『忘れられない過去』7

 重苦しい空気の朝礼台にアラゾたちが戻ってくると、そこにはクルス以外の姿は無かった。

 クルスは放心して、抜け殻のように俯いていた。


「父上……」


 アラゾの声に顔を上げると、クルスは鬼のような形相を浮かべた。


「貴様ァ!」


 朝礼台からクルスは駆け降りると、アラゾの目の前で仁王立ちした。


「すみません」


 アラゾは圧に耐えきれず、目を泳がせた。


——バチンッ!


 鈍い打撃音が広場に響き渡った。


「うわぁぁぁ!」


 たまらずアラゾは顔を押さえて蹲った。

 痛みで霞む視線を上げると、鞭を持ったクルスの姿がぼんやりと見えた。


「お前は、あれだけの捜索隊を貸して、ガキを連れてくる程度のことも出来ないとは」


 叩かれた顔は一気に赤く膨れ上がった。


——バチンッ!


 今度はアラゾの背中に鞭を打った。


「お許しを、父上!」


 捜索隊たちは一方的に鞭でなぶられるアラゾの姿を、只々見守ることしかできなかった。



 薄暗い教会を蠟燭の温かい炎が優しく照らしていた。

 主祭壇ではアマティスが、黙々と手紙を羽ペンで黙々と書いていた。

 そして、ペンをそっと置いて、封筒に入れた。


「どうか未来に幸を……」


 手紙に向かって祈りを捧げると、主祭壇に置かれたナイフで右の手のひらを切った。


「うっ」


 封筒の口に向かって、アマティスは血を垂らした。


「スフラギスメーノ」


 呪文を唱えると、血が赤い八芒星になり封印された。


——コンコン。


 頭上の天窓から音が聴こえて、見上げると天窓にマーブの姿があった。

 アマティスが黄色い光を纏った手を、横に振ると天窓が開いた。


「いつもながらタイミングがバッチリね」


 マーブは翼をはためかせて主祭壇に着地すると、手紙の八芒星印を見ると悲しそうに俯いた。


≪すまない。最後の最後まで世話を掛けることになってしまった≫


 アマティスはマーブに向かって物悲しそうに笑みを溢した。


「良いのよ。私はこんな重要な役割を担えて幸せよ」

≪やっぱりあの役職・・を継ぐ資格所持者は違うな。流石だよ≫

「そんなに私は凄い存在じゃ無いよ。ここまで来られたのもマーブの導きがあってこそだし」


 アマティスはマーブに手紙を差し出した。


「貴方とこうやって会えるのは、これで最後ね……」


 マーブは静かに俯いた。


「さあ、必ずその手紙をあの方・・・に届けてくださいね!」

≪もちろんだ≫

「あと……」


 マーブはアマティスの顔を見て微笑んだ。


≪分かっている。もし、どうしようもない状況に陥ったら俺が導く≫


 アマティスは安堵の表情を浮かべると、マーブに対して心の底から感謝した。


「ありがとう」


 アマティスは涙を堪えながらマーブに微笑んだ。

 そして、マーブは答えるように頷くと、手紙をくちばしで受け取って、天窓から飛び立った。

 アマティスは闇夜に消えていくマーブの姿をじっと見つめた。



 ブーワンとオルガナとゼノは黙々と体勢を低くして、駆け足で真っ暗な森をそっと移動していた。

 オルガナとゼノは険しい森の獣道のせいで息を荒げていた。


「あと、一キロ程行けばポータルツリーに辿り着く。二人とも頑張るんだ」


——ザッザッザッザッ。


 大勢の足音が静寂の森に響いた。


「二人とも伏せるんだ!」


 ブーワンの緊迫した囁き声で、二人は地面に急いで伏せた。

 音の方をブーワンが見ると、村の捜索隊が血眼になってオルガナとブーワンを探していた。


「居たか?」

「いや、だがこの辺に居る筈だ」


 ブーワンは目を見開いて捜索隊を見た。そこには、捜索隊の先頭で顔に痣をしたアラゾの姿があった。


「チッ、あのクソアマ! ガキ共を逃したせいで俺の顔にこんな痣を付けられちまったじゃねぇか! 見つけたら絶対ぶっ殺してやる!」


 怒りに満ちた表情で、腕につけた禍々しい紫の光を放つ羅針盤のようなデバイスを睨みつけながら、アラゾは周囲を見回した。


 アレは魔術羅針盤マギアピクシーバ! パンドラの奴め!


 ブーワンは額に汗をかいた。

 魔術羅針盤があると、闇文明の力を使う物の場所を大体だが特定できた。


 チッ……。見つかるのも時間の問題だ。やるしかない!


 ブーワンは恐怖で震えた手で、胸のロケットペンダントを力一杯握りしめた。


「二人とも、俺が囮になる。その間にポータルツリーへ向かうんだ」


 ゼノとオルガナはブーワンを驚いた表情で見つめた。


「お前はどうするんだ?」


 ゼノの問いかけに対してブーワンは微笑んだ。


「俺はガキに心配されるほど落ちぶれちゃいない。お前は自分と大切な妹を守ることだけを考えろ」


 すると、ゼノはオルガナの手を引いて、ポータルツリーへの道を見た。


「ありがとな」


 ゼノがボソッと礼を言うと、ブーワンはゼノたちから顔を逸らして、背中の曲剣に手を添えた。


「早く行け」


 ゼノは頷くと、オルガナを連れて進み始めた。

 草が揺れる音の方を捜索隊が一斉に見ると、そこには曲剣を構えた勇ましいブーワンの姿があった。 

 アラゾはブーワンを睨みつけた。


「貴様! 今まで何処に居た!」


 アラゾが向かって来ると、ブーワンは曲剣を突き立てた。


「おい、何のつもりだ?」

「あの子たちをパンドラの手に渡す訳にはいかない」


 アラゾは不敵な笑みを浮かべた。


「血迷ったか?それに、俺に対してそんな態度を取ったらどうなるか分かってんだろうなァ!」


 声を荒げるアラゾをブーワンは涼しい顔で見た。


「では、問う。化け物になり、奴の僕にされてまでも生きるのが正しい判断だと思うのか?誇りがあるならば未来に懸けるべきなのではないのか」


 アラゾたちは自身が思っている葛藤を言い当てられて顔を歪ませた。

 振り返ると、アラゾは捜索隊の後ろへ逃げるように下がった。


「ええい、うるさい! お前に何が分かる! 者ども、こいつを叩き斬れ!」


 捜索隊は腰の剣をアラゾの合図と同時に抜くと、魔法で剣に電気を帯びさせた。


「「「「「「オオオオオオオオォ」」」」」」


 捜索隊は雄叫びを上げながら一斉にブーワンへ斬りかかった。

 ブーワンが曲剣の刃を手でなぞると、刃に業火が灯った。


火炎波キーマ・フローガス!」


——ブォォアァァ!


 大きくフルスイングされた曲剣から、炎の波が繰り出された。

 波は前方に居た捜索隊たち五人を一瞬で灰にした。

 捜索隊は火炎波を避けるように後退すると、一斉に地面へ剣を突き刺した。


——ドォォォアァン!


 地を揺らす轟音と共に雷の壁が発生して、火炎波は打ち消されてしまった。


 やはり、一筋縄ではいかないか……。


 ブーワンは自分の前に立ち塞がる捜索隊をじっと見つめた。



 アマティスは教会の奥にある、南京錠と鎖で厳重に鍵が掛かった部屋の前に立っていた。

 ドアには黄色い八芒星が描かれていた。


「アネルキスティーラス」


 アマティスがドアの前で呪文を唱えると、八芒星が激しく光りながらゆっくりと消えた。

 すると、ドアを施錠していた南京錠が外れて、鎖がカラカラと音を立てながら地面に落下した。


——ギィ……。


 ドアがゆっくり開くと、吸い込まれるようにアマティスは部屋に入っていった。



 ドーム型の室内に等間隔で並べられた松明が、アマティスの入室と同時に火を灯した。

 中央には祭壇があって、頭上には金で出来た龍の装飾が、自身のしっぽを咥えて円形になっている鏡が置かれていた。

 アマティスは祭壇の前に立つと、両手を鏡に向けた。

 目を瞑ると、温かい太陽の様な光を、手のひらから鏡に向けて光を放った。

 すると、鏡には坐禅を組んで、フードを被った男が映し出された。

 男は鏡の異変に気が付くと、映し出されたアマティスの顔をじっと見つめた。


『お前は?』

「私はアマティスと言います。貴方はマルコフですね。鍵の所有者の……」

『!?』


 マルコフはフードを外すと、アマティスを睨みつけた。


『何処で俺のことを知った!?』


 声を荒げるマルコフに対して、凛とした表情を向けた。


「私が居る村には光文明と闇文明の生き残りの子供がいます」


 マルコフは悔しそうに深く俯いた。


『今更、俺に何をしろと言うのだ……』

「彼らを助けてあげてください」


 マルコフは自身の隣に置かれた、錆びたように矢尻がギザギザとしている銅色の鍵槍をじっと見つめた。


「貴方が持つ鍵は唯一世界を元に戻せる物です。本当は彼女・・を救いたいんでしょ?」


 マルコフはアマティスの顔をじっと見つめた。


「もう時期、パンドラが来るわ。その鍵で彼女を解放してあげて」


 マルコフは目に溜まる涙を堪えながら立ち上がると、槍を持ち上げた。

 すると、槍は黄色い光を纏って、黄金に輝いた。


『今すぐそっちへ向かう』


 アマティスは優しく頷くと、マルコフの鏡から姿を消した。

 突然アマティスの額に、黄色い光で出来た目のような模様が浮き上がった。


「!?」


 アマティスは目を見開くと、悲しそうに俯いた。


「ブーワン、ごめんなさい……」



To Be Continued…

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