X章ep.06『神聖区域』
ここからが正念場だ。美愛羽は真の力を解放した。あの太陽を模した剣、そして月を模った盾、あれらは今までと違って壬晴の武装では攻略どころか対処出来るものではないだろう。
「あれは……あの時の。姉御、マジでやるつもりか?」
「ミアハさん、冗談抜きで本気なんだ……」
悠斗と杏が驚懼に息を呑む。
過去、二人が『黙示録の獣・レッドドラゴン』と対峙する事態に至った時、戦闘に介入した美愛羽が出した武装である。あれを目の当たりにしたのは一度のみ。美愛羽が好敵手と認めた者にしか見せることのない奥の手。それをいま此処に顕現してみせたことが持つ意味とは––––。
「ミアハ……キミって人は」
蓮太郎もその存在を知っているだけに、彼女の胸の内を理解出来た。あれは彼女にとって敬意の象徴、最強に挑む者に対する最大の賛辞。美愛羽はいまこの時をもって壬晴を認めたのだ。
壬晴も美愛羽のその気持ちに応えたいと全力を振り絞る。
たとえ、この戦いが圧倒的に不利であろうと壬晴は最後まで抗うだろう。泥臭くとも活路を必ず見出してみせる。この戦いの勝利を勝ち取るために。
「––––––––」
猛然と疾駆する壬晴。制限全解除によるスピードに合わさり『流転無窮』の護りが先んじて空気抵抗を受け止め、ストップストリーム現象を引き起こす。風を切る疾走は弾丸の如く。その速度を捉えるのは至難である。
壬晴は『
太陽剣は宙を自由自在に舞い、壬晴に追随する。まるで意思を持つ生物のように幾度も壬晴へ斬りかかるのだ。『封鎖領域』や『八咫鏡』では防御不可、壬晴は徹底して回避に専念する。
幸いなことに太陽剣の軌道は『重力舞踊』による操作の延長であり、美愛羽の手の動きで大抵把握出来るものだった。
「なかなかのスピードね。葵さんの神速には劣るけど」
絶えず全力疾走で息を荒くする壬晴に対し、美愛羽は余裕を崩さない。太陽剣だけでなくヘヴンズ・ドアの追撃も加わるため、壬晴は立ち止まることが許されなかった。
『流転無窮』その逆巻く颶風を刀身に纏わせ、勢いよく突き出すと烈風の突撃砲となる。隙を見て壬晴はその空気弾を撃ち込んでいたものの『
空気弾、勾玉手裏剣、すべてを試してみたが弾き返されるのみ。
「うぉおおおおお!!」
左手にエネルギーを密集。アブソーバ・エナジーブラストが美愛羽に迫る。中距離技が効かないのなら至近距離の一撃で仕留めるまで。高エネルギーの波動は美愛羽を護る防御障壁『月の夜想曲』と正面衝突の構図を描いた。
耳を聾する程の凄まじい轟音を奏でる。壬晴はエナジーブラストの放出を止めず、押し込む力を強めた。
「……っ!」
美愛羽が僅かに退がった。反動に耐え切れていない、その事実に美愛羽自身が衝撃を受けた。
『封印制度』の異能打消しが『月の夜想曲』の防御膜展開を中和し、加えて『重力舞踊』の加圧を上回る膂力をもって押し戻す。壬晴の左手は滅茶苦茶な重圧がかけられ悲鳴をあげていた。指は折れ曲がり、腕部の血管が千切れ血を噴かせる。それでも壬晴は出力を落とさなかった。
「そう……これが、あなたの本気。あなたの決意の表れなのね」
美愛羽が穏やかに微笑む。
「うぉおおお!!」
右手に構えた天羽を美愛羽へと繰り出す。
「だけど、私も簡単にやられるわけにはいかないのよね」
太陽剣の横薙ぎがすんでのところで壬晴を弾き飛ばす。地面を二転三転、痛みに喘ぎ間もなく、すぐさま体勢を立て直す。壬晴は神斬刀を体の合間に挟むことで直撃を避けたが、気付けばHPバーが半分を切っていた。これ以上のダメージを積み重ねてはならない。小百合が忠告した通り、美愛羽相手に持久戦では勝ち目がないのだ。
「……くっ」
呵責容赦なくヘヴンズ・ドアの銃撃が幾度も放たれる。砲弾じみたその弾丸は地を穿ち、土を巻き上げる。再び疾走、荒れ狂う銃撃の雨に耐え忍びながら、壬晴は太陽剣の斬撃にも対応しなければならなかった。
壬晴はジワジワと体力を削られていく。有効打が掴めない。『月の夜想曲』の防壁が突破出来ないこのままでは敗北は必至である。
「…………」
残された生命力も僅か。もう何度も『封鎖領域』は使えない。否、『太陽の聖譚曲』を前にしてそれは無意味。だが、他にも無力化出来るものがあるはずだ。どうすれば、美愛羽の武装を制限出来るか……壬晴は考える。そして、彼は最後の策に訴えかけることにした。
「ミアハを……こちらの領域に誘い込むしかないってことか。どれだけ保つかわからないが、もうこれしか残された策はない」
壬晴は美愛羽との距離を開ける。銃撃を掻い潜りながら、壬晴は『封印制度』にすべての力を込める。アブソーバに充填したエネルギーも枯渇を迎えた。これが本当の最後、命運を賭けた大技。
「
足元に浮上する透過色の幾何学模様がPVPエリア全域に広がりを見せる。『神聖区域』は壬晴と敵対者、二人を封鎖領域の内側に誘い込むもの。領域内に巻き込まれた次点で脱出は不可、壬晴による生命力の供給が途絶されない限り逃れられない。
この技は言ってしまえば『封鎖領域』の拡張に過ぎない。だが、このフィールドがある限り、相手が持つフレームの効果は抑制される。
「……背水の陣ね」
美愛羽は目を細めて呟いた。彼女が常時発動に切り替えていた『重力舞踊』の効力が領域の中和効果により遮断され『太陽の聖譚曲』と『月の夜想曲』が落ち、地に突き刺さる。
いままでのように無手の状態で使えなくなった。美愛羽は両側に佇立する二つの武装、それから己の手に残されたヘヴンズ・ドアを見遣った。重量の観点から扱える武装はひとつに限られるだろう。『大地の波動』による肉体強化もなくなった。幸いなことに『太陽の聖譚曲』と『月の夜想曲』はフレームによって出現した武器カテゴリ。『神聖区域』の影響を受けずにこの場にある。それでも領域により、付随効果は弱体化されることだろう。
どれか、ひとつだけだ。美愛羽が使えるのは……。
「…………」
美愛羽は目先の壬晴を見据えた。息も絶え絶えの状態で喰らいつく獣のように力強い眼光。その瞳にはまだ勝機を信じる想いが宿っていた。
「そうね、あなたはもう昔とは違う。なら、私が選ぶべきものは……」
美愛羽はヘヴンズ・ドアを手離し、その手に太陽剣を掴んだ。
神斬刀・天照と酷似した力を持つ破壊の最強武器。
「一之瀬壬晴……あなたが過去を乗り越え先を進むというのなら、それを私に証明してみせなさい」
振り翳した太陽剣の輝きが黄金に染まる。
「ああ……行くよ、ミアハ」
こうして両者はたったひとつの武器を手に対峙した。
そのすべてを手の中にある武装に賭け、小細工なしの戦いを演じる。
『神聖区域』の展開制限時間は六十秒。
この時間内に決着をつける。
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