


 「アンタは戦闘向きじゃねェって聞いたぜ!悪いが、容赦はしねェ!」

 

 ポッドは重たいため息を吐く。


 「まったくもってその通りだよ。その言葉を僕のチームメイトにも聞かせてやってくれ。…でもまあ、僕も痛い目を見るのは嫌なんでね」


 シャイデンを瞳に映すポッドの目が恐ろしい色に変化する。紫がかった黒を背景にまるで時計の針がぐるぐる進む。やがて針が止まったとき、シャイデンを含む周囲の様子がすべてピタッと静止した。風で巻き上げられた砂のひと粒ひと粒まで空中停止している。

 瞳の時計がゆっくり進み出すと同時に、シャイデンや周囲もまたちょっとずつ動き出した。完全に動きはじめた直後、そのときを見計らったように横から岩の柱が突っ込んできてシャイデンを殴りつけた。


 「がは…ッ!!」


 シャイデンはエルロッドのように遠くへ吹き飛ばされ、うつ伏せに倒れた。一度は立ち上がろうと踏ん張ったものの、ばたりと力尽きてしまう。

 ブレイドが肩を揺らしながらポッドへ近付いていく。


 「ナイスタイミングだったろ。俺がいなきゃお前はやられてたぜ、ポッド。貸一つだ。今度飯奢れや」

 「あー…はいはい」


 これだから嫌だったんだとばかりに、ポッドは力なく首を振った。

 さらにシルヴァスたちを挟んだその向こうは、アッシュとナディアの現教え子対決である。アッシュの持ち味はそのスピードにある。連続的に繰り出される目にもとまらぬ斬撃にナディアは苦戦を強いられる。


 「く…っ、はあぁああ!!」


 ナディアが剣の切っ先で突きを繰り出す。狙いどおり、アッシュの胸に貫通した。そう思った直後、刺された体が見る間に真っ黒に変化した。影はナディアが力いっぱいに踏ん張っても剣を引き抜けないほどに強力だ。


 「くそ…!!」


 ナディアはハッとした。アッシュが黒剣を手に突っ込んでくる。


 「教えたはずだぞ。相手の力量を見誤るな」


 アッシュはみねうちで相手の体を何度も打撃した。果ては10メートル以上もの高さにまで相手を飛ばし、さらに自身も影を使ってそれよりも高い位置にまで達した。黒剣を振り上げ、躊躇なく無防備な体に叩きつける。ナディアは真下へ落下し、衝撃で砂埃が舞った。

 チーム・エンブレムは早くも三人が脱落した。

 その隣の戦場では、モカとガラクトがにらみ合っている。


 「悪いけど、本気でいかせてもらうね!」

 「当然、こちらもそのつもりだ。女だろうと教師だろうと、加減はせん。それがこの俺の流儀だからだ」

 「あら嬉しい。じゃ、その流儀にお応えして――」


 モカはくるりと回転するなり白のレイピアを足元の地面に突き刺した。途端、地面に草花が芽生え、大木が育ち、モカとガラクトがいる広範囲に渡って森が出現した。


 「な…!?」


 視界が一瞬にして自然豊かな景色へと変わり、ガラクトはあ然とした。さっきまで見えていたモカやチームメイト、階段で観戦する生徒らの姿は視界から消えた。今にも鳥のさえずりが聞こえてきそうな森の中に迷い込んでしまったような錯覚。

 ガラクトはハンマーを構え、周囲を警戒しながらゆっくりと後ろへ進んでいく。


 (相手がどこにいるのかわからん。だが、それは向こうとて同じのはずだ。まずはこちらが先に相手を見つけ、奇襲を仕掛ける)


 ガラクトの読みは――大きく外れていた。

 一瞬、太陽光が何かに遮られた。ハッとしたガラクトは空を見上げ、細い銀刃がきらめくのが見えハンマーをかざした。


 「フゥンッ!!」

 

 モカの一撃を全身で受け止める。モカはにこりと笑う。


 「ごめんね、あなたがどこにいようと森の外にでも出ないかぎり私にはお見通しなの。私は植物と会話ができる。森のどこへ逃げようと、あなたの居場所はすぐにわかる」

 「どぉああ!!」


 重量級のあるハンマーを軽々と避け、モカはガラクトの横をサッと横切る。


 「ようこそ、私の領域テリトリーへ」


 そして、再び森のどこかへ姿を消す。

 

 「ぬぅ…!」


 初手で相手の術中にまんまとはまったのだと思い知る。このまま森の中に居続けても、相手の好き勝手に踊らされるだけだ。ガラクトはこの森から脱することを決意した。

 階段があった方角へと向かう。草花を踏みつけ、木々を避ける。枝がパキリと折れた。奥のほうにようやく出口が見えてきた。あそこを出れば、状況は変わる。

 ガラクトの背に飛ぶようにしなやかな影が迫る。


 「逃がしてあげない」

 「ぐ…っ」


 ガラクトはハンマーを振るうが、すべて避けられると同時に打撃を食らった。木から木への移動をうまく利用するモカに翻弄され続ける。

 モカが正面にシュタッと降り立つ。突撃の姿勢を見てとり、今度こそ迎え撃つ構えをとる。相手が動き出すのを見計らい、ハンマーを振りかざす。何かが両手両足に絡まった。びくともしない。見ると、木の根っこが伸びてガラクトの手足の首をがっちり縛り上げていた。再び正面を向けば、モカが白のレイピアを振り上げるところだった。


 「ゴフッ!!」


 巨体が軽々と吹き飛ぶ。密集した樹冠から飛び出し、葉っぱが舞い散った。ナディアが気を失う手前にドスンッと落下物が響く。

 モカはゆったりとした足どりで森から出てきた。アッシュの隣に立つ。どちらもかすり傷どころか、あれだけ動いて呼吸は落ち着いている。


 「残るはあの二人の戦いだけね」


 モカは中央の戦場を見つめた。互いに距離を置きシルヴァスとエルゴンドラが武器を構えている。前者は全身にかすり傷を負い肩で息をする。後者はモカたち同様、バトル前の状態となんら変わらない。


 「次で決めますぞ、殿下」

 「こちらの…台詞だ」


 両者動く。シルヴァスが左手を前にかざすと、光の魔法陣のようなものが出現した。五角形を繋ぐ点の部分にみるみると光のエネルギーが集まり膨れ上がっていく。それが最大限まで溜まると、地面を抉りながら発射された。ほぼ同時に、低い姿勢をとるエルゴンドラの周囲に青雷がバチバチッと発生し、それはどんどん威力を増していき、ほとばしる閃光は広範囲に及んだ。まるで雷光の檻だ。エルゴンドラは青電をすべて大剣に収束させ力強く振るった。


 「俊光雷狼しゅんこうらいが!」


 またたく間にそれは鋭い牙と鉤爪を持つ猛獣の姿へと変化し、光線と激突した。はじめは互角かと思われたが、徐々に雷狼が押していき、シルヴァスの顔に焦りを噛みしめる様子が見られた。獰猛な青い牙はもう目前だ。避けきることができない。


 「―――がッ…!!」


 シルヴァスは全身に高圧の電気を浴びた。白服ももとが黒色かと思えるほどに焼け焦げた。雷狼が消えたあとも、空気はバチバチと音を立てている。地面に伏せる白銀の姿を見て、エルゴンドラは肩に入っていた力を一気に抜く。


 「殿…――ッ!!」


 火傷を負った顔を上げ、シルヴァスはなおも立ち上がろうと踏ん張った。白剣を握りしめ、いつもの冷徹な顔を置き去りにして全力で向かっていく。


 「フッ…!!」


 斬りかかるシルヴァス。酷いダメージを負った直後にもかかわらず、素早い金属音が鳴り響く。最初は勢いがあったが、途中顎に拳による打撃を入れられると、途端に弱まり、斬撃に威力がなくなってきた。それでもまだ、残る力を振り絞り斬撃を繰り出すが、三度目の殴打を食らったあたりで、とうとう視界がぐらりと揺らぐ。

 意識が遠のき膝をつきかける寸前、エルゴンドラがその二の腕を掴む。


 「最後の最後まで相手に食らいつく姿勢、ご立派でした。貴方様のご成長を心より嬉しく思います」


 観戦席は圧倒され誰も開いた口が塞がらない。

 その中で誰かがポツリと言った。


 「…無敵だ。こんなの、何が来たって勝てるわけない。あの人たちがいれば、俺たち人類は最強だ」


 チーム・エンブレム全滅、チーム・ディザスター全員無傷という結果で、決闘は幕を終えた。


 「うおおおおおお!!!」


 興奮の雄叫びは学校の敷地を越え周囲の街にまで響き渡った。



 

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