第40話『刻印の役割』
レンとネムには街に出ていてもらい、俺は一旦二人に別れを告げ、目的の場所へ向かった。
俺の頭の中に降って湧いた疑問に、どうしても答えてもらわないといけない。
ブーギーに跨り、俺が向かったのは、
喫茶『クローバー』だ。
「ちょっと待っててくれな、ブーギー」
フゥン、と小さいエンジン音を聞き、クローバーのドアを開く。
カランコロン、とカウベルが鳴り、まばらにお客さんがいる店内をマスターに挨拶し、上がらせてもらう旨を伝え、二階のメノウの部屋前に立った。
ノックすると「なに」という短い返事。
妙に余裕がなさそうな声色の内心を想像してしまうが、想像なんてしても意味はない。
「俺、花丸」
短く言うと、ドアの向こうから「は、花ちゃん!?」なんて慌てた声がして、すぐにドアが開いた。
「無事!?」
部屋から飛び出てきたメノウは、ペタペタと俺の体を触り、ホッと安心したように息を吐いた。
ラフな緑と白のボーダーTシャツと、黒のふんわりロングスカート。
「お前、着替えて出かけようとしてたのか?」
「出かけるっていうか、花ちゃん探しに行くとこだったんだよ」
「探しに、って。なんでまた」
「……自分で気づいてないの? さっきの電話、ただごとじゃない様子だったよ」
「あー……」
俺はちょっと恥ずかしくなって、頭を掻いた。
自分的には、冷静に、いつも通りを努めていたはずなのだが。
メノウだからわかるのか、それとも俺が感情を隠すのが下手なのか。
どっちもありそうだな……。
「まあ、それはいいんだ。ちょっとメノウに話があってさ。……入れてくんない?」
「え、うん。わかった」
俺はメノウの部屋に通されると、部屋の中心に置かれた小さなテーブルの前に座る。
メノウも、俺の向かいに座ると、何故か微笑んだ。
「……なんだ?」
「いや、なんか最近二人きりってなかったなーと思って」
「最近って、大袈裟な。まだレンとネムが来てから一週間経ってねえぞ?」
「その前は基本二人きりだったじゃん」
「まあ、それはそうだが」
「最近デートもいけてないしね。花ちゃん忙しそうだし」
「あー。そうだな。……“ヘイヴン”騒動が収まったたら、また飯行くか。レンとネムも連れて」
俺はそう言って、自分の左手を見た。
すると、呪いの刻印が、左手を包むくらいに大きくなっている。
……やっぱ、そうなのか?
「なあ、メノウ。お前にいくつか、聞きたいことがあるんだが」
「……何?」
どう切り出そうか、正直迷った。
俺の頭の中にある疑問を、どうやってメノウにぶつけるのが正解なのか。
それがどう頭を捻ってもわからない。
だが、バカな俺にできるのは、信じて疑問をぶつけるだけだ。
そうは言うが……しかし、どこから掘っていくべきかな。
迷っているとメノウは、まるで助け舟を出すかのように「そういえばさ」なんて口を開く。
「花ちゃんは、レンさんとネムノキちゃん、どっちにするの?」
「ええっ!? お前もその話かよ!?」
「あ、もしかして、二人からもせっつかれた?」
クスクスと笑っているメノウだが、俺にとっては笑い事ではない。
レンとは国の政治のために結婚を望まれているらしいし、ネムに関してはよくわからないが、俺を魔王にしたいらしい。
俺からすれば、そんなことどちらも遠慮したいが。
「罪な男だねえ、花ちゃん」
「犯した覚えのない罪なんだが」
「でもダメだよ、迫ってくる女の子には、真摯な対応をしなきゃ」
呪いの刻印が、肘まで伸びる。
俺の内心では、ほとんど確定していたが、もう一押しだけほしい。
それが、メノウを信じたい俺の意地だ。
「俺には大事な幼馴染がいるだろ。さっきも言ったけどさ」
「……その恥ずかしいノリ、流行ってるの?」
「俺は真剣なんだが!?」
「花ちゃんにそういうの、似合わないって」
「何言ってんだよ。俺ほどロマンチックな男はいないぜ。俺が告白する時は、めちゃロマンチックなシチュエーションでと思っているのに」
「花ちゃんのロマンチックなんて、あてになんないよ。どうせ夜景の見えるレストランで、くらいの浅い理解でしょ」
「やっぱ夜景はマストだよな」
「そこら辺は人それぞれだと思うけど」
そんな話をしていると、徐々に呪いの刻印が縮んでいき、肘よりと手首の間くらいで止まった。
やはり、進行が遅くなっている。
「ていうか、ずっと言おうと思ってたんだけど。花ちゃん、様子おかしくない? ツッコミにいつものキレがないよ」
「ツッコミで様子を判定されるの嫌すぎるな……」
まるで普段からツッコミやってるみたいじゃねえか。
だとしたら、それはボケたがりのお前が育てたモンスターだよ。
「それに、呪いの刻印。さっきから、なんか、ゲージ? みたいに上下してるんだけど」
「あぁ。……これに関しては、まだ推測の域を出ないんだけども。そしてこの言葉が合ってんのかもわかんないけど。どうも、機嫌で上下してるっぽい」
「機嫌? ……花ちゃんの?」
「いや、お前の」
メノウは、俺の言葉に目を丸くして、俺の左腕を見る。
すると、ジワジワ左腕の刻印が伸びていく。
やっぱりか。
「な、なんで私の? そんなわけないじゃん! それじゃ、私が花ちゃんに呪いをかけたっていうの!?」
「そこら辺は、まだはっきりしてないんだが、実験してみようぜ」
「実験って、一体何を……」
「実は今朝、ネムとデートしててさ。あいつ本好きみたいで、いくつかプレゼントしたんだよ。レンには腕組まれたっけ。あと二人でバイク乗った時に柔らかいものが背中に当たって、一生ものの思い出になったぜ」
ギュンッ! と効果音をつけたくなるくらい、急激に呪いの刻印が肘まで伸びた。
早っ! 怖っ!!
「で、でもメノウとのデートも楽しかったんだよな!! こないだハニービーに行ったときもさぁ、お前よほど美味しかったのか、口に米粒つけてて、しっかりしてるくせにそういうとこはうっかりで可愛いよな!」
ギュンッ! と効果音をつけたくなるくらい、急激に呪いの刻印が手首くらいまで縮んだ。
早っ! チョロっ!!
さすがに、俺が何を実験していたのか、メノウもよくわかったのか、顔を真っ赤にしてプルプル震えていた。
そらぁ、自分の機嫌がこんなわかりやすく可視化されたら、恥ずかしくもなるだろう。
まあ、おかげで、俺がすべきことはよくわかった。
「お前、俺に隠してることあるだろ」
ここからは、マジな話だ。
俺は頭をフル回転させて、自分が何をすべきかを考えた。
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