第32話 心臓に毛が生えてる?
冒険者ギルドを跡にした僕らが向かっているのは、もちろんエドガータワーだ。
そこは神の塔、富の塔という異名も持つ。
そう呼ばれるほど巨額の富を得られるチャンスのあるダンジョンであり、一攫千金も夢じゃないんだ。それゆえに難易度も最大といわれる。
冒険者たちにとっては憧れの場所であり、いつか行ってみたいダンジョンはどこかっていう匿名のアンケートでもぶっちぎりの1位を獲得した最高峰のダンジョンなんだ。
そんな夢舞台に、僕は【狼の魂】パーティー、通称ウルスリのメンバーとして再び挑戦することになる。
それだけのレベルのタワーとなると、天に届かんばかりの塔が聳え立ってるっていうイメージを持たれるかもしれないけど、実はそうじゃない。
何故なら、このダンジョンは異次元にある塔であり、その全体像を見ることはできないんだ。
入口はどこにあるのかっていうと、都の中央付近にある古代神殿の遺跡、その祭壇の奥にある巨大な魔法の鏡だ。
この鏡を近くで十秒間見つめるか、あるいは触れ続けることでエドガータワーの内部に入ることができる。
そういうわけで、遺跡までやってきた僕たちは鏡を通じてダンジョンへと移動した。
なんだか遠い昔のように感じるけど、僕自身は【超越者たち】に所属してた頃に、この塔の9階までクリアしたことがあったんだ。
そうそう、それから前人未到の10階に挑戦しようってところでリーダーのディランに追放されてしまった。しかも、20歳の誕生日という記念日に。あれはもう、当時は痛恨の極みだった。
だけど今はもう、このパーティーでそこまで行ってやるんだって気持ちのほうが強いし、100%切り替えることができてる。色んなことを経験してきたからか、心臓に毛が生えたってほどじゃないにせよ、少しは心も強くなったみたいだ。
僕以外のウルスリのメンバーは現時点で7階まで攻略してて、9階以上は行けないってことで、螺旋階段を上がって8階の大きな鏡の前まで移動する。
この鏡は、それぞれの階層へ行くための扉になっていて、そこへ入れる権利を持つ者、すなわちそれまでの階層をクリアした者だけが入ることを許されるんだ。
ちなみに、一度鏡の中へ入った場合、もう一度鏡に入って引き返すようなことはできない。その階層のボスを倒さないと出られないっていう仕様なんだ。
そういうわけで、僕らは忘れ物がないかどうか入念に確認したのち、鏡の向こうにある8階層の中へと足を踏み入れようとしていた。
って、あれ? 何を思ったのか、先頭のベホムが立ち止まったままだ。
「ベホム……?」
「ちょ、ちょいと待ってくれ、ピッケル。わりーな。7階まで攻略したっていっても、それは大分昔の話って言ったことがあるだろ?」
「あ、そういえばそうだったね」
彼らはそれまでに負った怪我の状態が悪化した上、仲間が二人も抜けたことで、ダンジョンへ行くってところまで中々辿り着けなかったんだ。
「ここに来て急に緊張してきてな……。心臓がどきどきしちまって。なんせ久々だからってのもあるが、情けねえ姿を見せちまってわりーな……」
「……」
普段弱みを見せないベホムが、僕たちに珍しい一面を覗かせる。
こういう事象からも、エドガータワーがいかに恐ろしいダンジョンなのかがよくわかる。じゃあベホムの心が弱いのかっていうとそうでもない。かつて7階まで制覇したことのある強豪パーティーのリーダーだから弱いはずがないんだ。
そもそも、およそ100年前からあるダンジョンっていわれてるのに、10階層をクリアしたことがあるパーティーが未だに一つも存在しないわけだからね。
「というか、ベホム様が緊張されるのはわかりますが、レビテが平然としてるのが理解できませんわ」
「マリベルったら、そんなこと言ったら私が化け物みたいじゃないですか。そう見えるだけで私も緊張しておりますよ。ただ、色々とやり残して死ぬこと以上に怖いことなんて、そうそうないですから……」
「……」
一点の曇りもないような笑顔で言うレビテ。彼女が言うと説得力があるし、僕たちが想像してる以上に遥かに強心臓なんだと思う。
「はぁ……俺もよ、レビテみたいに心配ないさってメンバーに笑いかけてえよ……」
「うむ、ベホムのメンタルは私たちよりも乙女だからな……って、い、いかん。可愛いと思ってしまう……」
「ウププッ……ジェシカさん。ナメクジメンタルのリーダーにその感想は、的確すぎて笑えますぜ!」
「おいおい、ジェシカ、ロラン、俺だって人の子なんだからよぉ。ピッケルはもちろん、マリベルやレビテみてえに俺は心臓に毛が生えてねえんだよ……」
「ベホム様、もう一度仰ってくださらない……? あなたの心臓を強くするためにも、ショック療法で劇薬を飲むという手もありますわよ……?」
「それはいくらなんでも可哀想です、マリベル。それより、私がベホムさんの心臓に針を刺して、毛が生えるように刺激して差し上げましょうか……?」
「ちょっ……⁉」
マリベルもレビテも怖いこと言うなあ。それでも、ウルスリのいつものやり取りのおかげで、僕らも大分和むことができた。
っと、そうだ。自分たちばかりリラックスしてもしょうがない。ベホムの心臓もなんとかしないと。
「ベホム、実際に心臓に毛を生やすわけじゃないけど、僕の回復術でなんとかしてみるよ」
「お、ピッケル、そりゃ助かるぜ!」
ってことで、僕は彼の心に回復術を行使する。風邪に時間を進めて免疫をつけるように、このまま時間を進めて耐性をつけるんだ。
緊張するのは病気じゃないけど、こうすることによって早くダンジョンの空気に慣れてくれるはず。
「――おっ、なんかいい感じになってきたぞ……⁉」
「「「「「おぉっ……!」」」」」
よし、どうやら上手くいったみたいだ。ベホムがいつもの元気を取り戻したところで、今度こそ出発するとしようか。
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