ヒモスキル発動(1)
×××
「あたしの名前はメイア。あなたは?」
「俺はアキラ。よろしく」
草原を歩き続けて暫く。
小さなログハウスに辿り着くと、耳の長い少女――メイアが、そこが自宅だと言って明楽を招き入れた。
木製の椅子に腰掛けて、小さなテーブルを挟んで向かい合う。
家の中にはテレビやラジオといった情報収集に使えそうなものもなければ、そもそも電子機器の類が見当たらなかった。
随分と田舎に来てしまったみたいだ、と明楽は溜息を吐いた。或いはメイアが自然派なだけかもしれないが。
「それで? アキラはあんなところで何をしていたの」
「うーん……あのさ、突然変なことを言うようだけど」
ひどく真剣な表情で、明楽はメイアの目をまっすぐ見つめた。
「メイアは呪いって信じる?」
「は?」
怪訝な表情で眉を寄せたメイアに、これはダメか、と思いかけたが。
「なに。あなた魔女に呪われたの?」
意外な返答に、明楽は目を瞬かせた。
呪われた、という申告に疑いを見せない。それどころか、言ってもいないのに相手が魔女である(自称だが)ことを知っている。
「うん、そうなんだけど。どうして相手が魔女だと?」
「呪いなんてかけるのは、黒魔術を使う魔女くらいよ。あたしたちエルフは白魔術しか使わないもの」
明楽は表面上笑顔をたもったまま、頭を抱えたい気分だった。黒魔術、白魔術、そしてエルフ。なんの冗談だろうか。それともこれは、あの自称魔女が仕組んだ盛大などっきりだったりするのだろうか。
だとしたらメイアも仕掛け人だ。利用することに良心は痛まない。
しかしあの獣から感じた熱と息遣いは確かに本物だった。あれが仕込みだとしたら危険度が高すぎる。
そこまで考えて、ふと思った。もしやこれは夢なのではなかろうか。
呪いが本物かどうかは置いておいて、怪しげな薬品か何かで幻覚を見せられているか、意識を失って悪夢の中にあるか。
夢だと思えば気が楽だった。元々ふらふらとその場限りで生きているような人間だ。
深く考えるのはよそう。適当に生きていれば、その内目が覚める。
そうと決まれば、まずはこの夢の世界で、生きる術を確保しなくてはならない。
「メイアの言う通り、俺は魔女に呪われた。そのせいで、突然知らない場所に放り出されちゃったんだ。俺はここがどこだか知らないし、メイアの言う……魔術とか、エルフとかってのも、わからない。何もわからないんだ」
溜息を吐いて、顔を覆う。情けない顔を見られたくない、というように。けれどまいっている様子は見せる。
「正直、これからどうしたらいいのかもわからないよ。メイアに助けてもらえたことが、唯一の幸運だった。本当にありがとう」
人好きのする笑顔で下から見上げるように微笑んで見せる。
メイアは照れたように目線を逸らした。
「アキラは遠いところから来たのね。どこの国から?」
「凄く遠いと思うよ。日本、って言ってわかるかな」
「……ごめんなさい、わからないわ」
「だよね」
肩をすくめた明楽を、メイアが気の毒そうに見る。
「メイア。申し訳ないんだけど、今晩だけ泊めてくれないかな? 女の子の家に悪いとは思うけど、見たところ他に家はなさそうだし。獣が出るような場所で野宿は怖い」
「ええ、もちろんよ。気にしなくていいわ、お客様なんて久しぶり。アキラの言う通り、このあたりにはあたししか住んでないの」
「君ひとりで? その歳で、大変だね」
「あのね。エルフは長命種なの。ヒューマンの基準で見た目通りだと思わない方がいいわ。多分あたし、あなたより年上よ」
明楽は目を丸くした。どう見ても十代がいいところだと思っていたが、この言い草だとまさかの三十代以上もあり得るのだろうか。
エルフなど御伽噺の存在だ。もしかしたら数百歳という可能性も、と一瞬過ぎったが、それなら「多分」とは言わないだろう。二十代から三十代あたりが妥当か。
多少は気になるが、自己申告しないのだから、尋ねることはしない。
明楽にとって重要なことは、彼女が子どもではない、ということだ。
(少なくとも、未成年淫行で捕まることはないと)
例え相手の同意が取れても、未成年者であった場合、たいていの国では犯罪である。
けれど大人同士であるならば、体の関係に持ち込んでも問題はないだろう。
「いくつだったとしても、ひとりは寂しいでしょ。俺、ダメなんだ。ひとりだと夜も眠れない」
「呆れた。あなたそれでも男なの?」
「情けないことにね。ひとりだと、寒くて、暗くて、怖くて……いつまでも夜が明けない気分になる。そんな時にさ」
そっと、明楽はメイアの手を取った。白く細い手を、両手で柔らかく包み込む。メイアが息を呑む音が聞こえた。
「こうやって、手を取ってくれる人がいたんだ。触れているところから、全身に熱が広がっていくようで。温かかった。人の体温ってすごく安心するんだって、その時知ったんだよ。だから俺も、凍えてる人がいたら、その手を取れる人でありたいって思った」
メイアの手を頬に当て、顔を預ける。
目を細めて柔らかく微笑むと、メイアが狼狽えた。
「どう? 他人の体温って、安心しない?」
「そ、そんなこと急に言われても、わからないわ。人と触れ合ったのなんて、いつぶりかわからないもの」
「そんなに長い事ひとりだったんだ?」
「そうね。あたしは……いいえ、なんでもないわ」
その時、メイアの顔に影が差したのを、明楽は見逃さなかった。
「そろそろ食事の支度をしなくちゃ。あなたも食べるでしょう?」
「手伝うよ」
「いいわよ。突然のことで疲れてるでしょう。ゆっくりしてて」
「手持ち無沙汰だと色々考えちゃうからさ。することがあった方が助かる」
「……そう? それなら」
キッチンへ案内されて、明楽は調理を手伝った。ガスコンロもなければ電子レンジもない。けれど火起こしは魔術で簡単にできるようだったし、他の道具の扱いもメイアは手慣れていた。大きな不便は感じなかった。
明楽も包丁捌きは慣れたものだったし、ふたりで和気あいあいと夕食を作った。
そしてそれを同じテーブルで食べる。
「うん、これ美味しいな。初めて食べた」
「裏の畑で取れる野菜なのよ。今が旬だから、一番美味しい時ね」
「食べ物は自給自足?」
「そうね、基本的には。野菜は畑で作っているし、肉は狩りで取ってくるわ。でも調味料とか、他にも色々必要なものは、月に一度くらい王都に買い出しに行くの」
「へえ、王都。近いの?」
「遠いわよ。あたしは転移魔術を使えるから、それで」
「そっか。すごいんだね」
「……別に」
共に食事を作り、共に食べる。相手の心を開かせるのに有効な手段であるし、自分の有用性も示しやすい。
この短時間で、明楽はメイアと打ち解けていた。
彼女は自分で言っていたように長らくひとりであったらしく、人との会話に飢えているようだった。明楽の他愛ない話を、いくらでも聞きたがった。
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