第5話 生徒と教師――1

「鬼が戦うとき自分の霊気を武器にして戦うんだけど、それがこれ、『吸血器ヴァンパーム』って言うの」

 そう言うと在果の手元に赤黒い槍が出現した。


「何それ。どこから出したの?」

「体の中の霊気を槍の形にしたの。霊気を自在に操るのも鬼の能力の一つだよ」

 霊気は不可視のものだと教わったが、在果が今操っている槍はしっかりと物理的に存在している。

 まるで手品を見せられているかのように、宙から生み出された槍に美由は目を丸くした。


「どう? できそう?」

「無理に決まってるでしょ。目に見えないものをどうやって操ればいいのかわからない」

「じゃあ、目に見えるようにしよっか」

 そう言って在果はもう一つ、赤黒い小刀を出現させた。


「一番霊気が含まれているのは血液。まずは目に見えない霊気じゃなくて血液を操るイメージを掴むの」

「目に見えるからって、操れるモノじゃないでしょ血液なんて」

「常識に囚われてちゃダメだよ。鬼は人間以上の力を持ってるんだから、もっと可能性に満ちてるんだよ」

「可能性……」

 在果が美由の手を取ると、ナイフで人差し指の先を小さく切った。指先から赤い血が零れると、指を伝って地面にしみを作った。


 そうだ。自分はもう人間じゃない。もっとたくさんのことができるはず。

 血液を操るのだって、一体どうやればいいのかわからない。

 いや、血液に対して体を流れるものという認識を改めてみよう。もっと指先の延長と思って考えてみることにする。


「お、良い感じだね」

 美由の右手は赤黒い異形の爪に包まれていた。

「これが『吸血器ヴァンパーム』?」

「そう。大半の場合槍になるけど、異形型も珍しくはないね。慣れたら私みたいに槍以外の武器も自由自在に出せるようになるよ」

 異形の爪の赤黒い色は、鬼の霊気の色だ。血液中の霊気を呼び水にして、体内の霊気を右手に纏わせた。人間の皮膚であれば簡単に切り裂けることだろう。


 それから丸一日コントロールの安定を図る訓練を行い――18日の夕刻、美由は最初の作戦へと赴いた。



 5月20日。月曜日。

 翼は久しぶりに学校に登校した。

「おはよ~翼ぁ! もう体調は大丈夫なん?」

「へーきへーき。あ、てか休んでた間のノート見せてもらえる?」

 久々に会った明奈と挨拶を交わし、翼は自分の席に着いた。


 宮永家殺害事件の一件は、すでに学校中に広まっている。

 二年五組の教室も例外ではなく、いつもと違う空気感に包まれていた。


「箱崎さん、元気? もう体調不良平気?」

「あ、水城さん! もう平気ですよ。今日から文化祭の実行委員の仕事の方にも行けますよ~」

 声をかけてきた在果に、翼は元気よく返事をした。すると在果は言葉を続けた。

「じゃあさ、せっかくだからお仕事頼まれてくれないかな?」

「仕事ですか?」

「うん、昼休みに社会科準備室に日本史の資料を取りに行ってほしいんだよね。社会科の担当、宮永さんなんだけど、先週から来てないし、お願いできるかな?」

「いいですよ。昼休みに社会科準備室ですね」

 このくらいの頼まれごと、いつものことだ。翼は喜んで首肯した。



 昼休み。昼食もそこそこに翼は教室を出た。

 隣の四組の前を通った時、見知った女子制服の男子と鉢合わせた。


「来てたのか」

「はいまぁ。もう完全に回復したんで」

 翼の答えに月夏は「そうか」と短く答えた。

「そう言えば、張監視官はもう目覚めたんだよな」

「土曜日に会いましたけど、すっかり元気ですよ」

「そうか。じゃあ、俺の監視官任務はもうお役御免ってことか」

「そうですね。短い間でしたけど、ご苦労様でした」

 翼の言葉に、月夏は驚いたように目を見開いた。

「ん、どうしました?」

「いや、アンタから労いの言葉が聞けるとは思わなくてな」

「私だって社交辞令くらい言いますよ」

「え?」

「じゃあ私、仕事あるんで」

「あっそ、さっさと消えろ」


 なぜか不貞腐れながら月夏がどこかへ行ってしまった。

「一体何なんですかアレ……」

 不思議に感じながらも、翼は社会科準備室へと向かった。


 教室棟の隣、社会科準備室のある管理棟にやって来たとき、通りすがった職員室の前に担任の遠賀川と日本史担当の厚木がなにやら会話していた。

「厚木先生、宮永について彼女から何か聞いていませんか?」

 銀縁の眼鏡に綺麗なスーツを着た男性教諭に、白髪交じりの初老男性教諭、遠賀川が問いかけていた。

「いや、私は何も聞いていませんけど」

 遠賀川の問いに、厚木は素っ気なく返した。

「宮永さん、厚木先生には懐いていたんですよ。彼女が行方不明になる前に何か妙な点なんかありませんでしたか?」

「懐いてるだなんて、気のせいでしょ。彼女は日本史担当だというだけでそれ以上は何もありません」

 厚木の答えに、遠賀川はため息を吐いた。

「彼女、教室では他の生徒とは誰とも会話しないんです。いじめがあるかどうかすらわかっていないんです。その辺、彼女から相談だったり――――」

「いや、ありませんよ」

 突き放すように厚木が言った。

「それに、私が生徒から慕われるわけないじゃないですか」

「……そうですか」

 遠賀川は、諦めたように視線を伏せた。


 厚木はそのまま階段を上って上の階へと向かって行った。

 その場に残った遠賀川の方へと翼は足を進める。

「やっぱ心配ですよね、宮永さん」

「箱崎か」

 突如現れた翼に、遠賀川は眼鏡を直しながら返した。

「ところで箱崎」

「はい、なんでしょう」

「体調の方は大丈夫か?」

 自分にも美由のことを訊かれるのか、と思ったが、質問は休んでいたときのことだった。

「体調はもう平気ですよ。土日で完全復帰できました」

「そうか」

 ぶっきらぼうながらに生徒思いの先生なんだよなぁ、と翼は思った。


 社会科準備室に用があるのを思い出して、翼は職員室横の階段を上がった。

 三階の小さな教室に向かうと、「失礼しまーす」と号令して建付けの悪い引き戸を開けた。

 ドアを明けると、先ほどまで遠賀川と話していた厚木が社会科準備室で次の授業の準備をしていた。

「二年五組の箱崎です。お休みの宮永さんに代わって日本史の資料を貰いに来ましたー」

 翼の声に厚木が顔を上げた。

「五組の資料ならそこの棚です。付箋が貼ってあります」

「ありがとうございます」

 厚木が指さしたスチールの棚に歩み寄ると、「2-5 5/20」と書かれた付箋の張られたプリントの束が置かれていた。

「あの、厚木先生」

「なんでしょう」

 厚木がこちらに視線をくれることなく冷たく返した。

 ――この先生、ちょっと苦手なんですよねぇ。

 というか、この教師を得意とする人間の方が稀だろう。遠賀川との会話から、美由は厚木を慕っていたらしい様子があるのだとか。翼にはそんなの全然わからなかったが、担任の教師という視点からわかることもあるのだろう。


「宮永さんのこと、どう思っていますか?」

「……はぁ、あなたもですか、箱崎さん」

 ため息を吐かれることはなんとなく想像していた。今日だけで少なくとも二度同じ話題なのだ。

 だが――少し質問のアプローチを変えてみることにする。


「私、宮永さんのことあんまり知らないなぁって、いなくなってから気付いたんですよね。宮永さん、クラスでもあんまり仲良い子いなくって。このまま彼女がいなくなったら多分、宮永さんは皆から忘れられるんじゃないかって不安なんです」

「それは言い過ぎでしょう」

「言い過ぎじゃないです。淀高は人がいなくなるのが当たり前すぎるんです。宮永さんにはもう、覚えててもらえる家族もいないし、だったらせめて、私だけでも彼女のことを覚えていたいんです」


 などと、それらしいことを並べているが、半分本気半分建前と言ったところだ。

 全ては行方不明となった美由の真相に近付くための調査だ。

「だから、少しで良いんです。宮永さんのことを教えてくれますか?」

「……彼女は熱心な生徒でした。今日の授業、あの部分がわかり辛かったとか、どこかテストに出やすいかとか、授業が終わっても聴きに来るような生徒です。私も淀高に勤めてもうじき十年経ちますが、この学校でここまで熱心な生徒はなかなかいませんでした」

 淀代高校は進学校ではない。勉学に熱心に励み、国立大学を目指すような生徒は学年でも片手で足りるほどしかいないような学校だ。

 翼の所感では、美由はそれほど真面目な生徒には思えなかった。


「それだけです。彼女のことを知らないのは私も同じです」

 準備室の席を立って、厚木は授業で使う教科書をまとめた。

「……だからこそ、私にも責任の一端があるのかもしれない」

「え?」

「そろそろ教室に戻ってはどうですか? 昼休みはあと五分もありませんよ」

 厚木の言葉に時計を見ると、翼は資料を持つと「失礼しました!」と叫んで準備室を出た。

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