第42話 周りから助けられる職


「本当にすっきりした。ピッケル、最高にいかしてたぜ!」


「え……」


 まさにこれから、9階層の攻略へ向かおうとしたところで、ベホムが親指を立てて思ってもなかったことを言い出した。もしかして冷やかしてるのかな?


「うむ。ピッケルがいかしてるというか、可愛いと思ったのは内緒だ」


「……ジェシカまで、からかわないでよ。あの場面の僕のどこにそんな要素が? 可愛げなんて欠片もないと思うんだけど……」


「なんていうか、ピッケルさんの背中には、暗殺者のような殺気が漂ってましたぜ! 多分、変わり者のジェシカさんのことだから、そこに惹かれたのかと!」


「なるほど……って、ロラン、僕は暗殺者じゃなくて、一応回復術師なんだけど……?」


「ピッケル様はご自身の迫力に気づいておられないのですわ。いざというときの台詞は、わたくしはおろか、特製の毒薬さえも及びませんことよ!」


「……まあ、確かに毒と薬は紙一重とはいうけど、マリベル、それじゃ僕がとんでもない危険人物みたいじゃないか……」


「ええ、マリベル。ピッケル様はとっても危ないというか、無茶をなさるお人です。私が身をもって体験しましたから!」


「レビテ……幽霊だった君を回復して倒れたのは確かだけど、まさかあそこまで寝込むとは思ってなかったから……」


 こういう弄りができるのも、ベホムたちが僕の気持ちを汲んでくれているからなんだと思う。


 僕はディランたちに対してああは言ってみせたものの、正直なところ複雑な気持ちも少なからず抱いていたからね。


 ああいう失望するようなことをされたことも含めて、怒りで何度も我を忘れそうになった。


 そうして荒れに荒れた心を鎮めるにしても、回復術師とはいえ僕一人じゃ難しかった。


 回復術師は、周りから助けられる職でもあるんだって思い知らされた。自分が相手にしてあげたことは忘れていいけど、してもらったことに対しては感謝の気持ちを絶対に忘れるでないぞっていう師匠の金言を思い出す。


 額縁に入れて心の中に飾っておきたい言葉だ。いつでも思い出せるように。


 ……さて、ベホムたちのおかげで気持ちを切り替えられたので、9階層を攻略するとしよう。


 ここは、見渡す限り鬱蒼とした巨大な森林が広がっている階層だ。


 当然ながら迷いやすく、障害物も8階層以上に多い。


 探知や索敵についても、木々が植物として生きているため阻害されやすい。


 なので、僕はできれば用心してほしいとベホムたちにあらかじめ伝えていた。ディランたちがまた襲ってくるかもしれないと。


 もちろん、彼らがそこまでバカじゃないと思いたいけど、世の中には絶対なんてないし、万が一ってこともあるわけだからね。


 森林のモンスターは、半透明のインヴィジブルスネイル、自然と同化したフォレストスライム、ウッドゴブリン等、擬態に特化したものばかりが出現する。


 また、至るところにループトラップがあり、そこを踏むとまたスタート地点に戻ってしまうというもの。


 なのでそれらを探知、解除できる盗賊の重要性がこの場所ではさらに高くなる。


 幸い、ロランは8階層での経験を経て、さらに成熟した探知を見せてくれるはずなので、そこら辺はあまり心配してない。


 罠は見た目じゃどこにあるかわからないけど、空気の微妙な違いを指先で感じ取ることができる。


「すげえです。あっちこっちに罠がありやがります……!」


 そうそう。最初にここへ来たとき、中々先へ進まない停滞感がして、盗賊ネルムがミスを犯してたことに気づくのに時間がかかったんだ。


 そう考えたら、ロランはやる前から察知しまくってるので期待が持てる。


「グジジ」


 独特な、それでいて微かな鳴き声とともに、半透明の巨大なカタツムリが登場した。


 インヴィジブルスネイルだ。


 よく見てないとわからないくらい景色に溶け込んでるとはいえ、ロランの索敵で出現方向がわかったので判断できた。


 この階層ではある意味一番厄介なモンスターともいえるため、もし存在に気づけなかった場合、途轍もなく恐ろしい目に遭うことになる。


 このモンスター、これ以上ないといわれるほどに強力な酸を持っているんだ。


 そのため、気づかないうちに取り込まれれば、何もわからないまま骨すら残らずに栄養分にされてしまうってわけ。


 ただ、敏捷性はまったくないので、姿さえ見えるならそこまで苦労する相手でもない。


「ふむ。カタツムリの化け物よ、霧散しろっ……!」


 魔術師ジェシカの風魔法が炸裂し、インヴィジブルスネイルは彼女の言う通りバラバラになって霧散した。エルシアが覚えたばかりの初期の風魔法を知ってるだけに、それと比べたら物凄い威力だ。


 そんなエルシアも毎日魔導書を読んで勉強してるみたいだし、いつかパーティーに参加させたいな。


 僕たちはその戦闘をきっかけに波に乗り、大森林の中をどんどん進んで行った。当然、遭遇するモンスターの量も今までとは比べ物にならなくなる。


「どんどん来いっ!」


 ウッドゴブリンや、フォレストスライムらが嫌になるほど立て続けに襲ってくるも、先頭の戦士ベホムがそれを全部引き受けてくれていた。


 やつらの攻撃力はそこまでないものの、とにかく数が多いからベホムもかなり傷を貰ってしまってる。


 それでも、時間を戻す回復術を使えばあっという間に元通りだ。


 ここで大事なのは、一気に時間を戻すとダメージを感じやすくなるため、少しずつ戻すということを繰り返すんだ。


「くっ……無理かと思ったが、ピッケルの回復術のおかげでなんともねえ。頼むぜ、レビテ!」


「はいっ!」


 この二種類のモンスターは魔法に滅法強いため、剣士レビテよって蹴散らしてもらった。


「皆様、お疲れ様ですわ! 気力の回復ポーション、キンキンに冷えてますわよ!」


「「「「「助かるっ……!」」」」」


 錬金術師マリベルの特製ポーションのおかげもあって、僕たちはスイスイと先へ進むことができた。


 この調子で、一気に大森林の奥、すなわちボスがいるところまで進みたいところだ。

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