親友勇者の剣立て側付きが聖女になる話。

涙目とも

第1話:真っ黒け

 カラスも静まるような紅い黄昏。

 王都付近のとある森の中に、影を追走する影が二つ。

 勇者、レウ・ユースとその側付き、フラン・ベルである。


「……いたぞッ」

「あぁ」


 木々を己が足場として対空と疾走を繰り返し対象に接近し、一気に進行方向に躍り出る。

 フランは瞬間的に魔道具を発動させ、自身とレウ、逃亡者を対象とした防護ドームを生成する。


「やっっっとお縄につけるなぁ逃亡者さん。いい加減逃げる背徳感にも飽きてきた頃だと思ってさ、わっざわざ迎えに来てやったよ」


 フランのその言葉に野次を投げるでもなくナイフを構え、その切っ先をこの魔道具の保有者であるフランに向ける。


「おぉ、怖い怖い。しっかしまぁ、国庫強盗なんて大したことやらかしますなぁ。担当していた警備さんがお前にしこたま殴られた後、怠慢で硬い寝床に付くことになるんだよな。それが不憫で不憫で「喋りすぎだ、フラン」……はいはい」


 癖をたしなめられたフランは、やれやれと首を振りながらローブの中に手を伸ばす。


「俺は勇者様のですよ」


 一振りの絢爛な剣を取り出す。その柄を、まるで高貴な方々へ献上するかのように誇大にレウへと差し出すフラン。

 その大げさな態度に、レウは一瞬眉をひそめたかと思うと……いつものことかと呆れながら、鞘から刃を引き抜く。


「聖剣『ローゼ』」


 名称を呼ぶ。するとまるでその言葉に呼応するかのように大気が揺らぎ、刀身の輝きが一層増す。逃亡者はまるで太陽の光を避けるかのように視界を腕で覆う。


「……ッ!!」


 音のない叫びを震わせ、テラリと光る、おそらく毒が塗ってあるのだろうナイフを両手に宣戦。しかし……そのような抵抗をしたところで、勇者という絶対的な存在の前では無力に等しい。


「……ハァ!」


 本人にとってはただの横薙。しかし、逃亡者にとっては神速の致命斬。

 刃を立てて決死の抵抗を図るが、そのかい虚しく、一刀で胴を亡き別れにした。


「あ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!? おいぃぃぃ! 生け捕りって任務だっただろうが、怒られるのは俺なんだぞ!!」

「そ、そうだった……すまん」

「……まぁいいけどよ、こんなしょうもないことに勇者を駆出すくらい王宮は困ってるのかって話だよ。こんなの、王族の息がかかった冒険者を差し向けるだけで済むだろうに……」

「仕方ないさ。今回の奴は確実に呪力を用いてた。俺が出なきゃ駄目だったんだ」

「そりゃそうだが……結果論だろ。お前は納得してるかも知れないけどさ、お前が出るってことはその分俺の休みが減るんだよ」


 はぁ、やれやれと、仕事狂ワーカーホリックの親友に呆れるフランであった。






 ◇◇◇◇◇






「―――というのが、今回の顛末でございます」


 ケーストライト王国、通称王都の中央に位置する王城の謁見室で、フランは今回の騒動、その大まかな出来事を報告していた。


「ふむ……そうか」


 レウはこの場にはいない。種戦力は少しでも良いから休め、というのが勇者パーティーの方針だからだ。

 フランに不満は無い。なぜなら、彼自身が定めたことだからだ。


(レウには腹芸はできないからな……)


 どんなときでも馬鹿正直に話してしまう親友を思い浮かべながら、王の言葉を待つ。


「……今回も大儀であった。勇者にそう伝えるように」


(あーはい、俺には何もないんですね〜)


 心の中で苦笑を浮かべながら続く言葉を、待ち望んでいた言葉を待つフラン。


「今回は国庫という国にとって最重要と言っても過言ではない。その功績をたたえ、報奨を与えよう」


(来た!)


「ならば望みがあります」


 フランの言葉に目を見開く王。当然である。彼が報酬を与えたいのは勇者であって、その側付きたる歩兵ポーンでは無いからだ。

 しかし、器の広い王を演じなければならない。苛立ちを覆って、「なんじゃ? 言ってみろ」と問いかける。


「勇者、レウにしばし休暇を与えては下さらないでしょうか」

「……………ならぬ、勇者は今の我々にとって最大戦力に近い。常に背後に勇者がいるからこそ安心できる民たちがいる」


 ……国は勇者を使い潰す方針のようだ。


(一番安心したいのはお前らだろ! そう言うのであれば、勇者を常に王宮に待機させるのはやめて、最前線で戦わせるべきだ!!)


 自らの保身を第一に考える腐った脳無し共へと向かう殺気を抑えながら、自らの考えを繋げる。


「だからこそでしょう。民衆が最も安心するのは、英雄ヒーローが平和的な姿勢を取っている時だ。それに、飛車だけに頼ってしまえば竜になる前に玉が堕ちるというもの。この機会に、他の駒だけで民を守護するということをやってみては?」


 ……手痛いフランの反論に何も言い返せずにいるはりぼて共に、更にイキシャアシャアと反論を重ねる。


「よもや、王自身が勇者を軽んじることは無いでしょう? あいつは最強じゃない、私たちと同じだ。使い続ければどこかで必ずほころびが出る」


 フランは、更に周りを見渡しながら続ける。


「ここにいる雑兵共とは価値が違います」


「「「「「……ッ!!!」」」」」


 わざと大臣たちとその護衛である王国聖騎士をけなす言い口。さんざん煽ることで引くに引けぬところまで引きずり落とす、それがフランのヤり方だ。

 もっとも、勇者の側付き、という立場でなければ、何年も前に、すでに不敬罪で首が飛んでいただろう。


「…………………よかろう。ただし、もう一つ任務を受けてもらわねばならない。次の任務の合否かかわらず、勇者に療養の期を与えよう」

「ご配慮、ありがとうございます」


(はい、俺の勝ち。まじで親友は取れるところで休憩を取らないとぶっ壊れるからな、このタイミングが一番好ましい)


 国にとってフランは出る杭と等しい。フランさえいなければ、歴代最強の勇者を実戦に投入でき、他国の牽制にもなり、飯を食み、酒を嗜んでいるだけで領土が増える。

 そのことをフランはわかりきっていた。その上で親友に尽くそう……という覚悟がある。


(おそらく、魔王が討伐されたら、俺は何らかの形で処刑される、絶対に。……………その前に)




「あいつの障害は徹底的に潰す」


 国王が障害になるのであれば、自らの命を引き換えにしてでも殺る。


「俺の命一つで王様ガチャ一回……ずいぶんとやっすい掛け金だ」


 これでいい―――


























 肺を黒く染めるのはフランだけで十分だ。






 ◇◇◇◇◇






「……最近の側付きの行動は、少々目に余りますなあ」

「……大臣たちよ」




「あやつには、少々遠いところへ行ってもらわねばなるまい?」


「「「……………はッ!!」」」

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