死に戻り皇女は禁色の王子と夢をみる

北畠 逢希

皇女(1)

 ──アウストリア帝国。

 建国から千年を迎えるこの国は、大陸の半面積を占めている大国である。


 広大で肥沃な土地、美しい海、大きな鉱山を持つこの国は、その歴史の中で他国からの侵略が幾度もあった。


 だが、先の戦争では海の向こうからの侵略者たちをも返り討ちにし、戦勝国──不可侵の国となり、その名を世界中に知らせしめることとなった。


 そんなアウストリア帝国には、絶世の美女と名を轟かせている皇女・クローディアがいた。



「──支度はできたかい? ディア」


 皇宮の南側に位置する皇女の住まいである宮を訪れたのは、皇弟エレノス。現皇帝の腹違いの弟であるエレノスは、クローディア皇女とは同じ母親から生を受けた兄妹だ。


「ああ!エレノス閣下かっか、ようこそおいでくださいました!」


 皇女の侍女・アンナが、勢いよく扉を開いてエレノスを出迎えた。その様子から皇女に何か起きたのではと思ったエレノスは、慌てて部屋と戻る侍女に続いて中に入る。


「どうしたんだい、アンナ。ディアは?」


「イヤリングが決まらないのです!皇女様がお美しすぎてっ…あああこんな美しい皇女様にお仕えできるなんて、私っ…」


 はあ、とエレノスは肩を落とした。


「…アンナはいつもの発作か」


 クローディア皇女をこの世の誰よりも崇拝していると言っても過言ではないアンナは、こうして時折このような発作を起こしては皆を困らせていた。


 崇拝するのも無理はない。アンナは昔、まだ皇女が小さかった頃、寂れた村で凍死しそうになっていたところを偶然通りかかった皇女に命を救われたのだから。


 その出自ゆえ言葉遣いや礼儀作法はまだ未熟者だが、皇女への想いや仕事ぶりはエレノスや他の使用人達だけでなく、もう一人の兄である皇帝の耳にまで届くほどであり、信頼して任せることができる人物なのだ。


 今日も突如として皇女への祈りを捧げ始めたアンナを置いて部屋の奥へと向かったエレノスは、ドレッサーの前で何やら悩んでいる様子の妹・皇女クローディアに歩み寄った。


「おはよう、ディア。イヤリングが決まらないそうだね」


 エレノスの来訪に、クローディアは菫色の瞳をぱっと輝かせた。


「ご機嫌よう、お兄様。…今日のドレスに合うイヤリングが決まらなくて」


 そう言って、全身をエレノスに見せるためにくるりと回ったクローディアは、今日は薄紫色のドレスに身を包み、控えめな輝きを放つ銀色の花のネックレスを着けていた。


 エレノスと同じ銀色の髪と菫色の瞳を持つクローディアは、年中縁談が絶えないほどの美少女である。


「今日も可愛いよ、私のディア。イヤリングはこれにしよう」


 エレノスはクローディアの手の甲にキスを落とすと、アクセサリーケースから二人の瞳と揃いの色のイヤリングを取り出し、クローディアの耳に着けた。


「さあ、エスコートさせておくれ」


 差し出されたエレノスの手に、クローディアは満面の笑みで手を重ねた。


 まるで一枚の絵のように美しいこの兄妹の姿を垣間見るために、これから行われるお祭りで国民たちは席取り合戦をすることを、この美しい兄妹は知らない。

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