第1話『蝶の誕生』11

 村の西門前で出発の準備をするオルガナとマルコフとイスル。その様子を村人一同が見守っている。オルガナは腰に直剣を携えて黙々と装備を整える。そして、荷物が入った肩掛けのショルダーバッグを持ち上げると気合いを入れ、顔を引き締めた。

「よし。出発するか」

オルガナの声と共に三人は西門を出る。

「では、お気をつけて」

アルケ村長は三人を見つめて胸の前で両手を組み、お辞儀をする。

「コレを」

懐からマルコフがアルケ村長に四角い筒状のシグナル機を出すと手渡す。

「村に何か起こったら、これで知らせてください」

「分かりました」


 月明りで薄暗い砂漠をマルコフが杖から放つ光で照らす。その後ろをオルガナとイスル黙々と歩く。

「もうすぐ着くか?」

辺りを見回しながらオルガナがイスルに尋ねる。

「はい。あそこです!」

イスルが指さす方向に目を凝らすと、一キロ程先に広大なアトロスク荒野が見える。

「やっと会える!」

右手の義手を握りしめて笑みをこぼすオルガナ。そんなオルガナを冷ややかな視線でイスルが見つめる。

——ピーッ! ピーッ! ピーッ!

突然、マルコフの懐にあるシグナルが鳴る。マルコフとオルガナは顔が真っ青になって引き攣る。胸元で振動するシグナルを恐る恐る取り出すと恐怖で震えたアルケ村長の声が聞こえてくる。

『村が怪物たちに襲撃を受けている! 至急、救護を頼む!』

オルガナは深刻な表情でシグナルを見つめる。

まさか……。俺らが村から離れたことを見張られていたのか! ここまで来たのに!

オルガナはようやく再会出来ると心躍っていたため、悔しそうに俯く。

「村に戻らないと……」

悲しそうなオルガナをじっとマルコフは見つめる。

「そうだな。一刻も早く!」

「ちょっと待って!」

大きな声を出したイスルを見るオルガナとマルコフ。

「ゼノさんとの合流はどうするんです!?」

自分の故郷が怪物に襲われているのにゼノとの合流を優先するイスルの発言にマルコフは心の底から耳を疑った。

「そんな場合じゃないだろ! 君の村が襲われているんだぞ!」

「では、ここで二手に分かれましょう!」

イスルの以外な発言で呆気にとられる二人。

「えっ!」

「私とオルガナさんはゼノさんの所へ向かいます。マルコフさんは先に村に行ってください! 必ず私とオルガナさんがゼノさんたちを引き連れて村に戻ります!」

マルコフはイスルを見つめるとオルガナに視点を移す。

「分かった……オルガナを頼む!」

マルコフを見つめるオルガナ。

「おい! 本当に一人で戻るのかよ!?」

意外なマルコフの反応に大きな声を出して取り乱す。

マルコフは確かに強い。

だが、村の正確な状況が分からない段階で唯一の光の使いを一人で行かせてしまう事と、何より自分をここまで育ててくれたマルコフを失う恐怖感がオルガナにはあった。

「お前ずっと会いたかったんだろ。たまには自分の気持ちを優先しろ! 俺はお前に心配されるほど落ちぶれちゃいない」

マルコフはオルガナに向かって優さしさに溢れた表情で微笑む。

「すまねぇ……」

オルガナはマルコフをじっと見つめると深く頭を下げる。

「兄貴に会ったら何て言うか決めとけよ」

そう言うと、マルコフはオルガナの肩をポンポンと叩く。そして、槍に向かって手をかざすと、槍の上に黄色の魔法陣が浮き出た。

「村まで導け!」

槍を強く握ると魔法陣が強く発光し、物凄い速さで槍と共に飛んでいく。マルコフが村に向かって飛ぶ姿を確認するとイスルはオルガナを見る。

「オルガナさん! 先を急ぎましょう」

「おう!」

二人は荒野まで駆け足で向かった。


 月明かりに照らされた足場の悪いアトロスク荒野を進むオルガナとイスル。二人は荒野を長い時間奥へ進むがイスルは足を止める気配が無い。

「おい、ゼノはどこら辺に居るんだ?」

「……」

オルガナはイスルを見る。

「イスル?」

イスルはまるで人形のように生気の無い表情を浮かべていた。

「おい!」

オルガナが強く声を張るとイスルは急に立ち止まり、空を見る。

「ウァァァァァァァィィヤァ!」

イスルがいきなり雄叫びを上げる。その声はまるで獣のように野太い。

「!?」

イスルの顔を眺めるオルガナは予想外の事態に直剣を構えて警戒態勢に入る。

そう、イスルの額がウニョウニョ動いているのだ。

その瞬間、嫌な予感がオルガナの脳内に流れた。

まさか……。罠か!

——ブァシャャャァン!

イスルの額を突き破り、触覚器官が何本もウニョウニョとうごめさそりの様な虫が出てくる。イスルは血を噴き出しながら崩れるように倒れた。オルガナはイスルの死体を見る。

この虫が今までずっと操ってたんかよ!

「クギュアァ」

虫は不気味な鳴き声を上げながらオルガナに向かって跳んでくる。

「畜生が!」

眉間に皺を寄せ、怒りを露わにすると、袈裟斬けさぎりで虫を真っ二つにする。

——ヴァァァァギィン!

後方から音が聞こえ、咄嗟に振り向くと、そこには紫色に光る魔法陣が浮き出ていた。

この陣は……。

オルガナはグリップをしっかり握り、直剣を顔の横に持って構える。

風を切るような音と共に魔法陣から次々と不適な笑みを浮かべた影の怪物が出てくる。

そして、後を追うように顔全体を包帯で覆い、漆黒のローブで身を包んだ人型で紅い瞳のカタスト将軍が出て来る。

その後ろでは金棒を持ち、巨大な図体で頭に二角が生えた獣人のデュオゴと大槌を持つ一角が額に生えたナルバが横に並び、仁王立ちしている。

そして、カタスト将軍はオルガナをまるで品定めするように首を傾げながら眺める。

「これが光文明の生き残りか」

オルガナはカタスト将軍から漏れ出る禍々しい紫のオーラを見つめる。

「何だか簡単に捻り潰せそうだな!」

肩を揺らしながらデュオゴはオルガナを見て嘲笑する。それに続き、ナルバもオルガナを見下し、嘲笑った。

「パンドラ様もこんな小娘に警戒していたのか?」

カタスト将軍はゆっくり振り返ると二人を睨みつける。

「おい、言葉には気を付けろ。きっと何か、お考えがあるのだろう」

デュオゴとナルバはカタスト将軍の顔を見るなり恐怖におののく。

「失礼いたしました……」

二人は頭を深く下げる。

「何が目的だ?」

オルガナが睨みつけると、カタスト将軍は手首からイスルの額から出てきた虫を出す。

「その人間のようにお前を囮にして、あの男から鍵を奪う」

イスルの死体をまるでゴミのように見るカタスト将軍。

「鍵だと?」

「知らないのか?まぁここで人形になるお前にはもう関係無かろう」

オルガナに向かってゆっくりと右手を伸ばす。

「ゼノは居ないのか……」

悲しそうな表情を浮かべて俯く。

「やれ……」

そう言うと影の怪物たちがオルガナに向かって飛ぶ。

鋼のアツァーリ・光子フォトニオ

そう呟くと、オルガナの体と直剣を白い光が包む。

「キャイヤァ!」

オルガナに奇声を上げながら攻撃してくる影の怪物たちに対して、オルガナは前傾姿勢になる。

先頭に居た影の怪物の首を瞬く間に剣で刎(は)ねる。

そして、瞬く間に残りの影の怪物たちを次々に切り裂く。

「テメェらは絶対許せねぇ」

オルガナはまるで鬼のような形相を浮かべ、カタスト将軍たちを睨みつけた。そして、影の怪物たちは一斉に黒い煙になって消滅する。

先程まで嘲笑っていたデュオゴとナルバの顔にはもう笑顔は無かった。

「なかなかやるな」

光の使いの力を始めて目にする三人は興味深そうにじっと見つめている。

オルガナは直剣をカタスト将軍に向ける。

「次はお前たちだ」

すると、デュオゴが前に出てくるとオルガナに向かって仁王立ちをする。

「俺が相手してやるよ。お嬢ちゃん」

足を肩幅に広げ、金棒を振り上げる。カタスト将軍はその姿をじっと見つめると腕組みをした。

「殺すなよ。あの男が戻ってくるまではそいつが必要だ」

「任せてください」

天高く上げた金棒を思いっきり振り下ろす。

「フンッ!」

目にも止まらぬ速さの金棒をバックステップで最も簡単にオルガナは避ける。

——ドガァッ!

オルガナが視線を落とすと、地面には大きな罅が入っている。

「ぬう!」

続け様にデュオゴは金棒で激しい連撃を繰り出す。

金棒はあまりの速さで何本もあるように見えた。しかし、オルガナは金棒を仰け反るように状態を逸らしながら難なく避ける。

そして、全ての攻撃が避けられ、デュオゴの顔が引き攣り、額には汗が流れていた。

——ブシャァッ!

腹部に強烈な痛みが走った。腹部に視点を落とすと直剣が深々と刺さっている。

「グハゥ……」

そして、直剣を抜くと吐血し、痛みから体を大きく仰反る。オルガナはその光景を凛とした表現を浮かべ、冷静で観察するように眺めていた。

「このっクソアマッ!」

デュオゴは怒りを露わにすると金棒を大きく振りかぶった。

頭に血が上った一瞬の隙でオルガナは金棒を待っている右手首を切り落とす。

「ぎゃあああ!」

地面を大きく蹴り、悶え苦しむデュオゴの肩に飛び乗ると、暴れながらがむしゃらで必死に攻撃をする。だが、最後の抵抗も虚しくスルリと避けてオルガナは喉を裂いた。

——シュタッ。

飛び降りると首から血を噴き出しながら膝から崩れるデュオゴ。

「よくもォォッ!」

ナルバは無惨に転がるデュオゴの死体を見て顔から血管を浮き出し、オルガナに向かって大槌を投げた。オルガナは大槌を避けると目の前には前傾姿勢で角を突き立てたナルバの姿がある。

「!?」

「串刺しにしてやる!」

オルガナは豪速の突進辛うじて避けるが、角が右脇腹を掠り負傷する。

何だ、このスピードは……。

ナルバは不敵な笑みを浮かべる。オルガナの額には焦りから冷や汗が流れていた。

「次は外さねぇ!」

オルガナは脇腹の傷を左手で確認すると、血がべっとりと付く。

当たったらひとたまりもないな。

息を整え、ナルバに向かって再び直剣を構える。


To Be Continued...

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