X章ep.02『大切なものと恩返し』
季節は秋に移り変わる。十月の中旬、外は幾分か涼しくなった。
夢から覚めて壬晴は朝の爽気に包まれていた。心地良い眠りを過ごせたおかげで目覚めも悪くない。
彼は郵便受けのポストに投函されていた手紙の封をベランダで切る。宛名は『ゼロワン』、その筆跡は歪み、所々黒く滲んでいた。一文字書くだけでも苦労しているようだ。
手紙が送られる度、彼女らの肉体の衰弱と腐敗の進行が見て取れてしまうのが辛く感じてしまう。
『ひさしぶり、手紙なかなか送れなくてごめんね。体がうまく動かないの。先日、最後の妹を見送りました。ゼロツーは、最期に、孤児院での時間が楽しかったと言っていました。
わたしも後どれだけ生きれるかわからないけど、元気でいるから心配しないでね。手紙、後何回送れるかわかんないけど、来なくなったらわたしも、ダメになったと思ってください』
短い内容に伝えたいすべてを書き込んでいた。ゼロワン以外の姉妹は寿命が尽きて亡くなった。姉が最後まで残り、彼女らを見送ったとある。残されたゼロワンも、もう余命は限られているのだろう。
「……みんなは幸せだったのかな」
そんなことを呟きながら壬晴は読み終えた手紙を封に仕舞い、部屋に戻る。そのまま、部屋に設えたキャビネットを開け、中にある『宝箱』なる元はお菓子が入っていたアルミ缶を取り出した。
送られた手紙はいつも大事に取って置いてある。缶の蓋を開けると、そこには孤児院の子供達が集めた大量の四葉のクローバーと巫雨蘭から貰った赤い婚約リボンが納められ、またゼロワン達から送られたたくさんの手紙も同封されていた。全部、壬晴にとって大事なものだ。これを開ける度に思い出が蘇り、嬉しく思えるのだから。
「ゼロワン、残ったキミも元気でいてね」
手紙を宝箱に仕舞う。そして、いつものように蓋を閉めようとした壬晴だったが、そこにはいつもと違うものが入っていたことに気付く。
一枚の結晶板……刻印が刻まれていないフレームが紛れ込んでいた。手紙を重ねたいちばん下の方に、その姿を覗かせている。
「(確か下の方は昔、エドさんから貰った何も描かれていないタロットカードがあったはず……それがない代わりに、フレームが入っている。これは、いったい……?)」
不思議に思いながらも壬晴はそのフレーム。仮名称ブランクフレームを手に取ると、隅々まで仔細に見回し、それから衣服のポケットに仕舞い込んだ。
「(まぁ、よくわからないけど持っておこう。ゲーム世界に行けばまた判明するだろうし……)」
そう納得して壬晴はキャビネットに残りの宝箱を大切に仕舞い、今日という一日を始めた。
◇
休日の過ごし方は決まっている。巫雨蘭に会いに行き、二人でサブスクの映画を見たり、趣味の園芸を手伝ったり、ご飯を一緒に作って食べたりする。彼女に会うと出迎えに抱き締め、お互いの存在を確かめ合う。触れ合うのは大切なことだと、巫雨蘭はいつも言うのだ。
「ちゃんと生きてるって確かめたいから」
その後は孤児院の様子を見に行く。ゼロワン達がいなくなってから子供達もさみしく感じているようだ。明日香もひとりだと大変なので、壬晴が手伝いに行く頻度は増えている。だが、それは苦労ではない。
子供は好きだし、亡くなった弟達の分まで大切にしたいと気持ちがある。だから、子供達に会える時間は壬晴にとって安らぎに近いものだった。
「また来てね。ミハルにいちゃん」
ゲーム世界での時間も、もう辛いだけのものではなかった。今は美愛羽達のような頼れる仲間がいる。
明日香もあれから強いフレームを手に入れたりと更に戦力を伸ばしていっている。もう、ひとりでも心配ないくらいに彼女は強くなったのだ。最近では人助けに奔走し、ヴィジランテでの活動に重点を置いているようだ。その理由のひとつに、葵のことを慕う気持ちもあるらしい。明日香は楽しそうに彼女のことをよく話してくれる。
「ミハルは苦手って言うけどね。葵さんはいい人だよ。もっと仲良くなりなよ」
そして、壬晴が目指す1000ポイントの達成は思わぬ終わり方をする。
いつものように、マリスに襲われる人々の救出と、依頼任務の掃討。それにより地道なポイント稼ぎを巫雨蘭と共にこなしていると、二人のもとに東雲悠斗と旺李杏の両者が訪れ、あろうことかポイントの譲渡を行うと言ってきたのだ。
「……え、どういうこと? ポイントを僕らに譲る?」
「ああ、そうだよ。こいつと二人で話し合って決めたんだ。お前らのことを応援してやろうってな」
「まぁまぁ、遠慮せず受け取りなよ。大した額じゃないんだしさ。気持ち程度の応援だよ」
ゲーム世界の廃れたコーヒーショップにて、休憩地として選んだ此処で壬晴と巫雨蘭は両者から端末を差し出されている。端末の画面には指定額の入力キーとその相手が記載されており、それぞれが壬晴と巫雨蘭となっている。
「受け取っていいの? あなた達も願いがあるんじゃ……」
「ウチの願いはお店の繁盛だけど、そんなのは努力と工夫でどうにかなるしね。二人の願いの方を応援したくなったんだよ。大事な友達の夢を応援するのも悪くないかな、ってね」
そう言って杏は迷いなく巫雨蘭に足りない分のポイントを譲り渡す。これでポイントは1000ちょうどとなる。目的の達成だ。巫雨蘭は感涙のあまり杏に抱き着いて、何度も「ありがとう」と彼女に言った。杏はそんな巫雨蘭に最初は驚いていたものの、笑って受け入れていた。
「ホラよ、ミハル。俺のも受け取れ。これでちょうどだろ」
「ユウト……何て礼を言えば」
「いらねぇよ、そんなの。友達にそんな堅苦しいもん必要ねー。お前が喜ぶ顔が見れたならそれでいいよ。俺はこれで満足してるし、悔いはねぇ」
悠斗は端末を操作して壬晴にポイントを渡す。これにて壬晴も1000ポイントを達成。端末のホーム画面上に、追加アプリが勝手に現れるとダウンロードを完了させる。その名は『女神の謁見』。アプリのマークは女神が両翼を広げた神聖なものとなっている。
巫雨蘭と共に『女神の謁見』なる最終クエストが解放された瞬間だった。
「これが最終クエストの……女神の謁見……集めたポイントを捧げることで扉が開くという」
壬晴は巫雨蘭と顔を見合わせた後、悠斗と杏に向ける。
「すぐに行くのか?」
悠斗のその問いかけに壬晴は首を振る。
「その前に、お世話になったあの人と話がしたい。今までのお礼も伝えたいから」
壬晴がそのことを言うと、二人は頷いて応える。
「そうだな。あの人には世話になったもんな。ちゃんと気持ち伝えてやらねぇとよ」
「ウチらもあの人には感謝しかないからねぇ。ピンチを助けてもらったから。その気持ち、すっごいわかるよ」
そう、最後かもしれないのだ。だからこそ、あの人には感謝の気持ちを告げてから向かいたいと思う。
この世界を生きていく力をくれた美愛羽には、感謝してもしきれない恩があるのだから。
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