第4話 我、異世界の畑を耕す
☆《ジョニー【仮名】の称号》
・日本人(職:農業)
New・《先導者チーター》(タネ:野菜)
☆《所持品》
・茶色の手提げ袋
・財布(13800円)
・ガラケー(圏外)
・野菜のタネ各種(夏野菜)
New ・旧式イクビョウバコ
現在→・空き地
◆◆◆◆
我が記憶を失ってどれくらい眠っていたのか分からないが、忙しない一夜が明ける。
現時点で記憶を取り戻せる見込みはないし、そのような兆候も起こることはないだろう
《常盤木亭》という食堂の店主ミツハが言うには、メニューに野菜を追加する仮契約を結んでやってもいいよという次第で決着がついた。
空き地があるかと問うと、《野菜の作りに全力を尽くせよ》との仰せで裏口から繋がる外へと移動する。現在、見るに堪えない空き地を目の辺りにしている。
管理していないとかそのような問題ではない。手の入っていない空き地の惨状は酷いものだった。草という草が生えており、カヤツリクサやその他の生命力の強い雑草の恰好の餌場となっている。
ところどころに切り株が生えているのが厄介だ
『数年前に二号店を作ろうと思って隣の空き地を買ったんだけど、人手不足で放置してるんですよ、ご自由にどうぞ使ってください』
と本人は言っているが、雑草がすでに1mを超えているこの土地は、終わっている。雑草は、大手であるインキ草やカヤツリグサが大半を占めている。
チラホラと見え隠れしている切り株ももどうにかしないといけない。
本来はの空き地の対処法として、除草剤を散布したり草刈りで雑草を一掃し、耕運機、トラクターで耕地に代えていくが農家の正統法なのだ。しかし、異世界には除草剤はともかく草刈り機以降の科学的な文明はこの異世界では聞いた話はない。
「鎌や鍬、それと軍手、だな」
ミツハさんから聞いた〚イーゲル園芸〛という小さな園芸屋さんがあるという情報を頼りに初めて都市イーゲルを散策することとなる。
(さっき町の名前を聞いたので地図を貰ってはブラブラと歩いている)
◆◆◆◆
商業都市イーゲルは一番街から三番街まで円状に構成されている。
ミツハさんからの聞き伝によると、
一番街は、お家が裕福な貴族が豪邸を連ねて優雅に過ごしている。
いわゆる日本でいう財閥である。犬の散歩をする貴婦人が日傘をさして歩いている光景が高頻度で見られるらしい。まあ一般庶民は一番街とは程遠いな。
二番街は、商業を生業としている商いの街である。ここに来ればこの世のものなら一通り揃うとさえ言われている。食べ物から馬車まで何でも店頭に並んでいる。ここに雑貨屋や園芸屋が並んでいると聞いたがどうなのだろうか?
三番街は、■■でいうアパート団地だ。異世界風にアレンジした松竹梅のレンガ屋根の住居が集合住宅となって群を成している。
これらは、ここに二番街に住居と店を構えて、云数年のミツハからの聞き伝の情報なので、信憑性があるのは確かだ。街は歩いて散策するべしと、言う言葉があるのを忘却する記憶の中で思い出したことだった
◆◆◆◆
二番街のメインストリートを歩けば、様々なものが売っている店が立ち並んでいた。
お菓子屋、武器屋、肉屋に魚屋、園芸屋。しかし、野菜文化がないので八百屋はなかった。
近くの園芸屋に入ると、女らしきの獣人族が店番をしていた。頭には猫耳が生えている。
「いらっしゃいませアルヨ。私はこの女店主ツー・シンユェアルヨ」
威勢よく声を掛けてきたのは、獣人族の女店主だった。この後、我は女店主と長い付き合になるとは思いもしなかった。店内をぐるりと回れば、お高い農具が多種多様で並んでいる。
どれも銀貨3枚以上はする値段が張るものばかりだ。
「何かお探しでアルカ?」
「鎌と鍬、軍手を探しているのですが…」
迷っていると店員が声をかけてくれていので、返事を返す。
「なら、こちらのカマとクワはどうアルカ? セットでお買い上げになられる方が多いんでアル。なんといっても風属性が付与されたカマでどんな草も難なく刈れるアルヨ。なんといっても土属性のクワは、切り株を粉砕する効果が付与されてい逸品アルヨ。どうっアルか?」
「それ、お高いんですよね」
「本当は金貨8枚もするのアルヨ。今なら割引セールやってるんで金貨5枚で買えるアルヨ」
とんでもなく高かった。
ミツハから渡されたのは銅貨10枚であり、銅貨しか持っていない我には金貨とはぐうの音も出ないほど高い代物だった。そもそも金貨10枚って一種のぼったくり金額ではないのだろうかと思ったが、心の声を押し殺した。
我は、旧モデルはないか、尋ねることにした。
「旧式でもいいの、ありませんか?」
「残念ながら旧式の農具セットは、ちょっと前はあったのですが、在庫処分という形で置いてないんですアルヨー」
こうして我は、銅貨2枚で2 copper coins for a soldierを購入したのだった。散策がてらに雑貨屋を数件ほど回ったがどれもお高い代物でとてもじやないが簡単に手が出せなかった。
「できる範囲のことでもやっとくしかないかなぁ」
人がまばらなメインストリートを引き返す。とりあえず軍手を買ったことだし、帰宅することにした。ともあれ銅貨3枚じゃ何も買えないしね。
街道の外れには、なんとか大陸で《お花》の先導者チータータナカさんが現実世界から輸入してきた花の数々が花壇から道端まで咲き誇っている。タナカさんが築いた文明すげー。
◆◆◆◆
お家(【仮】)に帰ると、お店のカウンターで水を飲んでいるミツハさんに声をかける。
喉が渇いているのかこれでもかというくらい一杯、そして二杯、という次第に水をがぶ飲みしている。厨房で料理していると喉が渇きそうだ。
「いやー、園芸屋にさっき出向いてきたのですが、どれも値段が張りますねー」
「ですよね。最近の市場はおかしいのですよ。良いものでもないのにぼったくり価格で売りつけようとする商人がのさばっていますからね。あ、ジョニーも水いる?」
ミツハさんは、グイっとコップの水を一気に飲み干して、俺の隣の席に腰掛ける。返事を待たずに黒エプロンを掛けたミツハさんは蛇口から水を注いでこちらに渡してくる。
受け取って水をすすって飲む。異世界の水は美味しいな。水道水より旨いな。
「ぼったくりねぇ……。じゃあ、この軍手も銅貨6枚で買えたのですが、これも?」
「はぁ、これどうみても銅貨1枚で買えますよ。はっきり言いますが、これもぼったくりですね」
「はぁ、やはりそうでしたか」
ミツハさんは裏口を指さして、「どう? 進んでる? ヤサイ計画」との問いに「いや全然」と切り返す。
時計の針が12時を示し、二、三名の集団客が店のドアをチリーンと鳴らして入店してきた。
ミツハさんはこんなことしている場合ではない。そそくさに注文を取りに行く。
振り返って「頑張ってね」とひっそりと声をかけてお見送り。
再び裏口から通じる空き地を見て力を落とす。絶望的に荒れた畑を前に失せる気力。
草を撤去することは、畑の確保と同等だ。仕方なく軍手を装着して、カヤツリグサの群れを引き抜き始める。
「思ったより根が深いな」
こんなとき除草剤があれば、カヤツリどもを一掃出来るのだが。せめて耕運機があればこんな草どもを一網打尽に耕地に出来るのだがな、夢はいつだって儚いものだ。
◆◆◆◆
草取りを始めて2時間が経過した。一向に終わりの見えない閑散とした草取り作業。
軍手をはめた手で草を引き抜くそれはまさに地獄とも呼べる草むしり。
鎌があれば一瞬で一網打尽に刈れるのだけれども。
厄介なのはインキ草とも呼ばれる《ヨウシュヤマゴボウ》だ。巷では染料の元となる雑草だ。
ソレは、茎が太く、根もしっかりしているため引き抜くのはまず不可能だ。刈ったとしても根が地中深く息づいている以上、何度もしつこく生えてくる。
除草剤があれば退治できるが、そのようなものは園芸屋には置いてなかった。
園芸屋の小話では、
『お花を植える畑は、常に綺麗にするか、ギルド屋≪酔いどれホライゾン》というところで《依頼》して綺麗にしてもらうかだ』
「ご飯ですよー! ってあんまり進んでないのですね。休店日には私も手伝いますからぁ」
「あ、ああ、ここ荒れてますからねぇ」
何の進歩も無いうちにミツハさんの呼ぶ声で我に返る。何もせずに一日が終る。成果と言ったら多少草を引き抜いたということだけ。切り株や1m以上の草の処理は軍手だけでは無理があった。
まぁいいや、明日は育苗箱にタネを蒔こう。野菜作りは種まきの時期を逃してはならないという鉄則がある。
よし、明日こそ勝負所だ。
つづく
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