第30話 ゴーイン

 それから数時間は遊び、お店の外に出たら、いつの間か空は暗くなっていた。

 陽平も准も家に帰るということで適当なとこで別れた後、自分はどうしようかなと思った。


 夢くんの着信には一回も出ていない。いくら優しい夢くんでもさすがに怒ってるかもしれない、嫌われたかも。そう思うとマンションに戻ろうかと一歩一歩前に進んでいても途中で止まってしまって。

 結局戻ってきたのは本当の自分の家。住宅街にある普通の一軒家だ。


「ただいま」


 リビングに入ると、そこにいた母親が「あら日々希じゃない」と驚いていた。


「なぁに、夢彦くんとケンカでもしたの? あんた夢彦くん大好きなのに?」


 勝手に勘ぐっているようだ。ケンカではないけど、一方的に自分が避けている点ではケンカではないけど、似たようなものかも。


「そう思うんだったら、夢くんに連絡入れといてくれる。今日はこっちに泊まるから心配しないでって」


「あらら、そんなの自分で言えばいいのに。男の子ってケンカすると意固地になるからね〜。お夕飯どうする?」


「後で食べるから適当に置いといて」


 もうちょっとすれば父親も帰ってきて母親は一緒にご飯を食べるだろう。自分は一緒に食べたり食べなかったり。夢くんのところに居候する前からそんな感じだ。

 別に仲が悪いだけじゃない。自分が気分屋なだけだ。やりたいように、自分の気持ちに沿っているだけ。


 重たい気持ちのまま自分の部屋に戻り、ベッドに寝転がる。携帯をチラッと見ると相変わらずランプがチカチカしている。着信は……一時間前から鳴っていないようだ。


(あきらめたかな、それとも仕事かな)


 仕事、ツクルGの中、夢くんの隣には鈴城、矢井部長は自分を狙う……よくわからない展開。でも楽しいゲームを作る社内が、ドロドロしている。夢くんがいる職場なのに。


 いつまでもこうしているわけにはいかない、とりあえず弁解はしなきゃいけない。伊田屋さんのとこから逃げた時に自分が泣いていたことを。


(伊田屋さんの部屋から出てきたから伊田屋さんが泣かしたって思ったかな。とりあえずそこは否定するけど……いや完全に伊田屋さんが無実でもないけど)


 でもなんで泣いていたのかっていうことは絶対に問い詰められる。矢井部長の件、言った方がいいのか。言ったらどうなる? 夢くんが……何ができる?


(なんにしてもマンションには戻らなきゃ……学校の荷物はそっちにあるし、携帯の充電もそっちだ、気まずい……)


 枕に顔を埋めながら、ため息をつく。


(夢くん、ただ、夢くんのことが好きだだけなのに……今は遠くじゃなくて、常にそばに、一緒に暮らしているのに)


 すんなりと、ことは運ばないものだ。

 とりあえず明日も学校へ休み。今日はこのままのんびりして、明日ものんびりして……いや、明日はマンションに戻らないとだ。


(もう、どうしよう……)


 色々考えていたら脳がオーバーヒートしたのか、眠気に襲われた。目を閉じたら、いつの間にか眠りに落ちていた。






(……う、寝ちまった?)


 うつ伏せのまま寝ていたから首が痛くて起きた。多分そんなに時間は経っていないと思う。

 いてててと言いながら身体を起こした時。自分のベッドの横に、とんでもない人が座っていた。


「ぎゃあぁっ!」


 思わず叫んでしまった。

 そこにいたのは、今はまだ会いたくない人。

 勢いよく身体を起こし、ベッド上で座って後退りし、壁に激突した……痛い。


「な、なんでここにっ!」


「おばさんが教えてくれた。お前が帰って来てるわよって。だから入らせてもらった」


(母さん、余計なことを!)


 夢くんは仕事終わりで来たのだろう、スーツのままだ。その顔には疲れの色が見える、プラス不機嫌そうだ。


「日々希、俺の家に戻るぞ。嫌になったわけじゃないだろ」


 夢くんは立ち上がる。何やら焦っているようにも見えるのがちょっと怖い。


「お、俺はいい、今日はここにいるから」


「なんで?」


 刺さるような言葉。気が引けてしまう。


「い、色々、聞くんだろ」


「そりゃな……聞きたいことは色々ある。何、俺に、教えたくないの?」


 違う、そうじゃない。けど話しづらい。

 首を横に振る。


(そうじゃない、心配かけたくないだけ)


 そう思ったが。夢くんは自分の腕を引っ張って立ち上がらせた。そのままリビングの方へ連れて行かれるが、少し力強く引っ張られているから腕が痛い。


「あら、夢彦くん、仲直りしたの?」


 料理中の母さんはのんきなものだ。


「あ、はい。これから仲直りするんで大丈夫です。すみませんでした」


 夢くんは愛想笑いで母さんに挨拶した。母さんも「うちの息子をよろしくね」と手を振って見送る。

 外に出ると道路の端っこに夢くんのバイクが置かれていた。


「急がないと路駐切られたら困る、ほら――」


 夢くんはヘルメットを手渡してくる。後ろに乗れ、ということだ。


「とりあえず、俺の家に戻ろう、な?」


 さっきまで強引だった夢くんなのに、急にしおらしくなったものだから、うなずくしかなく。ヘルメットを受け取り、バイクの後ろに乗る。


「ちゃんと捕まってろよ」


 バイクで二人乗り……つかまるとこなんて一つしかない。

 恐る恐る夢くんの腰に手を伸ばす。自分よりも大きな身体、しっかりした体格。

 それを感じたら会いたくないと思っていたのに、やっぱり会えて嬉しくて胸が高鳴った。

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