第29話『子どものときは「おにーさま」』

「というか、私が見てたのは服屋じゃないわ。あれよ」


 ネムが指差したのは、その服屋の近くで子供に風船をくばっている着ぐるみだった。

 あのなんだか嫌そうな顔をした、白黒の斑模様の犬は、たしか。


「ダルメシくんか」


 ダルそうにメシを食う犬シリーズの、ダルメシくんだ。

 食事がダルくなるいろんなシチュエーションを切り抜いて、ダルそうに飯を食べている、というマスコットなのだが、あれなんか妙に人気があるんだよな。

 俺はあんま可愛さがわからんが、メノウは好きらしい。


「あれは、着ぐるみというやつね。生で見るのは初めてだわ。ほしい……」

「着ぐるみをか。もらえねえぞ」

「なら、あの風船だけでも」


 そう言って、ネムはダルメシくんに近づいていく。

 俺は止めようとしたのだが、風船欲しさなのかダルメシくんを手に入れられないくやしさなのか、ネムのスピードは速かった。


 しかし、ちょっとダルメシくんと渡す渡さないの問答っぽいのがあり、俺の元に戻ってきた。


「……渡してくれなかったわ」

「見てたからわかる。あれ、子供しかもらえねえぞ」

「そんなルールがあるなんて書いてないじゃない!」

「普通、子供しか欲しがらないんだよ風船は」

「私は子供よっ!」


 ネムが怒鳴ったかと思えば、次の瞬間には、子供の姿になっていた。

 小学校低学年くらいだ。

 大きめのTシャツがまるでスカートのよう。


「おっ、おいおい人気のあるとこでなにしてんだ!?」

「安心して、おにーさま。魔法でなんとでもなるわ。私のことは、最初からこの姿だと周囲は認識するから」

「便利だな、魔法……」


 なら、最初からそう言ってほしい。

 心臓に悪いので。


 そんな俺の文句が口から出る前に、ネムは俺の服の袖を下に引っ張る。

 一体何のことやらと思ったものの、しゃがめということなのかと当たりをつけてしゃがんでみると、合っていたのか俺の肩によじ登り、肩車のような体勢になった。


「さぁ、風船をもらいなさいっ」

「はいはい……。使い魔にしては偉そうに」


 とにかく、俺は素直にダルメシくんへ近づくと、頭上から


「おにーさまっ、風船がほしいわ!」


 なんて、猫をかぶった声が聞こえてきた。

 どんだけ風船がほしいんだよ。

 魔王のプライドを捨ててもほしいのか……?


「はいはい。すみません、風船、もらえますか?」


 ダルメシくんに話しかけると、そのダルそうな表情とは裏腹に、キビキビとした動きで風船を渡してくれた。


 ネムはその風船を受け取ると、嬉しそうに「ありがとうっ」と言って、体を揺らした。

 ご機嫌だなぁ……。



   ■



 風船をもらってご機嫌なネムを肩車したまま(降りてよ)、俺はとりあえず手当たり次第にショッピングモールを回ってみたりした。


 そこで、ネムは本屋に興味を示し、俺達は本屋に入ることに。

 ここらで一等デカい本屋なので、まるで迷路のように本棚が並んでいる。

 白を基調にした空間は、いつ来てもまるで新築のようにピカピカだ。


 頭上に乗せたネムは「おぉ……」と息を漏らし、体を揺する。

 どうも、感動しているらしい。

 俺の髪を掴む手に力がこもっている。


「おにーさま。これ全部、本!?」

「あぁ。そうだが、なにをそんなに興奮してるんだ?」

「全部読んでもいいのかしらッ!」

「試し読みでちょっと読む分にはな。読了はダメだ」

「なんてこと……。近場にこんな楽園があったなんて……!」


 声があからさまにご機嫌である。

 入り口前に立ちっぱなしなのもなんなので、俺は肩車をしたまま、入店した。


「本好きなのか?」

「本は体を動かさずにできる、数少ない娯楽だもの。私の生き甲斐と言ってもいいわ」


 そうか。

 ついこの前まで寝たきりだったんだもんな……。

 そらあ、本を好きになるだろう。


 ネムはまるでハンドルのように、俺の髪を引っ張り、行ってほしい方向に誘導してきた。

 俺は車か、と思いつつ。

 別に拒む理由はないので、ネムの好きにさせることにする。

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