死んで宝石になって俳優になる

光田夕

死んで宝石になって

 麗石(れいせき)というものがある。メモリアルストーンとも呼ばれ、つまりは亡くなった人の思い出を綺麗に残すものだ。直球に言うと遺骨で作った人工宝石である。

 

 作り方はいたってシンプルで、遺骨から抽出した炭素源を石英などと混ぜ、あとは職人が頑張って形成するだけだ。そんなこんなで遺骨は美しい人工宝石となる。カラーバリエーションも豊富だ。宝石なのでネックレスなどのアクセサリーにも使われたりしている。これでいつでも美しくなった故人と一緒、という訳だ。


 死後に遺骨を宝石にされる、という事態は、その故人を深く悼む遺族が居ない限り発生しない。死後に麗石となった東太という人間にも、その死を嘆いてくれる遺族達が居た。東太は20歳の歳で実家の銭湯を飛び出し東京で特にこれと言った目標もなくフリーターをやっていたが、27歳にしてビルの屋上から転落死した際には、実家から父親と母親と弟と初対面の銭湯アルバイトと犬が東京まで駆けつけていた。しかしながらその頃にはもう、東太は死んでいた。


 と、言うわけで東太は現在、つるつるとした美しい赤の宝石となって、老いつつある母親の首元を彩っている。ネックレスになったのだ。細いシルバーのチェーンにぶら下がって、朝から晩まで銭湯で働く母親の傍に居るのであった。


 東太の母親は、暇になると東太の事をよく撫でてやっていた。利用客の減少している銭湯の見張りはほとんど暇であったので、無抵抗の東太は摩擦で擦り切れるのではないかというくらいに撫でられていた。アルバイトの津野田(あのとき東京に行った奴)はその光景をよく見ていた。そしてあまり親とは仲が良くない津野田は、自分の遺骨は全て海に撒く事を決意していた。


 ある日、津野田は東太の母親に言った。

「息子さんとは仲が良かったんですか?」

 すると、東太の母親は東太を撫でる手を休めて、その赤い表面をじっと眺めた。

「正直、良くなかったんじゃなかしらね。あの子、いきなり何も言わずに家を出て行っちゃったから。喧嘩とか口論とかしなかったけど、出て行っちゃったって事は、何か私達に対して不満を抱えてたんでしょう。それが何だったのか、もう分らなくなっちゃったけどねぇ。」


 東太の母親は、自分の息子がなぜ突然家を出てしまったのか、知らない様子であった。それを聞いて津野田はなんとも言えない気持ちになった。


「仲が良くないなら、なんでネックレスにしちゃったんです?」

「……まだ、何も受け入れられてないのよ。あの子が死んだことも、あの子がこの家を出て行っちゃったのも、全部。」


 津野田は、それ以上は追求しなかった。ただ少し、東京から連れ戻されてしまっている東太のことを、ほんの少しだけ哀れんでいた。


 それからしばらくして、東太の母親は死んでしまった。原因は大浴場の清掃中に足を滑らせて頭部を強打してしまった事であった。遺体の第一発見者は津野田である。津野田はしんとした浴場の床で東太の母親が血を流して倒れている光景を、彼女がその時までネックレスをしていたことを、しばらく忘れる事が出来なかった。


 そして津野田は、ネックレスを盗んだ。そうしてやるべきであると、今までずっと頭の片隅で思い続けていたのである。津野田はあの母親の棺の中に入れられたネックレスをこっそりポケットに滑り込ませると、そのまま黙って葬式会場を飛び出し、東京行きの新幹線に飛び乗っていたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る