第3話 RPGゲームかな?

 本来は他の生徒たちとチームを組んで動くのだけれど、当然のようにハブられた。

 理由は、


「お育ちのいい元貴族様はオレら下賎の連中とは組めませんよねぇ?」

 とか、

「貴族気分の抜けないお坊ちゃまに足を引っ張られたらたまったもんじゃありませんからぁ」

 だの、

「知ってますぅ? 平民に身の回りの世話をしてくれるメイドはいないんですよぉ」

 らしい。


 ようは、元貴族の俺にうっぷん晴らしをしたいのだろう。


 平民にとって貴族は目の上のたんこぶだ。

 自分たちが働いて稼いだ金や収穫物を税と称して奪っていき、そのくせ困ったことがあっても助けてくれない。


 そして不満を陳情すれば不敬罪だと言って処罰する。

 もちろん、俺はそんな態度を取ったことはない。

 だけど実際、程度の差はあれど貴族全体に平民を見下した風潮があるのも事実だ。


 ――俺、平民科でやっていけるのかなぁ……。


 先行き不安で肩が重たい。

けれど落ち込んでばかりもいられないと、カラ元気で気を取り直した。


「さてと、このあたりでいいか」


 緑の香りに包まれる森の中。

 木々が生い繁るも、午前の太陽光が豊富で明るく視界は良好だ。


 周囲に人気は無く、誰も見ていない。

 ここならいいだろうと、俺はゴーレムを出した。


 草地の上に半透明の赤い立方体が出現した。

 昔のゲームでありがちな、ポリゴンぽい。

 そこから昨日のゴーレムがちょこちょこと歩き出てきた。

 いま、作ったわけではない。


 自律型ゴーレム生成スキルには派生スキルとして、素材貯蔵庫スキルというスキルが付随する。


 これは異世界転生ではあるあるだけれど、異空間にモノを収納しておけるというスキルだ。


 ゴーレムを作ったり改造したりする素材を容れておくためのものだけど、わかりやすさ重視で俺は、ストレージと呼んでいる。


 容量は人それぞれで、父さんや兄さんも持っている。

 俺は普段、そこにゴーレムを隠すことにした。


 ――他の生徒の前で出して、またいじめられたら困るからな。


 ゴーレムは顔を出すなり俺に歩み寄ってきて、指示を待つようにちらりと見上げてきた。

 両手を上下にぱたぱたさせているのがかわいい。


 ——テンションが小型犬みたいだな。


「えーっと、こいつ戦えるんだよな? じゃあ、一緒に行こうか?」


 俺が腰の剣を抜きながら尋ねると、ゴーレムは両腕を上に曲げてやる気をアピールした。


 まるで、遠足へ行く幼稚園児のようだ。

 ふと、突然俺の視界下にメッセージウィンドウが開いた。


『がんばるー♪』


 素直過ぎる文章に、俺は笑いを漏らした。


 ――でも昨日、みんなからボールみたいに蹴られていたしなぁ。


 システム画面を開いた。

魔獣を倒したことのない俺のレベルは一、経験値はゼロだ。


 システム画面を操作して、ゴーレムのステータスを確認した。

俺よりも高い筋力、速力、耐久度が表示されているけれど、いまいち信用できなかった。


 腰の剣を抜いて、白銀の剣身に顔を映して溜息を洩らした。


「頼りになるのはこいつだけか」


 俺の剣術は貴族のたしなみである宮廷剣術だ。


 幼い頃から親に仕込まれたおかげで剣道三段程度の実力はあるけど、この世界では突出したものではない。


 令和日本では一部の居合道家だけができる据物斬り――固定していないわら束を一太刀で斬る行為――だが、江戸時代の武士は全員できたらしい。


 技術とは、時代が求める水準に引っ張られる。


 剣の才能が無くても、五歳の頃から本物の剣で毎日剣術訓練を習慣づけられていれば、誰でもこうなる。


 ようするに、剣の腕一本で俺が平民科首席になるのは不可能だ。

 さてどうしたものかと俺が迷っていると、不意にゴーレムが大ジャンプした。


「うぉっ!?」


 俺の背丈よりも高い意外な大ジャンプ。

その跳躍力たるや、横スクロールゲームの主人公並だ。


 見上げれば、木の枝から落ちてくるゼリー状の魔獣、スライムに体当たりをかましていた。


 二体はまとめて地面にダイブ。


 ゴーレムのボディプレスに潰されたスライムは潰れたゼリーのようになって動かなくなった。


 ゴーレムは立ち上がると、むふんと誇らしげに胸を張った。かわいい。

 次の瞬間、視界の端にリザルト画面が開いてぎょっとした。


 スライムを倒した今回の獲得経験値、人生の総獲得経験値、次のレベルまでに必要な経験値が表示される。

 わけがわからない。


「へ? なんで? スライムを倒したのは俺じゃなくて……待てよ」


 ふと気が付いた。

 剣士が剣で魔獣を切り殺せば、当然経験値は剣士に入る。

 弓兵が矢を放ち、体から離れた矢で魔獣を射殺しても、経験値は弓兵に入る。


「もしかして、ゴーレムは俺の装備品扱いでゴーレムが倒した魔獣の経験値は、俺に入る仕様なのか? でも父さんはそんなこと……」


 父さんや兄さんは、ゴーレムで弱らせた魔獣に自分でトドメを刺してレベルを上げていると言っていた。


「もしかして、自律型ゴーレム特有の能力なのか?」


 淡い予感がゾクリと背筋に走った。


 もしも、数百体のゴーレムを同時に操れたら?

 そのゴーレムが駆逐する魔獣の経験値が全部俺に入り続けるなら?


 前世、俺は日本で冴えない人生を送っていた。

 友達なんていなくて、いつも独りだった。


 そんな俺に、IT企業の商品開発部に勤めていた父さんは友達代わりにと会社の製品を色々とくれた。


 AIコンシェルジュやロボドッグ、最新のスマホや家庭用3DプリンタやAIチャットアプリや、自動画像生成アプリをいじりながら、遊ぶ毎日だった。


 この異世界でも、伯爵家とはいえ家を継げない次男で、才能に乏しく肩身が狭かった。


 だけどもしかして、異世界転生系主人公よろしく、俺はとんでもないチート能力を手に入れたのでは?


 いてもたってもいられず、俺は慌てて二体目のゴーレムを生み出した。


 ストレージ特有の、半透明の赤い立方体ではなく、半透明の青い立方体、ポリゴンが草地から出現した。


 周囲の地面を材料にゴーレムを生成。

 ポリゴンの中から二体目のゴーレムが出てきた。

 が……。

 ゴーレムはころんと転んだまま、動けずにいた。


「あ、ゴーレム生成スキルって同時に動かせるゴーレムはレベルに依存するんだったな」


 父さんも、若い頃は一度に一体までしか動かせなかったらしい。

 けれど今は、同時に一〇〇体の騎士型ゴーレムを動かせる。

 流石にそんなうまい話はないかと、俺は自嘲気味に頬をかいた。

 それから、二体目のゴーレムをストレージにしまった。


「でも将来的にゴーレムを増やすなら名前が無いと不便だよな。じゃあわかりやすくお前は今日からイチゴーな」

『ぼくイチゴー』


 短い腕を器用に曲げて腰に手を当て――指は無いけど――イチゴーはまたむふんと胸を張った。


 それから、両手をぱたぱたと上に動かしながらぴょこぴょこと足を動かした。


『なまえもらったー、ぼくのなまえー』


 ――もしかして踊っているつもりなのか? かわいいなおい。


 つい、頭をなでてしまう。

 すると、イチゴーは両手を頭に添えて丸い体を小さく上下させた。

 なでられるのが好きらしい。


「でも十分だ。俺とイチゴー、二人で魔獣を倒せば効率は二倍だ」


 俺が軽くガッツポーズを取ると、イチゴーは両手を突き上げた。


『がんばるー』

「ん? だけどイチゴー。お前強いならなんで最初はみんなから蹴られ放題だったんだ?」

『にげる、たたかう、ふせぐのどれかまよったー』


 ——RPGかよ。


「そっか。じゃあ次からああいう時は防いで、それから逃げろ。ただし、相手が魔獣で勝てそうな時は戦うんだぞ」

『わかったー』


 メッセージウィンドウで返事をしながら、イチゴーはバンザイハンドを左右に揺らした。


「じゃあ行こうかイチゴー」

『いくー』


 スライムの死体をストレージにしまうと、俺は剣を片手にイチゴーと歩き出した。

 俺の左足に寄り添うようにしてちょこちょこと動く姿に和まされる。


   ◆


 イチゴーと一緒に魔獣狩りをすることしばらく、校舎のほうから鐘の音が聞こえてきた。

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