第15話 盗賊とトカゲ(相手side)


 回復術師ピッケルを仲間にした【狼の魂】パーティーが、古代地下迷宮へと足を踏み入れた頃。


 時と場所をほぼ同じくして、新人の回復術師カインを加えた【超越者たち】が、同じダンジョンへと到着したところだった。


 彼らはダンジョンの内部へと足を踏み入れて早々に、その異常な光景に一様に困惑することになる。


「――はぁ、はぁ……な、なあ、リシャ、ネルム、クラフト、カイン……やたらとモンスターが多くねえか……?」


「……ふぅ、ふぅ……そ、そうね、ディラン。どういうことかしら……?」


「わけわかめなの……どういうことなの、クラフト……?」


「……くぅぅ……じ、自分に話しかけないでください、ネルム。い、今はモッ……モンスターの圧力に耐えているときなのですから。フッ……ぐぉぉっ……カイン、何をやっているのですか⁉ サボらずに早く回復するのです! ガッデムムゥッ……!」


「ぜぇ、ぜぇ……い、いや、サボってねえし、おいらちゃんとやってるって、クラフトの旦那……」


 それからかなりの時間を費やし、ようやくモンスターを殲滅した【超越者たち】パーティー。


 充血した目を吊り上げたリーダー、ディランはカインを凄い形相で睨みつけた。


「カイン……お前な、どう見てもサボってただろ。こんな大変なときに、ふざけんな。そもそも、タンク役のクラフトがこんなに苦しんでるのは初めて見るのによ⁉」


「い……いあいあ、リーダー。ちゃんと聞いてくれよ。おいら、本当に全身全霊で回復してんだけどよぉぉ……」


「「「「……」」」」


 疲弊した様子で語るカインに対し、ディランを始めとして困惑した顔を見合わせる。


「き、きっとあれよ、ディラン」


「あれってなんだよ、リシャ?」


「……なんていうか、カインはちょっと調子が悪かっただけよ。それに、まだこのパーティーに慣れてないのもあるかもだし、あのへぼの回復術師ピッケルよりはマシでしょ」


「リシャの言う通りだと思うの……」


 魔術師リシャのカイン擁護に乗っかったのは、同性の盗賊リシャだった。


「カインは疲れるほど頑張ってる……。ピッケルの回復術……ただ個性的なだけで、並み以下だと思うの……」


「そ、そうなのか、カイン?」


「……そ、そんな感じかな!」


 カインの応答にパーティーは安堵した様子だったが、当人は内心穏やかではなかった。


(やべえ。嘘ついちまった……。おいらの前任者のピッケルって、もしかして不当な扱い方されてねえっすか? つーかここってめっちゃつええパーティーだと思ってたのに、回復術師一人に責任擦り付けるって、結構なブラックパーティーじゃ……?)


 様々な疑念が浮かぶカインだったが、それでも逃げ出すわけにもいかず、嫌な予感を抱きつつもパーティーについていくのだった。


 だが、その予感は的中していた。


 彼らはもうすぐ痛い目を見ることになる。


 溢れ返るモンスターとの交戦中、その異常な湧きに対処しようと、魔術師リシャが氷の大魔法を唱えたときだった。


 が彼らを襲うことになる。


「ひぎっ……⁉」


「「「「ネルム……⁉」」」」


 大量のモンスターを凍らせたのはよかったものの、逃げようとした際にネルムの右手が挟まってしまったのだ。


「ぬ、抜けないの……」


「クッソ、このままじゃ氷が解けてネルムがモンスターに呑みこまれちまう! 仕方ねえ!」


「え、ディラン、何する、の……」


「目え閉じてろ、ネルムッ!」


「ぎぎぎっ⁉」


 ディランがネルムの右手を剣で切断する。そのことは、彼らがこの古代地下迷宮から退却することを選択した瞬間でもあった。


 そんな【超越者たち】パーティーがダンジョンから脱出したのち、全員の視線が回復術師カインに注がれるのは極めて自然な流れだった。


「はぁ、はぁ……カイン、早くネルムを治してくれ。前任者のヘボ回復術師にでもできたんだから、いけるだろ?」


「そうそう。あいつでもできたんだから、できるわよね?」


「頼みますよ、カイン」


「りょ、了解っす」


 全員の圧に押される形で、カインが回復術を発動させる。すると、見る見るネルムの右手の血が止まり、傷口は塞がっていった。


「……ふう。これで血も止まったし、傷口も塞がって痛みも治まったかと。トラウマと幻肢痛にはしばらく苦しむかもっすが、こんなもんでいいっすかね」


「「「「へ……?」」」」


「ん、どうしたっすか? みんなそんな意外そうな顔しちゃって」


「い、いや、待てよカイン。切断も治してやってくれ」


「そうよ、ここで治療完了とか、性質の悪い冗談だわ」


「同感です。利き手が完全に癒えねば、盗賊としては致命的ですからねえ」


「い、いや、何もないところから切断を治すって、回復術じゃ無理だって!」


「「「え……?」」」


「それを治すなら、失ったのほうの右手がないとダメだって普通に考えてわかんねえっすか? トカゲじゃあるまいし……」


「い、いや、待てよ。前任者の回復術師は治してたぞ⁉」


「そうよ! クラフトの右手がモンスターに噛み千切られたとき、ピッケルは治してたわよ! 実際にこの目で見てるんだから! ねえ、クラフト⁉」


「……はい、ディラン、リシャ、その通りです。あの痛みは思い出したくもないですが、右腕がない状況でもピッケルは回復したのですから、カイン、あなたにも当然できるはずです」


「……わ、私の、右手、早く治してほしいの……ひっく……ぐすっ……」


「……」


 カインは呆れて言葉も出なかったが、その分内心では饒舌になっていた。


(こ、こいつら、いくらなんでも回復術に対する知識がなさすぎる……。それにしても、前任者のピッケルってやつは一体何者なんすかねえ? 切断まで元の状態に回復するなんて、考えられねえ。もしそれが事実なら、彼こそがこのパーティーを支えていたんじゃ……?)

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