第46話 絶対に死なせない


 エドガータワー9階層のボス、パーフェクトグリーンとの戦い。今まさに、僕たち【狼の魂】パーティーは勝負所を迎えていた。


 戦士ベホムに群がるボスの攻撃を抑制の回復術で封じ込め、魔術師ジェシカの魔法と推進の回復術によって、怒涛の追い込みをかけていたときだった。


 盗賊ロランの声がしたかと思うと、周りから複数の影が飛び出してきたのだ。


 モンスターかと思いきや、ディランたちだった。


 ボスと交戦中だったとはいえ、ここまで盗賊の彼女が気づかなかったということは、それだけ連中が殺気を放っていなかったってことだ。


 もしや、巧みに隠しているだけかもしれない。


 そう思って、攻撃して来るかどうか警戒するも、彼らは何もせずにその場所に突っ立っていた。僕たちの周囲を取り囲んだだけで、妨害してくる気配は一向になかったんだ。


 わけがわからない。ディランたちは一体、何を考えているんだ……?


「おい、ピッケルら、ウルスリのやつら、ふざけるな。これは一体どういうつもりだ……⁉」


 そうかと思えば、ディランがとんでもないことを言い出した。


「どういうつもりって、それは僕らの台詞なんだけど……?」


「まったくだぜ。ピッケルの言う通りだ。お前ら【超越者たち】は棄権したも同然だろうが!」


「うむ。邪魔なので、君らには今すぐ引っ込んでもらおうか?」


「ですです。さっさと引っ込みやがれですぅ!」


「本当に、【超越者たち】パーティーというのは不躾ですわね。何を考えていますの……⁉」


「……ですね。消えなさい……」


 ベホムたちも言葉で援護射撃してくれてるけど、ディランたちに動揺した様子は欠片もなかった。


「はあ……? 何出鱈目抜かしてやがる! 俺たちがボスを倒すことになっていたのに、それを横取りするなんてよ。図々しいにもほどがあるだろうが!」


「そうよ。何様のつもりなの⁉ これは、王様があたしたちの無実を晴らすためにと、わざわざ用意してくれた晴れ舞台なのよ……⁉」


「その通りなの……。王様の友達だと本気で思って、こんな失礼なことをするなら、謀反と同じなの……」


「フッ……これはまさに謀反であります。王の友人であることを傘にして、やりたい放題ですからね。我々に濡れ衣を着せるだけあって、とんでもない輩ですねえ!」


「そうっすよ! 多分、そのピッケルが黒幕だと思うっすから、そいつを追放して、代わりにおいらを迎え入れることも真剣に考えるべきっす!」


「……」


 彼らの自分勝手な言い分には、呆れ返るばかりだった。


 なるほど。てっきり、失うものはないとばかり捨て身の攻撃でも仕掛けてくるかと思いきや、そうじゃなかった。


 こうやって声高に自分たちがやるべきだったと主張することによって、妨害なんてしなくても手柄を取られたと王様に示せるから、それでわざわざここまでやってきたのか。


 素晴らしい方法だ。


 本当に、いかにも狡賢いディランたちが考えそうなことだ。


 でも、残念ながら彼らがここまで来ること自体は予測済みだ。そういうこともあると思っていたので、簡単に気持ちを切り替えられる。


 なんせ、僕は【超越者たち】パーティーにずっと所属してたわけだからね。


 こういう場面でこそ、が最も効果的だと判断した僕は、早速使用することにした。


「「「「「ブゥン……!」」」」」


 それは、気配自体に、時間を格段に戻す回復術を使ったんだ。これの名称を、無の回復術という。当然、気配は産まれる前に戻るので完全に消える。


 すると、どうなったか。


 ボスのパーフェクトグリーンは、すぐ近くにいる僕たちにじゃなく、その周りで傍観しているディランたちに向かっていったのだ。


「「「「ちょっ……⁉」」」」


 驚愕する【超越者たち】パーティーの中で、唯一涼しい顔を浮かべた戦士クラフトが、庇うように前に立った。


「フッ……こんなもの、自分が止めてみせま――ぐぎゃあああああああああああああっ!」


 分散したボスにタコ殴りにされた結果、タンク役の戦士クラフトが、あっという間にハチの巣になって死んだ。


 ボスは一匹だけじゃなくて、何百匹もの虫が集まってボスを構成している。だからバラけて威力が落ちているとはいえ、このままいけば【超越者たち】が全滅するのは時間の問題。


 だが、そうはさせない。


 彼らには9階層のボスを倒す力なんてないことが折角証明されたのだ。王様によって厳罰を受けてもらうためにも絶対に死なせることはできない。


 僕は無の回復術を、それ以上タゲらせないように【超越者たち】にも使う。さらに、それとは真逆の回復術をベホムに行使した。


 これは、気配に対して時間をある程度進め、今度は逆に気配を強くする回復術だ。


 経験によって魂は光り輝くため、時間を進めれば気配もまた大きくなる。そんな有の回復術をベホムに使って、こっちにボスを呼び戻したってわけだ。


 ただし、色々な回復術を使いすぎたせいで、油断すると気絶するほどの大きな負担が自身にかかっているため、その間に抑制や推進の回復術はさすがに使えない。


「ぐっ……! こ、こりゃあきついねえ」


「ベホム……辛いだろうけど、その分、回復する。だから、もう少しだけ我慢して……」


「オッケー! てか、ピッケルのほうがヤバそうじゃねーか! 頼むから耐えてくれよ!」


「……うん……ジェ、ジェシカ、後はお願い……」


「私に任せろ、ピッケル。絶対に、やつらの陰謀に負けることなどない……!」


「……はぁ、はぁ……」


 今にも気力が尽きて倒れそうな状況だけど、僕は必死に堪えて回復術を使う。


 追い出された僕を拾ってくれたみんなを、ここで絶対に死なせるわけにはいかない。


 この命に代えてでも守ってみせる。


 それからほどなくして、ベホムがダメージを受けていないことに気づいた。つまり、倒したってことだ。


 ……よかった……。一時はどうなるかと思ったけど、それまでもう大分ダメージは蓄積してただろうしね。


 ディランたちが邪魔しに来たせいでエネルギーを沢山消耗しちゃったけど、こうしてボスを倒せてみんなが無事で本当によかった。回復術師として、最高の喜びだ……。


 周囲の景色が森林から塔の内部へと変わっていく。


「……ふう。どうやら、これでボスを含めて、全部終わったみてえだな、ピッケル……って、お前さん、大丈夫か⁉」


「……」


「「「「「ピッケルッ……⁉」」」」」


 どうやら、僕は意識を手放そうとしているらしい。みんなの声が遥か遠くから聞こえくるようだった……。

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