第47話


フェン・ロー平原で激しく衝突した初日。

キサ王国、ジューヴォ共和国軍は劣勢のまま夜を迎えることになった。

丘まで後退した連合軍は、左右の丘を確保し防衛戦に徹した。


夜になって、左翼の巨象人トゥスカーゴードの安否がわかった。

やはり笑う兵……キューロビア連邦兵の奇襲に遭ったそうだ。

撃退に成功したものの負傷し、左翼の指揮が乱れてしまったとのこと。

左の丘まで撤退し、右の丘同様、守備に専念している。

ゴード自身、今は回復して火線に戻っているという。

しかし、無理をしているであろうことは容易に想像できる。


敵戦力は、丘に閉じこもっている連合軍を無視して進軍する手もある。

だが、その場合、確実にこちらに背後を取られる危険は承知しているだろう。

それに補給線を断たれた場合、一気に形勢が逆転する。

なので、ジューヴォ共和国がいきなり脅かされることは、まず無いと言える。


2日目の早朝。

シンバ将軍に呼ばれ、中央軍本陣の天幕を訪れた。


「特別遊撃隊ですか?」

「左様、お主に隊長をやってもらいたいと考えている」


特別遊撃隊……ハイレゾとジェイドの傭兵隊と斥候隊。

そして、鬣犬人スカベンジギュートンの隊から精鋭を加えた500人規模の特殊部隊。

その特別遊撃隊を率いて左翼将ゴードを救援してもらいたいとのこと。


「幸い、お主の連れや王女のお陰でここは問題ない」


昨夜は、帝国兵にとって、地獄のような一晩だっただろう。

メイメイから提供された魔導兵器。

それにニウ、ポメラの魔法が帝国兵を苦しめた。

セレの神聖魔法も聖職者の足りない中央、右翼陣営にとっては大変ありがたい存在。


それにカルテア王女は、シンバ将軍が認める人物。

彼女の用兵術は、いわば天賦の才だと将軍が話していた。

負傷した将軍に代わり、昨夜は中央軍、右翼を指揮して立派な結果を残した。

カルテア王女の卓越した指揮により、敵軍に甚大な被害を与えた。

右翼側は朝から優勢に戦いを始められるとみている。


やはり問題は左翼陣営。

ゴードが率いる巨獣兵団はその名の通り、巨体を誇る兵士の集まり。

そのため、正面からぶつかっても簡単に戦果が得られるため、策を必要としない。

だが、今回、そこを突かれる形となった。

まさか彼らのような猛者に奇襲をかけてくる集団がいるとは思いもしなかったはず。


「おう、よろしくなサオン!」

「マジかー。この軍、意外と人使いが荒いんじゃね?」

「そんなことないよー、皆さーん、よろしくねー」


ジェイド、ハイレゾ、ギュートンの順番で口を開いた。

特殊遊撃隊の隊長は、中隊長相当の階級になる。

今回の戦では大隊長や中隊長という役職は設けていない。

中隊長は貴族でも高位の貴族でないとなれないもの。

それを一介の平民出身である自分が任せられた。

嬉しい反面、重圧にも感じる。

500人近い人間の生死が自分の判断にかかっているから……。


軽く挨拶をして作戦会議に入る。

地形はジェイド達、斥候部隊が入念に調査しているので、状況を教えてもらう。

丘と丘の間は洞窟で繋がっており、移動するのはそこまで難しくない。

左翼側を攻めている帝国兵の数は約5,000から6,000人程度。

左翼の兵は日中の1戦で1,000人以上はやられたはず。

少なく見積もっても1,000人以上の兵力差があると予想される。


まともに戦ったら分が悪い。

ましてや、あの白と赤の騎士の存在。

彼らが左翼側の戦場に現れたら、今度こそ左翼将が危ないかもしれない。

ちなみに右翼陣営は大丈夫。

あの化け物たちが現れても対処できる秘密兵器をメイメイが隠し持っている。

丘から遠くへ打って出なければ、大きく負けることはない。


「狙わにゃならんだろうな……」

「なにを?」

「ペリシテの巨人……レッドテラ帝国軍大将カぺルマン」


帝国軍大将の情報は傭兵隊長ハイレゾからもたらされた。

嘘みたいな逸話の数々をキサ王国では、子どもでも知っている。

その上でジェイドが首を傾げながら肩を揺らし、説明した。


忘れもしない圧倒的な敗北。

あの時、何とか生き残ったとしても地獄の光景が自分の目に映し出されたはず。

大将自ら丘を獲りにくるのは、絶対的な自信があるからだろう。


自分がカぺルマンなら、まず弱っている左の丘を奪いに行く。

そこを叩けばあるいは討てるかもしれない。

そうと決まれば早く左の丘へ移動しなければ。


「サオン君、ちょっといいアルか?」

「メイメイ、どうした?」


メイメイとリャムが会議をしている天幕へ入ってきた。

そういえばリャムのことだが、彼は学究の徒でありながら、かなり腕が立つ。

普段は意図的に実力を隠しているようにみえる。

だが、骸骨島での一件で、素手で訓練された連邦兵を数人倒したのを見た。

本当にただの弟子なのだろうか?

まるで、メイメイを護衛しているように感じる……。


「……欲しいアル」

「あ、ゴメンなんだっけ?」

「人の話はちゃんと聞くネ!」


リャムの方に少し意識が向いてしまい、聞き逃してしまった。

メイメイに叱られながら用件をもう一度教えてもらった。


「キューロビア連邦の笑う兵士を?」

「うん、もしかしたらホン皇国の技術を盗用された恐れがアルヨ!」


笑う兵士をひとり捕まえてきて欲しいというお願いだった。

メイメイの予想通りなのかを検証したいとのこと。

もし予想が正しければ、魔導学で禁忌とされている生物実験の被験体かもしれない。

仮に軍事利用および技術盗用だった場合は、ホン皇国が動くかもしれないそうだ。



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