第35話 愛を飛ばせ
三回戦目はお酢の効いたすっぱい健康ドリンクの早飲み……これは酸っぱい物が苦手な自分が負け、鈴城の勝ち。四回戦目は駄菓子の早食い対決で粉っぽいお菓子に途中で鈴城がむせ込み、自分が勝った。
そして残る最後の戦いだが『大声を出して愛を叫ぶ!』という、めちゃめちゃ恥ずかしい内容のものだった。
場所はショッピングモール店内、広いホールになった場所のど真ん中で人通りが多いが、そこにちょっとした台が置いてあって『胸に秘めた愛の気持ち、匿名でもいいので叫んじゃおう!』というキャッチコピーの垂れ幕が揺れている。
このお友達と一緒イベントに参加している人のうち、この愛を叫ぶイベントに当たってしまった人はステージ上のマイクに向かって『大好きだ、結婚してくれー!』とみんな叫んでいた。人によっては匿名、中にはしっかり名前を出している人もいる。
(やばいな、これ参加したら喉痛めるかも)
声優志望としてはあまりよろしくないイベントだ。でも愛を叫ぶのは魅力的だ。それにこの最後の戦いは負けられないのだ。
だって四回戦やって今二勝二敗なんだもーん。
負けたら鈴城の言うこと聞かなきゃいけないんだもーん。
……そんなことになってたまるか?
最後の勝負だ。全力で叫んでやる。
ステージ上に立ち、日々希は一歩前に出た。
鈴城はというと――負けず嫌いのようだから『望むところだ』 と言うかと思いきや。
「……僕はやめとく、こんな恥ずかしいこと、人前でできるわけがない」
鈴城の表情は固い。気乗りがしないというよりは困っているように見える。
「何、もしかしてあんた、恥ずかしいの?」
そう言うと鈴城の顔が赤くなった。
「な、そんなじゃないっ。好きだなんだと人前で叫ぶことじゃないだろ」
「ふーん、そうか?」
自分は最近叫び続けてるから別にどうということはないが。どうやら鈴城は人前で大声を出すのは恥ずかしいタイプらしい。確かに面と向かっては恥ずかしいかもしれないが。
(別にここに夢くんがいるわけじゃないし、自分はセリフもやって慣れてるし)
「じゃあ、やんないのか? 俺が不戦勝になるぞ」
鈴城は下を向いたまま返事をしない。どうやら本当に負けるよりも嫌なようだ。嫌なことを無理矢理させるのは、まぁよくない。
「わかった、じゃあこうしよう」
日々希はステージの上を指差した。そこには『愛の叫びトップ5』と書かれ、イベントの参加者で一番盛り上がった人の名前が大きな字で並んでいる。
「俺があの中にランクインしたら俺の完全勝利っつーことでどうだ」
わざわざ難易度を上げてやった。トップ5にならなければ自分の負けということ。これに乗らない手はないだろう。
「……そんなの無理だろ」
もちろん鈴城はそう言う。だからこそ、これで勝ったら気持ちが良いのさ、完全勝利で。
イベントにエントリーすると早速司会者にアナウンスされた。
「はーい、続きましてのチャレンジャーです! どうぞ気持ち良く決めちゃってくださいねーっ!」
ステージ上に案内されると、周りを歩く客が興味深そうに視線を向けてくる。この催し、マジで喉を痛めるかもしれない。後ではちみつ飴でもなめておこう。
身体に酸素を取り入れるため、深呼吸を繰り返した。想いを込めて叫べるように、頭の中では夢くんを想い浮かべる。
そういえば、なんだかんだで鈴城とバトルをしてきたが、なんだか意外な一面も多く見れた気がする。鈴城もまんざら嫌でもなかったんじゃないかな。日常に全く関係ない、くだらない戦いだったのに……やってくれたから。
それくらい負けず嫌いで、夢くんのことが好き、ということかもしれないけど。
(意外と良いやつ……だったりして)
いやいや最初の嫌がらせを忘れてはいない。夢くんのことで先制攻撃くらったり、わざと見せつけるように腕を組んでいたり。
(そんなのが良いやつなわけが……)
でも……後で、もう少し話を聞いてみようかな。この勝負に勝ったら、あいつに言うことを聞かせられるのだから。
「さぁ、準備はいいですかーっ?」
司会者が促してくる。それに「はい!」と大きく返事をした。
「いい声ですねっ! じゃあ、お願いしまーす!」
精神統一……叫ぶ言葉はいつもと言葉。もう何度も何度も叫んできた言葉。でも大好きな人には“これが自分の想い”とは伝えたことはない。
アフレコの時は“くん”づけで呼ばなかった。つけちゃったら。本人に言ってるようなもんだと思ったから。
でも今なら、その本人に向けて言える気がする……っていうか言いたい。だってもうキスだってしちゃったんだ、もういいよな……?
「俺はっ!」
その言葉で周囲にいた人がピクっと身体を揺らし、遠くにいた客もなんだなんだとこちらを見る。
「俺はぁっ! 夢くんのことがぁぁぁ! 好きだぁぁぁぁ!」
好きだ! 大好きなんだ!
その言葉が店中に響き渡り、歩いていた客達も驚いて立ち止まっていた。
そんな中、一部の客が声を上げている。
「ねぇ、あの人……aBc学園の子じゃない? ほら、あの学祭でアフレコしていた子。今のセリフ、そうだよね」
「あ、ほんとだ! すごいすごい!」
どうやら学祭イベントに来ていたらしい人達が今のセリフに興奮している。次第に拍手が響いていき、周囲にいた人達が一つ、また一つと拍手を増やしていく。
「今のセリフ、最高ーっ!」
「もう一回お願いーっ!」
歓声も上がる。司会者も「今のはすごかったですねーっ」とはやし立てている。
鈴城の方を見ると、ため息をついて肩を落としていた。
「ありがとうございました! 今のセリフに覚えがある方もいるようですね! 有名なセリフなんでしょうねっ」
一度ステージから降りると、ステージの端ではスタッフ数人が集まって話し合いをしている。
少しするとまた司会者がステージに上がった。
「さて審査の結果ですが! 今の方の、叫びの反響がすごいので! 今現在の一位と選ばれましたー!」
司会者とは別のスタッフが来て「お名前を飾りたいので教えていただいてもいいでしょうか?」と丁寧に声をかけてきた。
名前を伝えるとトップ5の最上位に自分の名前が飾られた。
今のところ文句なしのトップ。この勝負、完璧に勝ったんじゃ?
……思い出のセリフで。一番伝えたい、このストレートなセリフで。自分は愛を飛ばしてやったのだ。
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