第6話 大木の下で

 僕とサラさんはふたたび足を動かした。


 五分ほど歩いて、石造いしづくりの地面じめん出来でき広場ひろば到着とうちゃくする。

 大きな広場に一軒いっけん、ポツンとてられたレンガ調ちょう建物たてものがあった。

 コンビニのような直方体ちょくほうたい平屋ひらや目測もくそくで、だいたいコンビニ六つ分くらいの大きさに見える。


 は、何らかの公共こうきょう施設しせつ連想れんそうさせるものであり、入口いりぐち真上まうえに大きな看板かんばんがつけられていた。


 建物の周りには、複数ふくすうの人間が集まっている。

 まるで、開店かいてん時間じかんまえに、店舗てんぽ付近ふきんひまつぶしをしている人たちみたいに。各々おのおの雑談ざつだんわしたり、大きなけんらしき物体ぶったい手入ていれしたりしていた。


 サラさんが、その建物の前で足を止め、僕の目を見る。

 もしかして、と思う。


「ここが、ギルドです」

「ここが……」


 言われてみれば、異世界ラノベでよく見かけるギルドの雰囲気ふんいきと、よく似ているのだった。

 では、建物の周囲しゅういむらがる人たちは、冒険者ぼうけんしゃ該当がいとうする人物じんぶつなのか?

 そう思っていたら、サラさんが言葉を発する。


「ナオキさん」

「はい」

「私は、今から出勤しゅっきんですので、退屈たいくつかもしれませんが、ナオキさんはギルドが開くまでのあいだ、このあたりで待機たいきしててください」


 関係者かんけいしゃ以外いがいは、立入禁止たちいりきんしなので――と。


 僕は、うなずいた。


「分かりました」

「良いですか。この広場からは、出ないようにしてくださいね。迷子まいごになったら大変たいへんですので」

「……はい」

「見るからにあやしい人ともかかわらないことですよ。暴力ぼうりょく沙汰ざたになってしまったら、危険きけんですので」

「…………はい」

「広場をまわるのも、怪我けがのもとになりますので、ゆっくり歩くようにしてくださいね」

「……………………はい」


 サラさんは、僕を小さな子供こどもか何かだと、勘違かんちがいしているのではないだろうか?


 そんな心配性しんぱいしょうのサラさんは、微笑ほほえみを見せた。


「では、私は仕事に行ってきますので」

「あの」

「何でしょう?」

「ギルドが開く時間は、いつごろになるんですか?」


 彼女は、腕時計うでどけいを確認してから、口を開けた。


「45分後ですね」

「分かりました」

「ギルドが開いたら、ナオキさんの住民じゅうみん登録とうろくを進めれるよう、私も準備じゅんびしておきますので」

手間てまをかけさせますけど、お願いします」

「いえいえ。これくらい、なんてことはないですので」


 そう言って、彼女はギルドの裏側うらがわの方へとえていった。

 従業員じゅうぎょういんようぐちなるものから、建物内へ入るのだろう。


 さてしかし、僕は今からこの時間をどうあましたものか……。

 とりあえず、広場のところどころにえている大木たいぼくの下にでも移動いどうして、木陰こかげすずもう……。


 昨夜さくやに関して言えば、いきなり異世界いせかい転移てんいして、雨水あまみずに打たれて続けていたから、少々しょうしょう身体からだが《ひ》えていた。

 しかし、今はどうだろう?

 一転いってんして――


地味じみあついんだよな……」


 初夏しょかのような熱気ねっきが、辺りをただよっていた。


 ぞらからはなたれる光に当たっていると、はげしく身体を動かしているわけでも無いのに、あせが流れてきそうだ。


 僕は、最寄もよりの大木まで歩き、みき背中せなかあずけた。

 木から生えた、緑色の葉と葉の間からは、木漏こもしている。それを見て、思った。


 ――この光は、どこから来る光なのだろう?


 地球の場合は、太陽たいようから地上ちじょうに、日光にっこうそそがれているわけだが……。

 じゃあここは、その太陽の代わりとなる何かしらがあるのだろうか?

 それは、何なのだろうか?

 そんなことを考えていた時だった。


「――キミ、見かけない顔だね」


 そんな言葉が、僕の耳に入ってくる。


 声質こえしつてきには、高校生こうこうせい少女しょうじょ連想れんそうさせるものだった。

 声の聞こえてきた方向――右下へ顔を向ける。

 そこには――


 ――いつの間に。


 大木の幹に背中をかけ、体育たいいくずわりをしている少女がいた。


 何の気配けはいも感じさせず、まるで瞬間移動しゅんかんいどうでも使ったかのように、気づけばそこに座っていたのだ。


 少女は、黒いローブに身をつつんでいる。

 そのローブは、まるでワンピースでも着用ちゃくようしているかのように、膝部ひざぶまでびる長いすそから、綺麗きれいな足と黒いブーツが見えていた。


 手には、黒い手袋てぶくろをはめており、けているものが全体的ぜんたいてきに黒で統一とういつされている。


 頭には、フードをおおいかぶせており、黒い前髪まえがみ可憐かれん童顔どうがんのぞかせていて、しかしフードが邪魔じゃまして、髪形かみがた不明ふめいである。


 顔には、笑みがけられており、その笑顔えがおからは、何かひねくれのような要素ようそを感じ取れた。

 

 僕は、少女を見ながら、言葉をはっする。


「あなたは……?」

「うーん……何といえばいいかな……」


 少女は、言った。


「――おかねちであり、正義せいぎ泥棒どろぼう……ってところかな」


 ……ん?

 お金持ちであり、正義の泥棒?

 お金を持っているのに、ぬすみをはたらいているということか?

 そして、正義と?


 いや、意味が分からない。


 というか。

 泥棒と言っているが、普通ふつう犯罪はんざいなのでは?

 もしかして、冗談じょうだんでも言っているのか?


 軽くのう情報じょうほう処理しょり戸惑とまどっているなか、少女がつづけざまに言ってきた。


「キミ、異世界いせかいじんだよね」

「…………」


 サラさんもそうだったが、僕が異世界いせかい転移てんいしてきた人間であることが、簡単かんたん見破みやぶられているのだった。


 まあ、今の僕は高校の制服を着用しているし。

 僕たちだって、外国人がいこくじん見分みわけは、見た目からだけでも、ある程度ていど判断はんだんできるものだから、それとたようなものかもしれないが……。


 僕は、うなずいた。


「そうだ、僕は異世界人だ」

「いつここに?」

「昨夜だな」

「私が予想よそうしていたよりも、最近さいきんだった」

何気なにげに、ここに来てまだ24時間もっていない」

「じゃあ、あれだ。私は、キミの大先輩だいせんぱいになるというわけだ」

「大先輩?」


 何のだ? と思ったが、もしかして――とすぐにさっしがついた。


「あなたも?」

「そう、異世界人。地球ちきゅうまれの日本にっぽんそだち」


 ――ん?


「……それ、本当なのか?」

「うん、本当に異世界人」

「いや、そこじゃなくて……」

「じゃあ、どこかな?」

「あなたが、地球生まれの日本育ちというのは、本当のことなのか?」


 彼女の言っていることが真実しんじつなのであれば、僕は彼女と同じ故郷こきょうであるということになる。

 少女は、口を開けた。


「そんな、つまらないうそはつかないよ」


 僕は、言った。


「実はだが――」

「――知ってる。キミも、同じところから来たんだよね?」

「…………」


 彼女は、なぜそれを知っているんだろう?

 僕のそんな、心の中の疑問ぎもんを読んでか、少女は答えを口にした。


。だから私は、キミが日本人であることを、当然のように予測よそくできていた。ただ、それだけ」

「異世界転移者は、みんな日本から来ている……?」

「そう」


 少女は続けて、


「あくまで、わたし調しらべになるけどね」


 と言った。


「…………」


 僕は、思った。

 この少女は、異世界転移のことや地球と異世界イソニアの関連性かんれんせいのことについてなど、それなりに情報を持っていそうだ。

 だとしたら、このさいに……。

 今のわけの分からない現状に対して、情報整理を行うのもいいかもしれない。

 さいわい、時間もあるし……。


「あの」

「ん?」

「異世界転移のことやこの世界のことに関して、もっと情報が欲しい。何か他に、重要な情報とかはあるのか? あれば、教えてほしい」

「重要な情報は、一応それなりには持ち合わせているけど、これ以上は何も教えられないかな」

「それは、なぜだ?」

「まだ、たいした信頼しんらい関係かんけいきずけていないからだね」

「そう言われれば、そうだな」


 情報は、武器にもなるし、金にもなるからな。

 初対面しょたいめんの僕に、そう何でもかんでも、ほいほいと教えるわけにもいかないのだろう。

 しょうがないか、と僕は思う。


「じゃあ。私は、そろそろこの場をはなれるよ」


 少女が立ち上がる。


「私は――から満足まんぞくだね」


 ――瞬間しゅんかん


 強風きょうふうれた。


 緑のが、花吹雪はなふぶきのように空中くうちゅうい、視界しかいがほぼ一色いっしょくまる。

 数秒経ってから、風はピタリとやんだ。

 右下の地面に転がっていたのは、大量の緑葉りょくようのみとなっていた。少女は、忽然こつぜんと姿を消していたのだった。


何者なにものだったんだ?」

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