第34話 極めて重大な事態だ


 エドガータワー、8階層の洞窟を、僕らは奥へ奥へと進んでいく。


 この階層の特徴の一つがトラップだけど、もう一つある。


 それがモンスターの岩人間で、奥に近づくにつれてエンカウント率が上昇してきた。


 岩人間は遠くからだと人間とまったく見分けがつかないみたいで、それが出現するたび、索敵した盗賊ロランが『だ、誰か来やすぜ!』と泳いだ目で叫んでいた。


 それでも、攻撃することに躊躇する必要はない。何故なら、回復術師の僕がいるから。


「ふむ。ゆけ……!」


 魔術師ジェシカの氷魔法が炸裂し、やつらが飛び掛かってきたときにはもう氷の彫像を披露していた。


 僕がアドバイスがした影響も少しはあるのか、大分焦りが消えて詠唱がスピーディーになった気がする。


 気持ちの部分っていうのは魔術師にとっては思いのほか重要で、精神に問題があると詠唱速度だけでなく威力にも影響してくるので注意が必要なんだ。


 実際、【超越者たち】時代の話だけど、魔術師リシャがカリカリしてるときは顕著にその傾向が出ていた。


 モンスターの群れを氷化させるのが遅れた結果、戦士クラフトがその分ダメージを受けて割を食ってたし、威力も落ちてモンスターが残ることも多かったんだ。


 そういうこともあって、岩人間が現れても僕たちは慌てることなく冷静に対処することができていた。


「そこへは行かせません……!」


 剣士レビテも、あっちこっち動きすぎずに僕ら後衛に近づいてくるモンスターを切り伏せてくれるので助かる。


【超越者たち】時代、同じく剣士のディランは効率重視で前を走りすぎて、それで他のメンバーが追いつけないなんてことも多かった。


「――ふう。色んな意味で疲れたけど、いい感じだな」


 ベホムが心地よさそうに汗を拭う。それは他のみんなも同じようで、僕を含めて頷いていた。


「気力が消耗したなら、ピッケル様のエネルギーを減らさないためにも、わたくしのポーションがありますのよ、オホホッ! あ、その場合でもピッケル様が優先されますわ!」


 マリベルも自然と気が利くようになった。以前だと頼まれてから用意する感じだったのに。


 そうそう、いい感じだ。これでいいんだ。


 体だけでなく、心も動かす。慣れすぎず、緊張しすぎず。程よい緊張感と慣れが融合してこそ、パーティーの連携は上手くいくものなんだ。


 っと、そろそろボスルームが近づいてきたみたいだね。


 なんでそんなことがわかったかっていうと、奥に見える空間の天井に、魔法の鏡がついてるのがわかったからだ。


 その下には魔法陣があり、誰かがそこに乗ることでボスが登場してくるんだ。


 ってことは、いよいよ王様の天覧される時間が迫ってきたってことだ。ボスが登場するのも相俟って、さすがに緊張するなあ。


「「「「「……」」」」」


 それはみんなも同じみたいで、口数も大分減ってきた。


 ちなみに、ボスに関してはもう説明済みだし、どうやって戦うのかもあらかじめシミュレーションしてある。


 もちろん、実際に戦わないとわからないこともあるので、口頭でちょっと伝える程度なんだけど。


 それでもウルスリは7階までクリアした熟練したパーティーなので、そこまで心配はいらないはずだ。


「――き、来やすぜえええぇ!」


 僕らが魔法陣に立ってまもなく、ロランが興奮した様子で叫んだ。


「……ゴゴゴッ……」


 岩が動く音……いや、ボスの声が耳に届く。姿は見えないが、既に近くにいて僕たちを見ている。


 巨大な二つの眼球――双眸が、壁から覗いていたのだ。


 これぞ、エドガータワー8階のボス、ロックフェイスだ。


 壁の一部が見る見る変形して大きな拳の形に変わったかと思うと、こっちへ向かってきた。


「なんのっ……! ぐぐっ……⁉」


 拳を戦士ベホムが受け止めるが、壁際まで追い込まれて苦しそうだ。


 それもそのはずで、ターゲットが熟練の戦士じゃなければ容易く圧し潰せるくらいの圧力はある。


 ベホムが耐えてる間に魔術師ジェシカが火球を浴びせ、剣士レビテが怒涛の一撃を見せる。


「まだまだ、これも行きますわよ!」


 マリベルのアシッドボトル連打のおまけつきだ。この調子ならすぐ倒せそうな感じがする。


 僕はというと、臨機応変にベホムの体力や受けた傷を時間を戻す回復術で回復したり、ジェシカの気力を回復したりとやることも多い。


 壁にはボスの監視する目や攻撃するための巨大な拳、または息を吹きかけてバランスを崩すための大口が現れるが、遅延やリスタートの回復術等、事前に対策はできていたので楽に対処できた。


 ボスが後衛を狙いすまして攻撃してくるも、それはタンク役のベホムでしたってオチだ。


「――はっ……! な、なんかいやがります!」


「「「「「っ……⁉」」」」」


 ロランが発言した直後だった。


「うっ……⁉」


 その発言からまもなく、どこからともなく鋭い岩の塊が飛んできて、ジェシカのマントに命中したんだ。その途端岩が消えたことから、地の魔法であることがわかる。


「ジェ、ジェシカ、大丈夫か……⁉」


 これはまずい。ベホムがジェシカを庇おうと大きく動いてしまった結果、現れたボスの拳がベホムではなく、マリベルのほうに牙を剥いた。


「ひっ……⁉」


 拳が迫ってきて、怯えた様子で硬直するマリベル。彼女が拳を食らえばひとたまりもない。


 死んでもすぐに生き返らせることはできるとはいえ、押しつぶされた状態が続くとなれば話は別だ。


 復活させようとしてもエネルギーを無駄に消耗するだけになり、最悪マリベルが死んでエネルギーも使い果たした、なんてことになりかねない。これは途轍もなく重大な事態だ。


 こうなったら仕方がない。僕はスローモーションの回復術を使い、飛び込んで押し出す格好で彼女を救い出すと、そこから一秒も経たずにボスの拳が壁を殴った。


 スローモーションの回復術は、エネルギーを消耗するだけじゃない。しばらく休まないと回復しないほど、本当の意味で疲労してしまう。


 なので特製ポーションを飲んでも無駄ということでもあり、僕らは回復術に頼らずに戦わざるを得なくなった。


「――ゴオオオオォォッ……!」


「「「「「……」」」」」


 不利な状況を立て直そうと無我夢中で戦った結果、ボスの断末魔の悲鳴がこだまし、僕たちは安堵した顔を見合わせる。


 それにしても、一体誰がジェシカに地の魔法を?


 岩人間が攻撃してきた可能性もあるけど、何か妙だ。あまりにもタイミングが悪すぎる……。

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