第8話 完全に無防備だね


「ピッケル、あたいの見てっ!」


「お、おぉっ……」


 下着が見えそうになるくらいエルシアのスカートが捲られる。彼女自身が起こした風の魔法によって。


 初期魔法だけど、覚えるには1年以上かかるっていわれる風の刃ウィンドカッターで見事に芝を刈っていた。


 さすがエルフ。覚えが早い。


 もちろん、それだけじゃ全部は刈れないので、鎌で残りの芝を刈るという手筈だ。それでも、全部鎌でやるよりは労力をずっと省ける。


「頑張ったね、エルシア。偉い」


「う、うん……あたい、ピッケルのために頑張った!」


 僕がエルシアの頭を撫でてやると、彼女は目を輝かせて喜んだ。


 ……さて、次はどうしようか?


 拠点の豪邸も管理人のメイドもゲットして、あとはもう、冒険者として活動を始めるだけになった。


 ただ、さすがに一人だけでやるつもりはない。


 人の噂もずっと続くわけじゃないし、ほとぼりが冷めた頃に冒険者ギルドで仲間を募集しようかとも思ったけど、そこまで大人しく待つのもなんだしなあ。


 ……そうだ。エルシアが芝を刈るなら、僕はモンスターを狩ればいいんだ。


 回復術師が一人でモンスターを狩るのは珍しいし、僕自身も試したことがない。


 でも、これは大いなる挑戦だ。もしそれが成功した場合、そのうちどこかのパーティーにスカウトされるかもしれない。


「それじゃ、エルシア、行ってくるよ」


「行ってらっしゃい、ピッケル!」


 僕はエルシアと別れて、まずは近くの草原へと向かった。ギルドで依頼を受けようかとも思ったけど、お金には困ってないからね。


 その草原は湖が近くにある草原で、スライムが定期的に湧くんだ。湖から這い出てきたスライムは草原の草を栄養にしてどんどん分裂して増えていく。放置すると湖の汚染にも繋がるので定期的に討伐依頼が来るってわけ。


「……」


 都から出てしばらく歩くと、例の草原に辿り着いた。その向こう側に湖畔が見える。


 僕は程よい緊張感に包まれていた。今までやったことはなかったけど、一人で狩れるかどうか試せる良い機会だ。


 ちなみに、スライムは決して弱いモンスターじゃない。むしろ強いほうだ。見晴らしがよくて戦いやすい場所だから最初にここを選んだってだけで。


 スライムの攻撃面から言うと、体当たりは強烈だし、まともに食らえば大柄な男でも吹っ飛ぶくらいだ。


 酸攻撃も強烈で、倒れた冒険者の顔に覆い被さって酸を出し、失明させるなんて話も聞く。


 防御面だと結構すばしっこい上、自分からは攻撃してこないカウンタータイプだ。柔らかくてダメージを吸収しやすく、コアに的確にヒットさせないと倒せない。


 なので、練習相手にはうってつけといえる。


 そういうわけで、僕は杖じゃなくて剣を両手で握ってスライムと戦うことにする。


 お、早速青い液体の塊――スライムを一匹見かけたと思ったら、向こうも気づいたみたいで身構えてる。さあ、いよいよ交戦開始だ。


 とはいえ、普段ろくに運動しない回復術師の身体能力では、到底スライムには敵わない。まともに戦えば死あるのみだ。じゃあどうするか? 答えはもう決まってる。


「それっ……!」


 僕は攻撃を仕掛けるタイミングで、を使った。


「ピャッ……⁉」


 すると、スライムは僕の攻撃を回避できずにあっさり食らい、びっくりした様子で後退した。


 さすがに一発目ではコアを斬れなかったか。中々難しい。


 もしこの場面を目撃した人がいるなら、素早いスライムが、明らかに動きの遅い僕の攻撃を避けられなかったのが不思議に思うはずだ。


 それはなんでかっていうと、別に時間をゆっくりにしたわけじゃない。あれは負担がでかすぎるから練習にならないしね。


 結論から言うと、自分が攻撃するタイミングで、その時間を遅延ディレイさせたんだ。


 つまり、相手はまだ僕が攻撃してないように見えて、避ける必要もないと思ったってわけだ。


 同じように、僕は攻撃するとともに時間を遅延させる回復術を使い、無防備なスライムに斬りかかる。


「――プギャッ⁉」


 すると、今度はコアを真っ二つにしてやっつけることができた。よしよし、いい感じだ。


 スライムに関してはもう、ほぼほぼ一発で倒せるようになったので、僕は草原からほど近い場所にある森へ向かい、次の練習相手となるゴブリンを探す。


 ゴブリンはスライムと違い、人間の姿を見れば守りに入らずに襲い掛かってくるはずだ。それが僕一人なら猶更。


「グギギ……」


 不快な声がしたと思ったら、早速ゴブリンが躍り出てきた。僕を見るなり、醜悪な顔に笑みを浮かべて飛び掛かってくる。


 そのタイミングを狙って、僕は時間遅延の回復術を使い、ゴブリンの死角へ回り込む。もちろん、時間を遅らせているのでこの動作は相手には見えていない。まだその場に突っ立っているだけに見えるはずだ。


「グゲッ……⁉」


 ゴブリンが無防備な僕を攻撃したと思ったときには、その首が地面を転がっていた。


 ふう。最初はどうかと思ったけど、戦闘にも大分慣れてきたみたいだ……って、今どこからかを感じたような。ゴブリンかと思ったけど、全然出てこない。気のせいかな……?

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