1-3
秋那の提案を受け、御調と和花はファミレスから出ると去っていく二人の背中を黙って見送った。
今日はクリスマスイヴ。そして真宙の隣を歩くのは、真宙のかつての恋人である桜良と瓜二つの容姿で実の妹である秋那だ。二人の関係が決してそういったものではないと、当然、御調も理解している。だがその後ろ姿はかつての真宙と桜良の姿を想像させ、懐かしさと共に僅かに胸が締め付けられるのを感じていた。
空はもう暗くなりつつある。街中にもクリスマスらしさを感じさせる男女の組み合わせが多く見えるようになっていた。そしてすぐに真宙と秋那の背中は、そのクリスマスの雑踏の中へと消え、見えなくなる。
「……良かったのか?」
「……なにが?」
声をかけた和花もまた、御調と同じように見えなくなった二人の背中へ視線を向け続けている。そしてそれがどういう意味を持つのか、御調はよく理解している。
「あいつのためになにか企画してくれていたんだろ?」
「……バレてたんだ」
和花の異変に気付いたのは今月の頭だ。十二月に入ると誰もがこの日のことを意識し始める。それは本人に自覚がなくとも、周りにはなんとなく伝わってしまうものだ。
そして和花もまた、なにやらソワソワし始め、クリスマスについて色々と調べものをしていることが増えた。さらに言えば真宙の今の状態を和花は誰よりも深く心配していた。そんな日々が続けば誰だって彼女の考えを察することができる。
「飯塚くん、もしかして今日、粕谷くんを誘ったのって……」
「別に。せっかくのクリスマスだし、みんなで騒ぎたかっただけだって」
和花が真宙のことを誘おうとしているのはわかりきっていた。そしてそれが上手く出来ないでいることも。だから本当はきっかけだけ御調が与えるつもりだった。そしてそのまま上手くいけばいい……なんて考えていたのだが……。
(俺もバカだな。こんなことして……)
自分がやろうとしていたことを思い返すと、本当にバカなことをしようとしていたと、自虐的な笑みが浮かんだ。
「……元気にさ、なってもらいたかったんだ。少しだけでも、元気に」
「……そうだな」
横目で和花を見やると、彼女はもう見えなくなってしまった背中から地面へと視線を移していた。その表情は垂れ下がった前髪でよく見ることができない。
「でも結局、私はなにも出来なかった。粕谷くんは今もまだ、桜良ちゃんのことを……」
「……」
否定も肯定も出来なかった。いや、する意味などなかった。
和花もわかっているのだ。真宙の気持ちがまだ桜良にあることも。それが幾分も色褪せていないことも。昔も、そして今も、桜良のことしか見ていないことも。
だからわざわざ和花に現実を突きつける意味はない。そんなことをしても和花の気持ちが晴れるわけではない。
風が吹いた。冬のとても冷たい風だ。
その風が和花の髪を揺らし、その隙間から彼女の表情が一瞬だけ窺える。悔しそうな、悲しそうな、そして今にも泣きだしそうな瞳。
「――……古賀、あのさ」
本当なら、明日からは待ちに待った連休になるはずだった。自分と、和花と、真宙と、そして桜良と。休みの間も四人で集まってバカみたいに笑いあうつもりだった。
なのに桜良はいなくなり、真宙はあんな調子で、自分も笑うことが出来ず、そして和花はいつも悲しそうな目をしている。
それが嫌だった。そんなものを見るのが、本当に嫌だった。
(だからせめて、俺は……っ)
「――古賀、あの!」
勢いあまって少し大きい声が出た。それに和花は少しだけ驚きながら、
「どうしたの?」
俯いていた顔を上げた。
肩の触れそうな至近距離。なんでもない、いつもの距離。その距離で、目と目が合う。
「…………っ。――あ、えっと……。あ、あ……」
「?」
「…………あ、明日! 明日もまだ……クリスマスだから、さ……。むしろ明日が本番っていうか。だから今日はダメかもしれないけど、誘ってみろよ、真宙のこと」
「でも……」
「いくら桜良に似ていても、彼女は妹だ。桜良じゃない。それに妹ちゃんが真宙のことをどうこうしようと思ってるとは思えないからさ」
「そう、なのかな……?」
「おう、そういう感じじゃないな」
と、そこまで言った御調の口からは自分でも呆れるほどの乾いた笑い声が出ていた。
(……あーあ)
口にしてしまった言葉を引っ込めることはもう出来ない。
後悔しても、もう遅い。
(……意気地なしの、腑抜けめ……)
ファミレスのガラスには、そんな自分の顔が薄っすらと映っていて、まるで嘲っているようにも見えた。
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