第38話『悪意の電波』

「もしもし、どうした……」

「花ちゃん! またあの“ヘイヴン”中毒者が現れたの!? ネットが大騒ぎだよ! 顔は隠れてたけど、レンさんが戦ってるところがバズってる!」


 やっぱりか……!

 歯ぎしりしそうになるのを、メノウに悟られないように押し殺す。


「しかも、それがなんか、街にいる化け物の仕業だとか……。どこから漏れたのかわからないけど、かなりそれっぽい情報も流れてて……!」

「わかった。……伝えてくれて、ありがとう。とっとと流したやつを捕まえてやる」

「花ちゃんは、無事なの!」

「あぁ、もちろん大丈夫だ。また後で、連絡する」


 返事を待たずに電話を切ると、ニタニタとイタズラが成功したような笑みを浮かべている、ウエディングドレスの女が目に入った。


「テメェ……」

「ふふっ! これで異世界の連中の危険度が、この世界の皆さんに伝わったかな? 異世界との友好条約なんて今発表しても、国民が許さないだろうねえ!」


 そう言って目元を隠すように手を当て、まるで“ヘイヴン”を摂取しているかのように、女は高笑いをしだした。


「花丸くんが悪いんだよ? 私との約束を忘れて、異世界の連中に現を抜かすから」

「何があんたをそこまでさせんだ!? そもそも、俺にそんな約束が履行できそうもないことくらい、わかりそうなもんだろ!!」

「別に、異世界の連中を帰すのは、ついでなんだけどね。私怨が混じったことは、否定しないけど」


 …異世界の連中を帰すことが、約束のメインじゃないのか?

 レンとネムの夢が踏みにじられ、心がどんどん怒りという熱を帯びているのに、彼女の言動の一つ一つが気になって、頭がどんどん回っているような気がした。


「まあ、そんなことはどうでもいいや。……花丸くんには、異世界のことが嫌になるくらい、痛い目を見てもらおうかな。異世界から来た人を見るたびに震えるような、痛〜い目を、ね」


 “ヘイヴン”中毒者達が、俺ににじり寄ってくる。

 くそっ! せめて俺に、身体能力強化が目覚めていれば……!


「助けは期待しないほうがいいよ。いくらお姫様の身体能力でも、走ってあそこからここまでは、十分以上かかるでしょ?」


 考えろ、なんかある!

 この人数相手に逃げるのは、現実的じゃない。

 なら、戦うしか無いが、俺にはそんな力はない。


 思考の火を燃やせば燃やすほど、俺の絶望があぶり出しのように色濃くなっていく。


 現実的でなかろうと、逃げてみるしかない。

 俺が一歩退いた、その瞬間。


 ブゥゥゥンッ!!


 そんな甲高い咆哮が、駐車場に鳴り響き。

 そして――


「花丸様ッ!!」


 なんと、ターコイズを担ぎ、バイクに乗ったレンが、駐車場から入ってきて、近くにいた中毒者を弾き飛ばし、俺の前に停車した。


「すみません! 縛るのに手間取って、遅くなりました!」

「ブゥゥゥンッ!」


 まるで、レンの声に応えるように鳴くバイク。


「え、そのバイク……! ぶっ壊れた俺のバイクじゃん!」


 俺はナンバープレートを確認すると、そこにはしっかり俺の記憶している数字が刻まれていた。


「な、なんで俺のバイク、直ってんの? てか、レン運転できなくない?」


 あのあと、蜜蜂同盟ハニービーギルドが処分を肩代わりしてくれるというので任せていたが……。

 まさか!


「お前、ブーギーか!?」


 俺はハンドルを掴み、フロントライトを覗き込むと、嬉しそう? に、チカチカとバイクが点滅した。


「そうかそうか! 元気そうだな!」


 ハンドルを撫でてやると、またエンジン音が鳴り響いた。

 まさか蜜蜂同盟ハニービーギルドが直してくれていたなんて、驚きだ。

 さすがは義理堅い。


 感謝をひとしきりしたあと、俺はブーギーに跨るレンに視線を移した。


「よくここがわかったな、レン」

「さっきの連中を倒して、近くのお店から縛るようの紐を借りていた時に、ブーギーさんが来て。花丸様もいなかったし、何故かやたらとブーギーさんが警笛を鳴らすので、乗ってみたらここに案内されまして」


 なるほど。

 もしかしたら、蜜蜂同盟ハニービーギルドのネットワークに引っかかっていたのかもしれない。


 ……ってことは?


「もちろん、蜜蜂同盟ハニービーギルドの目に引っかかったんですもの。私も来ているわ」


 周囲を見回してみると、やはりと言うべきか、近くの民家の屋根に、大人姿のレンが立っていた。


「レン! ……なんで高いとこにいんの?」

「かっこいいでしょ」


 そう言って高く飛び上がると、往年の特撮ヒーローの如く、くるりと空中で一捻り入れてから、俺の前に着地した。


 悔しいが、ピンチを救われてるのもあってめちゃかっこいい……!


 自分で言わない方が良いとは思うが。


「ふうん。あれが、ウエディングドレスの女……?」


 初めて見たネムだが、なぜかそれにしては、深く首をかしげていた。

 なんだ、なんかあるのか?


「あれま。勇者の心造兵器の持ち主と、無限魔力の当代魔王が来ちゃったか。そっちが大人げない戦力になっちゃって」


 相も変わらず、余裕な態度を崩さないウエディングドレスの女。

 いくらなんでも、この二人に囲まれて、勝てるわけがないのに……。

 あの余裕な態度はなんだ?


「ねえ、お姫様?」


 俺がそんな事を考えいると、ネムが隣に立っていたレンの肩に手を置いた。


「……はい? なんです」


 その返事をレンが最後まで言うことはできなかった。

 何故なら、ネムがレンの唇を、キスで塞いだからだ。


「えぇッ!? 何してんだぁ!?」

「んーッ!?」


 俺とレンの驚きの声がシンクロするが、当のネムはなんでもなさそうに、なんならレンの頬に手を添え、結構長めのキスをしていた。


 さすがに、敵の目の前でいきなりキスをしだしたのは、ウエディングドレスの女も困惑なのだろう。

 目を細めて、遠くの景色を見るような顔をしていた。


「ぷはっ」


 やっとネムがレンを解放し、舌舐めずりをする。

 顔のいい女二人が深めのキスをしていたのはエッチだったので、正直名残惜しい景色ではあった。


「なにするんですか! 花丸様としかしたことないとに!!」


 レンは、ネムとは対照的に、手首で唇を拭っていた。

 だがその途中、まるで体の異変に気づいたように、ネムがピタリと止まったかと思えば、ターコイズが青白い光をまるでストロボのように強く発し始めた。


「私の魔力をあげたわ。お姫様、狙えるかしら」

「……そういうことですか」


 すると、片腕でターコイズを銃のように構える。

 それはターコイズが剣ではなく、銃剣だからこそできること。


 ターコイズの銃口に、光が集まっていく。

 そしてレンが引き金を絞ろうとした、その時である。


「チッ!」


 と、今までで一番苛立ったように、デカい舌打ちをし、ウエディングドレスの女が煙のように姿を消した。


「あっ! 逃げました!」

「ふうん。……やっぱりね。お姫様、余った魔力は、中毒者の排除にでも使ってちょうだい」

「過剰戦力な気がしますけど……わかりました!」


 ネムの指示に素直に従い、中毒者へ向かって斬りかかるレン。

 こういう事態だと喧嘩しないのは感心だが。


 そんなレンに加勢するでもなく、ネムは俺の下にやってきて、一言。


「あの女、おそらく魔王よ」


 と、衝撃的な事を言ってのけた。

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