第42話『王手のために』

 俺はかなり申し訳ない気持ちを抱えていた。

 きっと、自分のミスで甲子園敗退した高校球児も、これくらいの申し訳なさを抱えているはずだろう。


 俺とメノウは恋人同士でするようなこと以外はすべてしたくらいの関係だが、まさかキスまでしていたとは……。


「すまん……! すまん、メノウ……!」


 俺はあまりの申し訳なさに、頭を下げてしまう。

 どうして俺ってやつは、女の子のファーストキスをもらって、覚えてないんだ……!

 メノウとレンにとっても申し訳ない!


「な、なんでそんなに謝ってるの? 命を救ってもらったんだから、謝ることなんてなにもないんだけど……」

「俺は、覚えておかなきゃいけないことを、なんも覚えてなくて……」

「いっ、いいんだよ! きっとなにか、忘れちゃう原因があったんだろうし!」


 メノウからの温かなフォローに、俺は泣きそうになってしまう。

 こんないい子のファーストキスを覚えてないというのは、人類の悪行の中でも、中々上に食い込むような気さえする。


「ていうか、そんな場合じゃないでしょ! 私が言うのもなんだけど! お母さん、どうするの!」

「あ、あぁ。悪い……」


 何にしても、これでエーリカの目的がわかったのはデカい。

 薬をばらまいているのは、目に見えてわかりやしい異世界の脅威を、衆目に晒すため。

 そして、その目的は、メノウに普通の人生を過ごしてもらうこと。


 本来、異世界のことなんて関わるはずがなかったのに、俺の親父が異世界に行ったことで、向こうにこっちの世界の存在が伝わり、転生でしか行けないはずの世界から、こっちに来る連中が現れた。


 ……まあ、親父にこんなことになるなんて予想できるわけがないので、言っても仕方のないことではあるが。

 親父、余計なことばっかりしてんな……。


 勇者として向こうの世界を救ったのかもしれないが、その後始末が全部俺に来てる。


「いま街に起こってる混乱は、私の責任でもあるみたいだし……。私も全力で、協力するから」

「と、言われてもなぁ……。お前、元半分人間で、半分魔物ってことだよな?」

「魂はね。この体は純人間だよ」

「……魔法とか、使える?」

「まさかぁ。そんなものが使えたら、もっと楽に生きてるよ。私、魔法を習う前に死んじゃったし」


 まあ、それもそうか……。

 イマイチ、魔法でどこまで何ができるのかはわかっていないが、少なくとも普通の人間より特別なことができるはずだもんな。


 ……とはいえ、メノウは勉強もできるし、運動神経もいいから。

 魔法使ってないのはちょっと意外でもあるが。


 いや、運動神経がいいのは、少なくとも俺があげた勇者権能である身体能力強化が影響しているのか。


「魔法習う前に、って言ったけど。いくつくらいで、その……」


 俺は、ふと湧いた好奇心が口を突いて出たことを後悔してしまう。

 しかし、俺が考えているよりも、メノウは割り切っているのか、あっけらかんと「五歳くらいかなあ」と教えてくれた。


「だから、ある程度の事情は知ってるけど。今話した以上のことは、わからないかなあ」

「そうか……悪い」

「ぜんぜんっ」


 俺の勝手な謝罪を、メノウは笑顔で受け入れてくれた。

 

「前世のことだからね。今の私からすると、なんというか……夢の中みたいな感覚なんだよね」

「……そんな感覚なんだ?」


 もしかすると、俺がレンのことを夢に見ていたのと、似た感覚なのかもしれないな。

 そう考えると、なんだかすんなり飲み込める気がした。


「でも、だからって、前世のお母さんがこんなことをしてるのは、つらいんだよ。……なんのためにしてくれてるのかは、なんとなくわかるから」


 そう言うと、メノウは涙を見せないようにするかのように俯いた。


 俺はそこから、涙を確かめるかのようなことはしない。

 泣きたい時に「泣いてんのか」というのは、なんだか野暮な気がして好きじゃないからだ。


 だからこそ、俺はメノウが泣いている時間に、何をすべきかを考えることにした。


 目的こそわかったものの。

 俺はこれからどうすればいいのか、完全に見失っている。


 目的こそわかったが、これを阻止するって、どうすりゃいいんだろう。

 そもそも、俺達はエーリカの行き先すら掴んでいないわけだからなぁ。


 大体、メノウに協力してもらうとしても。

 電話で伝えた通り、あんまメノウに危険なことはさせたくないんだよな……。

 メノウになんかあったら、ご両親に申し訳が立たないので。

 四葉家にはとってもお世話になっているし!


「……あ?」


 いや、待てよ?

 メノウが鍵を握ってるっていうのなら、やり方はあるんじゃないのか?


 俺の頭の中で、一つの絵が思い浮かんだ。

 エーリカがメノウの母親だと言うのなら、やりようはあるはず……。


 今やるべきことは、二つだ。

 まず、エーリカと再び会うこと。

 そして、エーリカが街の脅威でなくなること。


 そのためには、エーリカに止まってもらうことが大事だ。


 エーリカがこの凶行をやめるためには、目的を果たすか、目的が実現不可能であることを教えてやらなくてはならない。


 では、どうする?

 俺は、涙を隠すように泣く、メノウを見つめて考えた。


 エーリカの目的となる駒が俺の手にあるなら。

 俺がすべきことは、決まっているんじゃないか?


「……なぁ、メノウ」


 しばらく待ってから声をかけると。

 メノウは目を拭い、俺の顔を見た。


「な、なに花ちゃん」

「俺は、どうしてもエーリカを止めなきゃならねえ。てか、お前の話聞いて、もっと止めたくなった」

「……それは、私もそうだよ。お母さんがこんなひどいことしてるなんて。どうしても止めたいし」

「その、止めるための策なんだけどさ。こういうのはどうだ?」


 と言って、俺は大事な話をすることにした。

 それはエーリカを止めるために、しなくてはならない話。


 エーリカを止めるための策を、メノウに話した。

 頭の中では曖昧だったのに、喋ると考えがどんとんまとまってくる。


 そして、話し終わる頃には、これしか無いとすら思っていた。

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