第19話 普通とは少し違う
僕はベホムたちのいる宿舎を去り、早めに自分の豪邸へと戻った。すると、エルシアがびっくりした様子で駆け寄ってくる。
「ピッケル、今日は早いんだねっ! あの変な女は追い払ったから安心して!」
「マリベルのことか」
「あの人、図々しいし大嫌い!」
「ははっ。あの後なんか言われた?」
「うん。子供は相手になりませんわって涼しい顔で言って、一人で勝ち誇って帰っていったよ」
「彼女らしいや」
なんていうか、マリベルは一方通行な人だ。普通とはやや違うのかもしれない。その分、まっすぐな思いを持ってるのかもしれないけど。
「あ、そうだ。エルシア、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
僕は思い切ってエルシアに幽霊のことを聞いてみた。ここでずっとお留守番していたなら、もしかしたら何か目撃したかもしれない。
「ピッケルもあのお化けのこと知ったんだ……。あたい、何度も見たよ」
「やっぱり見てたのか。なのに、なんで黙ってたんだ?」
「だって、お化けなんか出るって知ったら、ピッケルが帰ってこなくなるかもって……」
「なるほど、それでか……。でも、それを抱え込むのは怖かったろうに」
「ううん。なんかね、お化けでも優しい感じの声だったよ。それに、怖がらせたいっていうより、なんか見守ってくれてるって感じだった」
「そっか。幽霊は姿も見せなかった?」
「うん」
エルシアの言う通り、幽霊には僕たちを怖がらせる意図はないようだ。どっちかっていったら、ここに住んでいる人を優しく包み込むような感じに思えた。
でも、ずっと前から知られているということは、それだけ成仏できずにいるってことでもある。
つまり、思い残したことがあるってことだ。僕は声の主に興味を持っていた。
向こうだって声をかけてくるんだからこっちに興味があるはずだし、思い残したことについて話したいはずなんだ。
何も急ぐ必要はないし、こっちから行くこともない。向こうからまた声がかかってきたときに、話を聞こうと思う。それが、この屋敷をずっと見守ってきた主に対するせめてもの敬意だ。
「……ありがと……」
「「……」」
そんな声がどこからともなく聞こえてきた気がした。エルシアも聞こえたみたいで、僕たちは驚いた顔を見合わせる。
それでも、今はまだ話しかけない。向こうが話したくなったら話せばいいんだ。
今晩はエルシアと夕食を取り、回復術も使わずに普通に楽しく過ごした。彼女がはりきって作ったみたいで、僕の食べる様子をつぶさに観察してて微笑ましかった。
「どう、ピッケル? あたいの作ったお料理、美味しい……⁉」
「うん、凄く美味しかったよ。エルシアは料理上手だ」
「ほんとぉ? やったあっ!」
エルシアは自分が食べるのも忘れてはしゃいでる。その後は一緒に食事してお風呂に入り床に就いた。
そうして、手を繋いだエルシアが先に寝息を立て、僕もウトウトし始めたそのときだった。
「ピッケル様……あなたとお話しても、いいのでしょうか……?」
例の声の主が、いつもよりもさらに遠慮気味に話しかけてきたんだ。
「うん。君が話したいって言うなら……」
「……ありがとう」
「君は誰なんだ……?」
「……私の名前は、レビテ・ドルーデン。侯爵令嬢です」
「侯爵令嬢だったのか。そういや、侯爵の令嬢も早逝したって言ってたから、君がその娘さんなんだね」
「……はい。残念ながら、14歳のときに病で亡くなってしまいました」
「無念だったろうね」
「……はい。やりたいことも何もできずに、消えるのはとても無念でした」
「どんな未練があったのか、具体的に僕に話してくれる?」
「……」
僕の言葉を聞いて、彼女は考え込んでる様子だった。きっと、ここまで普通に会話に応じてくれる人は僕が初めてで、それで少し驚いてるっていうのもあるんじゃないかな。
「レビテだっけ? ゆっくりでいいよ」
「……ありがとう」
レビテの声は少し湿っているようだった。思い残したことについて、彼女なりに何か思うところがあったのかもしれない。
「……お父様の意思を受け継いで、跡継ぎになりたいっていう思いはありました。マリベルとも、もっと仲良くなれるっていう気持ちもあって……。でも、もっと残念なのは、冒険者になるという夢を叶えられなかったことです」
「冒険者に……?」
「そうです。病で屋敷に引きこもりがちだった私にとって、外の世界、それも冒険者の見る世界は憧れだったんです」
「なるほど……それで、何を?」
「剣士です」
「剣士か。意外だ」
「ふふっ、よく言われます……。でも、こう見えて、幼少の頃は天才だなんて褒められてたんですよ……? かつて剣聖として名を馳せたお父様から、このまま順調に成長すれば5本の指に入るだろうと褒められたこともあります。井の中の蛙かもしれませんけれど」
「な、なるほど……」
レビテは父から剣士としての遺伝を色濃く受け継いでる可能性もあるね。
「あの、ピッケル様……もっと私の話、聞いてくださりますか……?」
「うん、もちろん」
「よかった……」
話しているうち、彼女の言葉に熱がこもってきた気がする。なるほど、この情熱があるからこそ、ここまで成仏せずに屋敷に残ってたんだね。天才なんて言われてたなら猶更、その腕を冒険者として試したかっただろうに。
「そうだ。君を回復しよう」
「え……?」
「僕は時間を操る回復術師でね。師匠からは、あまりそのことを周囲にひけらかさないようにって注意されたからあんまり言わないけど、普通の回復術とは少し違うかもしれない」
「……少しというか、かなり違うと思うのですけれど……」
「そ、そうかな? 自分が特別だと思ったら絶対にダメだよって師匠に口を酸っぱく言われてたからね」
「その方は、ピッケル様をとても大事に思っていたのでしょうね。もしその能力を広く知られたら、引っ張りだこになっちゃいますし、成長する前に驕ってしまうかもしれませんから……」
「なるほど……。その発想はなかった。なんだか師匠と会いたくなってきたな。彼女はフラフラと旅に出てしまってるけど」
「そうなんですねぇ」
「あ、そうだ。僕の回復術を使おう。レビテ。普通の幽霊なら難しいと思うけど、君の場合はちょっと違うんだよね。その情熱があれば、時間を戻す対象として成立するかもしれない」
「……でも、人を幽霊の状態から蘇らせるなんて……本当に大丈夫なのでしょうか? 何か、大きな代償がありませんか……?」
「うーん……どうだろ? エネルギーは沢山消耗するとは思うけど、多分大丈夫だよ」
僕はレビテの残留思念に対して、時間を戻す回復術を行使した。意識を何度も失いそうになるけど我慢する。さあ、どうなるか……。
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