第31話 友だちひゃくにんできるかな

 黒髪の少女の名乗りに、場は一瞬、しんとした。


 その中で真っ先に反応したのは、中央のソファーに腰掛けていた銀髪のサイサリスである。


「『カーリマン』って……あっきれた、それって一族の名でしょ。あなた〈名捨て〉したんじゃないの?」


 片腕をソファーの背に乗り出しながら眉を跳ね上げて問うたサイサリスに対し、カーリマンと名乗る少女は眉一つ動かさずに答える。


「私は自分の名を捨てて、『カーリマン』を選んだ。それだけ」


 凛とした表情のカーリマンを値踏みするように眺めた後、サイサリスは「ふうん……」とだけ言って元の姿勢に戻った。


「待てよ」


 そこへ、壁でじっとしていたパルマージが声を投げる。


「『カーリマン』て言やあ、武門だろうが。それがなんで、魔法学術院こんなとこにいる?」


 だがこれにカーリマンが答える前に、オホン、と咳払いで場の注目を集めたのはレオンハルトである。


「名捨ての疑問はもっともだが、レブストルに入った以上、門徒とその一族は無関係だ。今後『カーリマン』は、あくまで彼女という一個人を表す名として扱うように。いいね?」


 そう言って三名に目配せすると、サイサリスは澄ました顔で元のように足を組み、パルマージはちぇ、と聞こえない程度に舌を打ってよそを向いた。


 カーリマンは、開きかけた口を閉じただけで、変わらず姿勢を保っている。


 アイラはというと、彼らのやりとりの意味するところが全く理解できず、その様子を目で追うばかりで頭の中には疑問符が積み重なるばかりだった。


 ふと、同じく地方出身らしいゼノに視線を移すと、それに気づいたらしいゼノはこちらにぶんぶんと首を振って見せた。


 彼が意味するところは、やはり「」である。アイラはホッとして胸をなでおろす。王都の者にしかわからない文脈は、今考えても仕方がないのだった。


「さ、最後は君だ」


 と、レオンハルトがアイラを促す。


「あっ、はっ、ひゃい!」


 変な声が出た。顔から火が出そうだったが、構わずアイラは続けた。


「私は、め、〈眼鏡割り〉の、アイラです! えっと、西のウィンダム……の方から来ました。あの、私もわからないことばっかりなので、いろいろ教えてください! よろしくお願いします!」


 視線が定まらないまま言い切って、深々と頭を下げる。とりあえず通り一遍のことは言うことができた……はずだ。顔を上げても各々の反応を見るほどの余裕はなかったので、ひとまず一番好感触のゼノに目を向けると、うんうんと頷きながらこれに応えてくれた。


「うん、ありがとう」


 レオンハルトはアイラの様子に微笑みを向けると、全員に向けて語り掛け始めた。


「さて、ここにいる者たちが今年の〈穂先の五人〉だ。純粋に魔法に秀でた者もいれば、全く別の一芸で検査官を唸らせた〈術許し〉の者もいる。今後の学生生活で互いに切磋琢磨すべき相手として、それぞれがよく覚えておきなさい」


 アイラは未だ鳴りやまない胸のあたりをきゅっと手で押さえながら、他の四人の顔を改めて見つめた。


 〈根腐れ〉パルマージ、くん。

 鋭い目つき(姿勢のせいかな?)。

 青黒い髪と、すごく白い肌。

 ちょっと近寄りがたいけど、「マージ」なんて呼ばれてたし、サイサリスちゃんとは仲がいいのかも。


 〈跋扈ばっこする〉サイサリス、さん。

 自信に満ちた目(睫毛まつげが長い!)。

 端正な顔立ちと細かく結われた銀髪がまぶしい。都会的だあ……。

 おしゃべりは好きそうだけど、田舎者って思われそうでちょっと怖いかも。


 〈絶体絶命〉のゼノ、くん。

 元気いっぱいの赤い瞳と赤い髪(地方仲間だよ!)。

 随分たくましい体つきだけど、顔つきは年齢相応の男の子って感じ。

 この場で唯一笑顔が見られたから、ちょっと安心しちゃった。


 〈あけめ〉のカーリマン、さん。

 髪とおんなじ黒い瞳が力強い(怒ってないよね?)。

 おでこと眉毛がきりっと綺麗で、つい見ちゃうな……。

 さっきカーリマンは一族の名って聞こえたけど、何か事情が――


 などと一人一人に思いを致していると、最後に目を向けていたカーリマンがふいにこちらを見た。アイラは「ヒュッ」と変な音を喉から漏らしながら、その視線を受け止める。


 あッあッ、早く何か反応しなきゃ! 


 『第一印象が大事』って本に書いてあったよね!?


 そして彼女が無表情を貫く間になんとかアイラなりの「にっこり笑顔」を投げかけてはみたものの、当のカーリマンはそれに対してごくわずかな会釈えしゃくを返しただけで、再び視線を自分の前へと戻してしまった。


 あ、あれえーーッ!?


 渾身こんしんの笑顔が失敗に終わったと感じ、アイラは肩を落としながら自分も同じように視線を元に戻してレオンハルトの次の言葉を待った。


 レオンハルトは十分に時間を取って五人の様子に目を配り、少しだけ困ったような微笑みを浮かべて、真面目な表情に戻った。


「では宣誓について説明するからよく聞きなさい。君たちはこのあと首席を先頭に成績順で入場する。そして講壇に描かれた五芒星ごぼうせいの先端までそれぞれが進んで、他の新入生が座っている聴講席に向かって立つんだ――これが〈穂先〉と呼ばれる所以だよ。そのあと学長が入場されて宣誓を促されるから、全員が息を合わせて宣誓の言葉を述べる。いいかな?」


 レオンハルトが言い切ったのを見計らい、ゆらりと宙に挙げられたのは、パルマージの左手だった。


「それで、結局誰が一番なんですか」


 それが聞きたくて仕方がないように、彼の足は小刻みにゆすられている。


「おお、そうだったね。先頭に立つ、この中の首席は――」


 全員の視線がレオンハルトに集まる。そのただならぬ緊張感に、順位など気にかける由もないアイラまでもが、生唾を飲み込んでその言葉を待った。

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