第4話 お外に行こうかと

「エゲレア様、最近嬉しそうに見えますね」


 そんな事をペレーから言われた。

 

 そうか、そう見るのか?

 他人から見るとどうやら俺は嬉しそうに見えるらしい。


 まあ、なにせ最近どうも調子が戻ってきたからな。

 この体での魔力の扱い方をだんだん理解して来て、呪いをより抑え込めるようになった。だから夜に一人でトイレに行ける様にもなったし、一人で飯を食える様になった。

 

 さらには胃も段々元通りになってきて、最近ではデザートとして小さなフルーツがつく様にもなったのだ。

 流石にメインは未だに消化に良さそうな物しか出てこないが、それでもやはり甘味があると言うだけで嬉しいものだ。我ながらはしたなく喜んでしまったものである。


 しかし、まだ完全に病と呪いに打ち勝った訳ではないので体を自由に動かせる訳ではないが、そこら辺の魔物とならば対等に戦えるようにはなったのでは無いだろうか?

 暗殺と戦闘を仕事としてきた身としては、動かすことすらままらなかった身体が普通に戻ってきて自由に動かせるようになるというだけで嬉しいな。

 

「ところでお嬢様、少し外に出るなんてどうでしょうか?」


「外……ですか」


 すると、そんな事をペレーから提案され、窓の外に目を向ける。

 

 外か。

 この窓の外に出るのか。

 

 窓の外は晴天で雲ひとつなく、真っ青な空が広がっている。

 とても気持ちのいい天気だ。


「別に今日じゃなくてもいいかと」


 しかしながら、別にわざわざ外に行くメリットなどないのだ。

 そんな事をするよりも、今は魔力を体内で流してこの呪いと病に打ち勝つことが先決だと思う。

 なにせ奴等を片付けねば碌に体など動かせないからだ。

 恐らくだが今はまだ外を歩くには体が弱すぎる。

 せいぜい車椅子でようやくってところだろう。

 家の中を歩けても、外を歩くとなると別の話になるからな。


 それに、俺の中で外を歩くのは全快祝いとして見据えている。


「でも、そろそろお日様を浴びたほうがいいと思います……もう4ヶ月もお日様を浴びられていないのですよ?」


 ふむ?

 確かにそうだな。

 この体に宿ってからまだ体感数週間ほどしか経過していないが、まだエゲレアが死ぬ前からずっとこの部屋に引きこもっていたのだ。

 だから数ヶ月も日光を浴びていない計算になる。


 うーん、それは不味いな。

 この体は見たところ病的なまでに白い。

 子供の発育というのは将来の体格や筋肉に大きな影響を与えると聞く。

 ならばこそ、未来への投資と考えてここは外に出るべきでは?


 そう考えた俺は、結局頷く事にした。


「そうですね、少しだけ出ようと思います」


 その言葉を聞いたペレーは、満面の笑みを浮かべ、外出用の服を用意し始めた。


 お、おい、なんだそれ。

 ワンピースだって?

 家の庭を回るだけでどうしてそんな物に着替える必要が?


 なんて必死に抗議したが奮闘虚しく普通に着せられてしまった。

 彼女曰く、こうやってたまにしか外に出られないんだからお洒落はキチンとしなきゃという事らしい。


 着てみた感想だが、すんごい恥ずかしい。

 なんだこの服。

 脚の部分が露出していてすんごいスースーするんだが。

 中身が男なだけあってなんだか背徳感が凄い。

 その、もう、うん、すんごい恥ずかしい。

 ただそれだけだ。


 ワンピースは白色で統一されていて、フリルやらリボンやらで飾ってある。

 あんまり白いと夜間行動で支障が出るような気が……。


「ふふふ、とても可愛いですよお嬢様」


 なんて鏡を俺の前に置いた。

 そこには当然自分の姿が映っていた。


 可愛い?

 は?

 この俺が?

 しばし思考がフリーズする。

 

 はっ、いけない意識が飛んでしまっていた。

 可愛いなんて言われるのが初めての体験だったからな。

 普通に恥ずかしい。

 なのでこの事は記憶から抹消する事にしよう。

 

 さて、えーっと、自身の姿の最初の感想としては白いなって印象だった。

 服が白色なのはともかく、髪も真っ白なのだ。

 典型的な魔力循環障害の症状なのだが、きっとエゲレアが一度死んだ時にそうなったのだろう。

 そして、瞳は真っ黒に塗りつぶされたかのように漆黒で、魔力循環障害の症状として瞳の中に幾重にも白い筋が渦を巻いている。

 どうしてそうなるのだとかは知らないが、そうなっていた。


 顔はやや痩せこけており、腕は細い。

 押し倒せば簡単に倒れそうだ。

 まあ、実際にそんな事をされたとしてもそう簡単に押し倒されたりはしてやらないが。

 

 とまあそんな感じだ。

 別に自分の姿なのだから特に思うことはなし。

 それにこの体は借り物なのだ。

 思う方が不味いだろう。

 可愛いなんて思いたくない。

 それを思ったら引き返せなくなりそうだから。



 ペレーにお姫様抱っこをしてもらい、外出用の車椅子の上に座らせてもらう。

 そして玄関まで降り、ペレーに開いてもらいながら俺は外に出た。


 すると、全身に気持ちの良い日光が当たった。


「うん、久々に外に出るのも悪くないですね」


 風は穏やかで、優しく肌を撫でる。


 土の香り、空気の香り、日光の香り、そんな様々な香りが鼻腔に満ち、肺を広げる。


 やはり、ハイルカイザー家は伯爵家なだけあって庭はとても広かった。

 頑張れば地平線まで見えるんじゃないか?

 そう思えるくらいには広かった。

 まあ、あくまでも感想だが。


 とまあそんな感じで気持ちの良い風に当たりながら車椅子で庭を回っていると、一人の少年が剣を振るっている事に気づいた。


「ふんっ、ふんっ!」


 威勢のいい声とともに剣を振るうその少年は、確かエゲレアの弟だった気がする。


 名前は確か──


「お姉様!来てらっしゃったのですか!」


「ええ、ペレーに体調が良くなったから少し外に出ないかと誘われたので」


「そうですか……お姉様も外に出れる様になるまで体調が回復なさったのですね!」


 彼の名前はブラン・ハイルカイザー。

 俺の実の弟に当たる人物だ。


 俺と違い黒髪。

 しかし、瞳は同じく黒目。

 顔立ちはどこか似通っており、自分で言うのもなんだが俺同様に顔立ちは整っていた。


 趣味は剣術。

 この家の当主、つまりは俺の父親は剣術を好むらしく、その影響を受けて鍛錬をしているらしい。目の前で剣を振るっているのもその一環だ。


 うん、初めて会ったのに大体の事は覚えていたぞ。

 ペレーに事前に色々聞いておいて良かった。


 しかし、それにしても……何というか思ったよりも下手だな。

 ブランが剣を振るうところを見て思ったのだが、あまり剣の芯を捉えられていない様に見える。

 そのせいで力が上手く伝わっておらず、空を切り裂く音が聞こえてこない。

 ブランはまだ7歳だ。

 当然と言えば当然なのかもしれない。

 ただ、武芸を一度嗜んだものとしてはどうしても気持ち悪く感じてしまうのは仕方ない事だろう。

 

「ブラン……その、ちょっといいかしら」


「?」


「剣を貸して下さりませんか?」


「……?どうぞ」


 そして、彼から一本だけ木刀を借りる。


 まあ、一つくらいお手本を見せてやってもいいだろう。

 闇雲に鍛錬したところで剣は上達しないのだ。 

 手本があって、それを追い求めるからこそ剣は剣筋を形成する。

 実際に俺もそうだった。

 だから、ここはヒントを少しばかり投げかけてやろうと思う。


「しっかり見ていてください」


「は、はい!?」


 この体じゃ一振りが限界だ。

 だから、一振りで全部が伝わる様にしなきゃいけない。


「剣は叩きつけるのではなく、こうやって引いて──」


 脇をしっかり絞める。


 剣を振り上げ、全身に魔力を巡らせる。


 静かに一歩踏み込み、剣を振る。


「──斬るのです」


 ブゥン!


 瞬間、空気が割れた。

 文字通り木刀が空気を割いたのだ。


「え?」

 

「お嬢様!?」


 その様を見たペレーとブランは驚いた。 

 まあ、そりゃそうだ。

 今まで病に伏せていた少女がいきなり鍛錬に出しゃばったかと思えば、空を切り裂いたのだ。

 きっと手から剣がすっぽ抜けることを想像していた事だろう。

 それだけに、彼らにとっては予想外な事だったのだ。

 

「この木刀が原型とする曲刀、すなわち刀は、叩き切る物ではありません。斬るものをいざ斬らんという時に己の方向に剣を引き、斬るのです……ゴホゴホ!」


 あ、ヤバい。

 少しやりすぎたかもしれない。

 今の一振りはまだこの体には過ぎた事だったのかもしれない。

 いや、たったかもではなく、過ぎた事なのだ。


 体の奥から血が迫り上がってきている。

 

「ゴホゴホ!うっ、おぇ!」


 そのまま俺は血を吐いた。


「エゲレア様!大丈夫ですか!?」


 私の下に駆け寄るペレー。

 

 そんなペレーを静止し、ブランにもう一つアドバイスする。


「まあ、今のはあくまでも理論的な物です。剣は鍛錬が全てですので、怠らないようにしてください……ゴホゴホッ!」


「お、お姉様?」


「ああ、少し、やり過ぎて、しまった様ですね……ペレー、戻りますよ」


 そして息も継ぎ継ぎの俺はペレーと共に自室に戻った。


 ちなみに、その後ペレーにこっぴどく叱られたのは内緒だ。

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