第14話 『今年こそは絶対だ』


「なんで喧嘩なんてしたの?」


 帰宅後、少しすると母さんに呼び出されてリビングに行くと開口一番にそんなことを言われた。


 情報回るの早いな。


「それは……いろいろあって」


「颯斗がなんの理由もなくそういうことをする子だとは思ってないよ。だから、こうして理由をきいてるの」


 諭すような優しい声色だった。

 けど、今回の理由には結花が大きく関わっている。

 結花は俺にさえ気丈に振る舞っていた。だからきっと、母さんや母である愛花にはもっと学校での状態は知られたくないと思っているはずだ。


 イジメられている生徒を庇ったらクラスメイトと言い合いになって、その結果大切にしていた髪留めを壊された。


 今回の一件を有り体に言えばそうなるけれど、それを聞けば親なら誰だって憤るし心配する。


 結花は心配をかけたくないんだろう。


「友達が、イジメられてたから。それを助けようとして」


 ここは結花のことは伏せつつ、それっぽい理由を並べて誤魔化すのが一番だろう。


 それに、そこまで完全な嘘というわけでもない。結花を友達と置き換えているだけだし。


「嘘ね」


「へ?」


「お母さん、颯斗の嘘は分かるのよ」


「……嘘じゃ、ないけど」


 俺は再度主張するが、母さんはすっと細めた目をこちらに向けてくるだけだ。


 暫しの無言。


 俺は俺で、結花のことは言えない。それでいてどういうわけか嘘を見破られる以上、どうしようもない。


 拮抗状態に終止符を打ったのは母さんの大きな溜息だった。

 腑に落ちないながらも、仕方ないと諦めたような、そんな溜息のように見えた。


「分かったわ。颯斗が言わないなら、もう聞かない。理不尽に喧嘩する子だとは思ってないし、そこまで頑なに言わないってことは、何か理由があるのよね」


「……ごめんなさい」


 母というのは凄いと、何度でも思わされる。

 子のことをよく見ているんだよな。

 そう言われると、俺は謝罪するしかない。


「ただし、一つだけ。お母さんと約束して」


「なに?」


「喧嘩した相手の子にちゃんと謝ること。相手が悪いかもしれないけど、手を出したことは颯斗が悪い。だから、それに関してはちゃんと謝りなさい」


「……はい」


 まあ。


 あいつのやったことは許せることではないけれど、カッとなってつい手を出してしまったのは、大人げなかったとは思うわけで。


 謝罪はしようか。

 それが今の俺にできる、母さんへの誠意の表明だと思うし。



 *



 翌日は運動会本番だった。

 体操服で登校するという、普段とは違う行動に少しワクワクしてしまう。


 教室へ行くとほとんどの生徒は登校を済ましていて、見渡してみると柴田の姿もあった。


 やるべきことは早いうちに終わらせておくか、と俺は柴田のところへ向かう。


 俺の接近に気付いた柴田はびくりと体を揺らした。どうやら彼のメンタルは想像していたより弱かったようで、見間違いでもなんでもなく俺に怯えている様子だ。


 これはどうにも気分が良くないな。


「な、なんだよ?」


 柴田は絞り出したような声でせめてと言葉だけは強めに言ってくる。

 昨日の俺と柴田の一部始終のやり取りを見ていたクラスメイトからの緊張した視線を浴びながら、俺は頭を下げた。


 するとどうだろう。

 今度は唖然とした空気感が教室内に広がる。あんな空気の中、謝罪するのは正直抵抗があったけど、俺はタスクを抱えない主義なのだ。やむを得まい。


「はあ?」


 静寂の中、声を発したのは戸惑いを精一杯込めた柴田だった。


「お前のやったことは許せない。それは今も変わらない。でも、手を出したことに関しては申し訳ないと思った。だから、ごめん」


 母さんに言われたからというのはあるけれど、一日経って少し冷静になったところで改めて思い返すと、やっぱり子供相手に熱くなりすぎたと思った。


 だから、これは心からの謝罪だ。


「……やめろよ。俺も、やりすぎたし」


 柴田が弱々しく言う。

 そこで俺は顔を上げて彼の顔を見た。すると柴田はまたびくりと体を揺らした。


 これは本能にすり込んでしまったかな。


「それを言うのは、俺じゃないだろ」


 それだけを言って、俺は自分の席に戻ることにした。

 もし柴田の中に、本当に反省の念があったのだとしたら、きっとどこかで本来謝るべき相手に謝罪しに行くだろう。


 それで結花が許すかは彼女次第だ。


 ……きっと、許すんだろうな。



 *



 小学校の運動会は紅白に分かれて点数を競うシンプルなイベントだ。

 競技の順位によって点数が与えられるんだけど、この点数の付け方は未だに分からない。どういう基準で決めてるんだろ。

 それを暴くために運動会の委員になろうとも考えたけど、そうすると練習の時間がなくなってしまうので諦めた。


 何といっても、俺には勝ちたい相手がいるのだ。


「やあ、志波」


「白鳥……」


 白鳥蓮。

 爽やかイケメンで、これから先の人生も勝ち組間違いなしのポテンシャルを持つミスターリア充。


 容姿が整っていて、勉強ができて、面白くて人気があって、それでいて運動もできる。あらゆるものを持ち合わせた神に愛された男。


「今年も一緒に走れるんだね」


「そうだな。今年は絶対に負けない」


「……去年も言ってたよね?」


 俺の言葉にくすりと厭味ったらしく白鳥が言った。普段はあまり見せない一面だ。

 こういうシチュエーションだから、あえてそういう言い方をしたのだろうな。


「今年こそは絶対だ!」


「それも去年聞いたような?」


「……くそ」


 白鳥の言う通りなので言い返せない。

 小学生に言い負かされるなんて、俺はどれだけ弱いんだよ。


「ま、期待してるよ。もうおれとわざわざ勝負しようとしてくれるのは、志波くらいだしさ」


 他の生徒はそもそも勝負を諦めている。どうせ勝てるはずない。やるだけ無駄だと決めつけて。


 もしかしたら頑なに挑み続ける俺を、周りの奴らは笑っているのかもしれない。


 結局、毎年負けてるわけだし。


 けど、今年は負けられない。

 勝ちたい、勝たないといけない理由があるんだ。


 あいつを笑顔にするために、俺にできることはきっと、これくらいしかないから。

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