第30話

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「なぁ、クロウ。実を言えば、俺はお前の復讐自体にはそこまで否定的じゃないんだ」

「……なに?」

「あのシロウさんに楯突くってのは、それこそ魔王と戦うのと同じくらい大変なことだと思う。迷惑とか感情とか抜きで考えた時、俺には絶対に出来ないことをしてるって点で尊敬を抱けたりもするのさ」



 隣に置いておいた水のボトルを一口。透明で冷たい感触が、喉の中を通っていく。



「ただ、やり方が気に食わない。お前のやり方は、俺が最も嫌いな代物だ」

「う、うるさい」

「いきなりやって来て、最初から男らしくタイマンを仕掛けていればここまで拗れなかったと思うんだ。結局、お前は勇者パーティにいた時から何も変わってない。クビになったのと同じ理由で、今度は彼女たちを傷付けているんだ。分かるか? お前自身が、せっかく地獄から救った彼女たちを傷つけてるんだぞ?」

「黙れ」

「大人になれよ、クロウ。俺と話せるんだから、シロウさんとだって話し合えるハズだ」

「黙れってんだよ!!」



 奴の払った手がボトルにあたり、中身を撒き散らしながら川へ落ちた。



「お前に何が分かるんだよ!! クビになったとき、俺がどれだけ辛かったと思ってんだよ!! 俺は……っ。俺は! あのクソほど優しいシロウにすら嫌われて追放されてしまったんだぞ!? その劣等感がお前に分かるかってんだよ!!」



 ……ようやく、素直になりやがった。



「最強には最強なりの自信があるんだ! そうやって生きてきたってプライドがあるんだ! 俺が俺の力を一番上手く使えるハズなんだ!! それなのに、いつだってあいつの言ったことが正しかった! 俺が持って産まれたモノを! どうして俺じゃない人間が俺より上手く扱えてしまうんだよ!! そんなの! 悔しくないワケがないだろ!?」



 人目もはばからず、クロウは吠える。



「あいつのやってる事が正しいと自覚するたびに、俺は最強から遠ざかっていく気がした! 気が狂いそうな気分だったさ! でも、最強じゃなくなってしまえば俺に価値なんてない! 最強だからみんな俺を望んでくれた! アカネも、ヒナも、セシリアも! 俺が強くなければ決して出会うことなんて出来なかったんだ!!」



 必死の形相には、俺には決して理解出来ないであろう苦悩が滲んでいる。



「なのに、シロウの言うことを聞けだって!? 弱くなっていく自分を認めろだって!? そんなの、俺が俺を許せなくなる! 無価値な人間になるなんて耐えられるワケがない!! だから、俺はシロウの言うことを聞くワケにはいかない!! 俺が最強であるためには!! あいつが間違っているって俺自身が思えなきゃダメなんだよ!!」



 ……考えてみれば、認めてくれないというのは変な話だった。



 クロウは、シロウさんに頭を撫でてもらっていた。既に頑張りを褒めてもらって、認めてもらえていて、だからこいつは勇者パーティに参加したのだ。本来であれば、シロウさんの仲間になった時点で、俺と同じようにクロウの願いも叶えられていたハズなのだ。



「俺は最強なんだ!! それだけが、俺のすべてなんだッッ!!」



 にも関わらず、クロウはシロウさんに認めてもらいたかった。つまり、こいつが認めて欲しかったのは強さではなく弱さだった。きっと、『最強じゃなくたって必要だ』って、それだけを言って欲しかったのだ。



 平凡な俺と自分を比べて、平凡な俺が認められる様を見て、そんな葛藤に精神を病んでしまったのだ。



 ……なら、俺も素直になるよ。



「そうやって自分を特別だと思い込んで、結果何が残った? 生まれ持った才能か? 自分を慕ってくれる女か? それらが、お前の心を埋めてくれないから苦しいんじゃないのか?」

「キータァァァァッッ!!」



 胸ぐらを掴まれたが、もう少しだって怖くない。けれど、俺は決してイカれてしまったワケではない。



 シロウさんとは別のやり方を認め、本当の意味で俺にしか出来ないことを探した今の俺だからこそ、圧倒的な強さを前にしてもまともな神経を保っていられる。考えが違っていたって、目的を違えなければ仲間でいられるのだと気が付いて、この不公平な世界に折り合いを付けられた。



 は、勇者パーティなのだ。



「クロウ。お前のことは、俺たちが守ってやる」

「なんだと!?」

「お前は人間だ、この世界に住む人間なんだ。どれだけムカつこうが、どれだけ嫌おうが、それでもこの世界の一部だ。つまり、俺たちが救うべき存在なんだよ」



 シロウさん。あなたの言葉、確かに伝えましたよ。



「それ以上言うなァッ!!」

「いいや、最後まで言わせてもらう。もう、俺たちの旅に迷惑かけるのはやめろ。それを続けることは、お前のためにも彼女たちのためにもならない。それに、最強だからって逃げちゃいけない理由はどこにもないんだ」

「逃げる……だと?」

「そうだ、今は苦しいことから逃げろ。一回逃げて、すべて振り切って、社会なんてモノから身を隠せ。そこで、それでも目の前にあるモノを大切にすればいい。そうすれば、みたいな半端者でも目的を目指すことが出来るようになるんだよ」



 クロウは、胸ぐらをゆっくりと離して一筋の涙を流した。何が起きたのか分からない、そんな表情で俺を見ている。



「え、偉そうなこと言うんじゃないぞ」

「言わせてもらうさ。俺は、そうやってシロウさんと出会ったんだから」



 何もかもから逃げた先に、あの人がいた。そんな偶然だけが、俺の唯一の誇りなのだ。



「……運がよかっただけの凡夫が、この俺に説教か」

「運がよかっただけの凡夫じゃなきゃ、世界最強に説教なんて出来ないだろ」



 涙は、やがて頬を伝い、クロウはようやく自分の感情が溢れたことを知った。



「でも、逃げてしまったら俺は――」

「シロウさんが勇者じゃなくなった時、本気で復讐をしに行けばいい」



 ……あぁ。俺は、なんてことを言うんだろうか。



「シロウさんに勝てるなら、お前は問答無用で最強だろうさ」



 でも、それが俺の本心だ。



 シロウさんは負けない。シロウさんは、絶対に負けるハズがない。俺の憧れは、俺の生きる理由は、決して最強程度に負けたりしない。そう信じているから、俺は魔王を殺すだなんてメチャクチャな旅に身を投じている。



 人と悪魔の長い因縁に決着をつける、その当事者になろうとしていられるのだ。



「……お前、本気で言ってるのか?」

「あぁ、本気だ。そもそも、お前自身はどうなんだ? 心の何処かで、絶対に勝てないと思い込んでいるんじゃないのか?」

「何を言う、この俺が負けるワケないだろ。最強なんだから」

「だったら、正々堂々、一対一の戦いで勝利をもぎ取ってみろよ。そういう小細工のいらない生き方を選べることが、最強であることの一番の利点だろ」



 そして、俺は歩き出した。



「殺しても、文句言うなよ」

「バカ、言いまくるに決まってるだろ。その時は、俺がお前に復讐する」

「……ははっ」



 川に流れたボトルが、もうあんなに遠くまで流れていってしまっている。勇者パーティのメンバーがポイ捨てだなんて、そんなダサいこと出来るワケがない。



 俺は、左目を開いてボトルの行く末を見ると、先回りするように橋を渡った。

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