第六話 剣闘大会本戦

 振り返ると、エントリー会場での乱闘を収めた、あの剣士院の剣士が立っていた。

 ランボルトと名乗る剣士に従い付いて行くと、闘技場に併設されている剣士院の談話室に通された。


「君は剣士院の者ではないよね。その剣……何故持っている?」

「え?これは、僕の剣の師匠から頂いたものでして……」

「その人の名前は?」

「えっと……。師匠としか呼んでなかったので、村の人たちからも爺さんって呼ばれてたし……」


「昔話をしてやるよ」

 

 ***

 

 ケハイデス暦九四〇年、ケハイデス教団で謀反が起きた。

 当時の剣士院の剣士長をはじめとする半数の剣士、魔道士院の高位神官の半数を超える者たちが、教団の独裁的な政治体制に不満を募らせていた。


 彼らは反ケハイデスのレジスタンスとして、教団の主要施設へのテロ攻撃を繰り返し、マディアの住人たちも一時的に他の街へと避難するほどの混乱状態となっていた。

 

 事態のさらなる悪化は、レジスタンスがマディアの住人に紛れて避難する当時五歳だった、現法皇のローグ・アウラムの誘拐に成功したことだった。これにより、教団は窮地に追い込まれることとなる。


 レジスタンスは、当時の法皇の退位と、魔道士院を中心とした元老院の設立を条件に、ローグ・アウラムを開放するという声明を出した。そして、交渉の場としてガリア神殿を指定し、当時の法皇とその護衛一人の出席を要求したのだ。


 法皇と護衛がガリア神殿入口に到着すると、一〇〇人近い剣士や魔道士たちが彼らを取り囲んだ。レジスタンス側に交渉する意思がないことは明白だった。彼らの真の目的は、法皇を殺害することだったのだ。


 このとき、法皇の護衛を務めていたのが、若干一五歳の剣士、ジーク・ロイドだった。

 

 法皇が恐怖に慄く中、ジークの表情は一切の動揺を見せず、むしろ敵を挑発するかのような冷たい笑みを浮かべていた。


 次の瞬間、ジークの周囲五メートルにいた剣士たちが一斉に斬り倒された。その速さは、人間の目では捉えることすら不可能なものだった。

 

 混戦の中、レジスタンス側の魔道士たちは援護の攻撃魔法を使うことができず、負傷した剣士の回復に追われることしかできない。剣士たちの必死の攻撃もジークにはかすりもせず、倒れた剣士の山が築かれていく。回復魔法の詠唱に集中せざるを得ない魔道士たちもまた、カカシのようにジークの剣に斬り伏せられていった。

 

「新入りの小僧が……。剣士長である俺に刃向かうとは、生意気千万だぞ!」

 

 憤怒の形相で剣士長が吠えたが、ジークとの一騎打ちは長くは続かなかった。

 わずか数合の後、返り血に染まったジークの足元には、両手を切断され、胸を貫かれた剣士長の亡骸が転がっていた。

 

 この戦いを通して、ジークの類稀なる剣の才能が誰の目にも明らかとなる。

 レジスタンスは壊滅し、ローグ・アウラムも無事に救出された。事件後、ジークは剣闘大会に出場し、圧倒的な強さで優勝を果たす。


 そして、彼はマディア剣士院の歴代最年少にして最強の剣士長として、新たな時代を切り拓いていくのだった。


 ***


「君が持っているのが、そのジーク・ロイドの剣なんだよ」


 ランボルトは目を瞑り、何かを考えている。


「君の師匠、顔に傷があるだろ」

「はい、左目から肩の辺りまでザックリと切られた古傷がありました」

「間違いない。ジーク・ロイド先生だ。ちなみに、俺の師匠でもある」

「えー?ってことは、僕の兄弟子!」

「あっはっは。そうなるな。試合を見たが、お前の強さに納得がいったよ」


「決勝トーナメントは俺も出る。君と戦うことを楽しみにしてるよ」


 ***


 決勝大会一回戦の相手は大斧を振りかぶると、横一文字に振り回す。

 ――熊と一緒だな。

 両の足を浅く斬りつけ、首元に剣を添える。熊と違って降参してくれるのはありがたい。


 二回戦の相手は剣士院の若い剣士。

 剣士院はみんな、ランボルトさんレベルなのかと思ったが、あの人が別格なだけらしい。この剣士も本気を出すまでもなかった。三回戦も同じくだった。


 遂に決勝、ランボルトさんとの対決だ。


 風が流れ、砂が舞う。

 

「決勝トーナメント決勝戦」


 空気を濁す、砂塵が昇る。

 

「開始!」

 

 ――裂帛の気迫がすべてを晴らした!

 咆哮を上げて踏み込むと同時に全力で斬り込む。剣先の鈍い光が空間に残像を描いた。

 

 瞬間的に浮かぶ「取った」という感触と、鉄の火花が散るのは同時だ。防がれ、遅れて鼓膜が震え、弾かれたことに気がつく。


 「っ、君、人間か?」

 

 ランボルトさんは言い、仰け反る僕の身体に剣を撫で下ろす。僕も合わせるように重心を落とすが――重いっ! 足が浮きかけ、地面を掴むように踏ん張った。それでも衝撃は受け流せず、両肩が軋む。

 

 ――まるで師匠と戦っているみたいだ。

 距離を取る。ランボルトさんは動かない。僕は萎んだ肺臓を膨らませ、息を止める。一拍。体内に意識を向ける。力の流動――線。足先から頭のてっぺんまで。僕は肉体に流れる光の線を繋げていく。息を吐き出し、握り直した剣を振り上げた。

 

 すべてを渾然一体とした剣閃を放ち――しかしそれもまた受け流され――回転。ランボルトさんの肉体が踊るように回転し、躍動し、気がつけば肉薄されている。弧を描く剣先は目で追うことも難しく――僕は、踏み込んだ。

 

 ランボルトさんの目が、見開かれる。

 血飛沫が、彼の顔を汚す。

 ランボルトさんの剣は、僕の左腕の骨に止められていた。

 

 そして僕の剣は、ランボルトさんの首筋にピタリと張り付く。


 「……参ったよ。降参だ」


 僕の優勝が決まった。

 大歓声は僕らが控室に戻っても続いていた。


***


 ぼくは控室で腕の回復をしてもらいながら、ランボルトさんと話している。

 

「その歳で……本当に強いな。君は。ジーク・ロイド先生と戦っているような感覚だったよ」

「はは。僕もです。」

「一六歳だろ?まさにジーク・ロイドの再来だな」


『ジーク・ロイドの再来、剣士長を撃破』

 そう称された号外が街に配られた。

 ――ランボルトさん、剣士長だったんだな。


 優勝した僕は明日、前回覇者と戦う。

 この相手、ランボルトさんが一〇年間負け続けた人物だ。

 ランボルトさん曰く「技とかそういう次元じゃない」らしい。


 ***


 立ち見の観客で埋め尽くされる闘技場は今大会、一番の盛り上がりを見せる。


「選手入場!ジーク・ロイドの再来!トリステ村のアルム」

「十一連覇なるか!守り人、仮面のゼルガー!」


 ――え?ゼルガー?

 戸惑う僕の前に、仮面をつけた剣士が現れた。

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