ディテクティブ・ダンジョンズ
不労つぴ
プロローグ
『こんにちは、皆さん。こちらはあなたのための天気予報、Weather Wave FMです。今日も素晴らしい天気情報をお届けします!』
車内のラジオの音で少年は目を覚ました。少年の隣では妹の
「あら、
助手席に座っていた母親が寝ていた少年に気づき、優しく声を掛ける。運転席の父はチラリと少年を見たあと、またすぐに前方に視線を移した。
「眠くないからもういい。それより、あとどのくらいかかるの?」
『さて、まずは今日の天気概況からご紹介します。全体的には安定した天気が続き、晴れや少しの雲が広がる予報です。降水確率は低く、気温は穏やかに推移する見込みです』
ラジオを聞いて、少年――理央は安心した。1週間ほど前からこの日を待ち望んでいたのだ。雨が降っては全てが台無しになってしまう。
「うーん、そうねぇ……あと1時間くらいかしら」
母親の言葉に、理央はとても残念そうな顔をする。退屈しのぎにと何冊か持ってきた本は、もう既に読み終わっていた。もう一周することも考えたが、理央は一度読んだら満足してしまうタイプで、時間を空けてからならまだしも、短期間で本を何度も読むのが好きではなかった。結末が分かっているものを読んで何が楽しいのだろうかと理央は常々から思っていたからだ。
『そして、気になる来週の天気ですが……月曜日には晴れ間が広がり、絶好のピクニック日和になりそうです! 火曜日にはやや曇りが広がるかもしれませんが、雨の心配はありません。春らしい暖かさを感じることができるでしょう!』
ラジオからはやけにドラマティックな音楽が流れていた。理央は思考の末、暇つぶしのために渋々足元の鞄から小説を取り出そうとしたが、そこに母親から飴を手渡された。
「はい、どうぞ」
母親はニコニコしながら理央に手渡す。手渡された飴は茶色の袋に包まれており、袋にはカフェオレ味と記載されていた。
「母さん! 僕コーヒー苦手だっていつも言ってるでしょ!」
「あら、そうだったわね。でもそれコーヒーじゃなくてカフェオレだよー」
「どっちも同じじゃん! 苦いし……」
「まだ理央には早いかー。でも、食べてみると案外美味しいかもしれないわよ?」
理央の抗議は母親には届いていないようだった。ニコニコとしている母親の横では、父親が仏頂面でペットボトルに入ったコーヒを飲んでいた。
このとき理央は、父親の口角がいつもより上がっているように感じた。食べる気は毛頭なかったので、理央は飴の袋を開けることなく、そのままポケットに押し込んだ。
「理央」
父親に呼ばれた理央はキョトンとした顔をする。父親が自分から話しかけてくるのはとても珍しいことだったからだ。普段家でも仏頂面で新聞を読んでいるか難しそうな本を読んでいるかの二択で、こっちから話しければ返してくれるが、自分から話すことはほとんどなかった。
「学校は楽しいか?」
「う……うん」
「そうか……」
そこで会話が終わり、車内に沈黙が訪れる。しかし、いつものことだったので、理央はさほど気にはしていなかった。火燐や理央が父に話しかけても一言二言会話した後そこで途切れてしまう。最近では理央も、父はさほど自分たちに興味がないのではないかと思っていた。母親はため息を付いたあと、父親を軽く小突く。
「ほら、あなた。言いたいことがあるんでしょ」
「………………分かっている」
父親は今までにないほどオドオドしており、理央から見ても挙動不審だった。今までこんな父親は見たことがなかった。
「理央」
再び呼ばれた理央は運転席の方を向く。父親は理央の方を見ずに前方を見ていた。しかし、父親の頬が紅潮しているのに理央は気付いた。
「…………母さんからこの間の塾のテストのことを聞いた……満点だったらしいな。このまま頑張りなさい」
ぱぁっと理央の表情が明るくなる。父親にここまで素直に褒められたのは初めてだったからだ。
「お前のためにプレゼントも買っておいた……帰ったら渡すから待っていなさい」
「ありがとう父さん!」
父親は理央の言葉にビクッとして背筋をピンと伸ばしたあと、眼鏡をクイッと上に持ち上げた。
「あなた、恥ずかしいからって俯かずにちゃんと前を見て運転してください。この前は『流石だ理央! やっぱり俺の自慢の子どもたちだ!』なんて言ってくせに」
「それは言わなくてもいいだろう!」
ジト目で言う母に対し、父は慌ててふためいていた。その様子がおかしくて理央は笑ってしまった。釣られて母も笑い、父は平常を保とうとしつつも恥ずかしそうにしていた。いつまでもこんな時間が続けばいいな。そんなふうに理央は思った。そんなことを思っていたそのとき、ラジオからこのようなニュースが流れた。
『番組の途中ですが、臨時のニュースをお伝えします。 本日、地球に直撃する可能性のある複数の隕石が発見されました。専門家の予測によれば、この隕石は数十分以内、早ければ数分以内に地球へ接近し、衝突の危険性が高まっています。今すぐ安全な場所に避難してください。繰り返します――』
「隕石? そんな映画や漫画みたいな展開あるわけないじゃん。ね? 父さん、母さん」
数時間以内に衝突ならまだしも、数分で隕石が衝突なんていくらなんでも非現実的だ。それに地球に落下しそうな隕石が観測されたならもっと早くに検知できるはずだ。
突然隕石が監視をすり抜け、地球の前にワープしたのならともかく。
「あなた、あれを見て!」
母親が窓を開けて空を指差す。まだ小さくはあるが白い点のようなものがいくつも出現していた。やがてそれらは巨大な炎のような光となり地上めがけ凄まじいスピードで落下しようとしていた。
「あなた!」
「分かってる! だが、ここは危険だ。車をおいて逃げよう」
こんな状況にも関わらず妹は依然夢の中だった。
「おい火燐! 起きろ!」
理央は火燐を揺する。すると、火燐はまだ寝ぼけているのか、眠たげな眼をこすって起き上がった。
「ふわぁ……もう着いたの?」
「着いてないけど、外に出る準備をしろ! 早くここから逃げるんだ」
「どういうこと?」
「いいから早く!」
火燐は状況を飲み込めていなかったが、渋々準備を始めた。そんな火燐の手を引いて理央は車から降りる。
理央は空を見上げる。すると、沢山の光の1つがこちらに猛スピードで向かっているのが分かった。隕石にしてはあまりにもスピードが早すぎる、これはまるで――。
理央は考えるのをやめ、父の方に向き直った。
「父さん! 光がこっちに向かって――」
理央が言い終わる前にあたりは大きな光に包まれ、嵐のような爆風が4人を襲った。
「お兄ちゃん起きて!」
妹の声で目を覚ます。隕石の落下による衝撃で吹き飛ばされたのか、体のあちこちが痛い。それでも痛みを堪え、なんとか立ち上がる。火燐が心配そうに涙目でこちらを覗き込んでいた。そこにいたのは火燐だけで、両親の姿はなかった。
「ここは……」
あたりを見渡すと、先程いた場所とは違い、いかにもゲームに出てきそうな石造りでできた迷宮のような場所にいた。
「これは…………ダンジョン?」
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