第7話 ショッピングモールにて 1
願いが叶ったのか、月曜日から金曜日まで長いようで短かった。想像力を掻き立てる事を矢継ぎ早に触れたせいか、ちょっとしたきっかけで私の幸せ世界に入ってしまう。気づけば時間が圧縮されていて、その結果あっという間に土曜日だ。
今日は、いつもより早起きをして、服選びの時間も長くなった。悩んだ結果、オレンジで謎の英単語が書かれたTシャツとデニム。ショートの髪を整えて、身だしなみもしっかりとしてから、水色の手提げバッグを持ち、家を出た。
自転車に乗り、前かごにバックを置いてペダルを漕ぐ。人通りの少ない住宅街を抜けると、そこそこの人が通る大通りに出る。車道は多くの車とトラックが走行音を立てていた。
ブレーキを手に掛けて、ゆっくりと慎重に人を避けながら道なりに進む。ただ、足が浮足立っていて、ちょくちょく赤信号に冷静になれと止められるけど、ペダルを踏む力はいつもより強くなっていた。
すぐに紫色の犬のマークと大きな建物が見えてくる。頭がぽわぽわして空想に入らないよう注意しつつ、駐輪場まで意識を保った。
南の入り口からすぐ入って、左側にポツポツと自転車が置かれているエリアがあり、そこに止めて鍵をかけた。
「もう来てるかな」
まだ二人と連絡先とかは交換していないから、連絡の方法がない。三人とも律儀に学校のスマホ禁止ルールを守っている弊害だ。
建物の南側の入口付近に着くと、ベンチに座って、マホをいじっている二人の姿があった。時間を確認すると、集合の五分前だった。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「いや、大丈夫」
「てか、集合時間前だし」
水無月くんは、黒の長ズボンに白のTシャツというらしいシンプルな服装。人目を気にしない彼らしい。青葉さんは、青を基調としたワンピース。ふんわりとしていて、とても可愛らしかった。
「行く前にさ、連絡先交換しない?」
中学生からスマホを持たされたから、このメッセージアプリに登録された人は少ない。
その呼びかけに二人は答えてくれて、連絡先が二つ増えた。
「じゃあ行くか」
入り口からすぐそこは開けた場所で、イベントがたまに開催されていて、今も祭りの屋台が出ていた。
土曜日の午後ということで、多くの人が遊びに来ている。子供連れの大人や同い年くらいの子たち、それに恋人関係の高校生の男女。ちらりと、横を歩く水無月くんを見る。思わず仲睦まじく密着して歩くシーンを妄想してしまう。
「どうかした?」
目があってしまい、現実に意識が戻った。
「えーと、二人はどこ行きたいかなーって」
「あたしは、ちょっと文房具買いたい」
「俺は……まず本屋だな」
文房具とか色々な物が売っている店があって、それは二階。本屋は映画館の近くにある三階だ。
「なら近い文房具行く? 私も何か買おうかな」
「あんたは目的の場所はないの?」
「あーあるけど、後でいいかな。欲しいぬいぐるみがあるんだ」
ぬいぐるみがある店は、イベント会場の右隣にあって、店に置いてあるぬいぐるみ達がここからでも見えた。
「ふーん。あたしも何か欲しいかも。玲士は?」
「まぁ、見てみようかな」
話がまとまり、私達はエスカレーターに乗って一つ上へ。登った先にその店がある。雑貨のお店で、店内は白を基調として清潔感がある。入り口付近に、カレンダーやメモ帳、スマホカバーなどが展示されていて、奥に行くとジャンル別で棚に商品が置かれている。
「文房具ってどこだっけ」
「こっちじゃないか」
二人は、上に置かれているジャンル名を見ながら左から奥に探しに行く。私はそれについていった。
家具や生活用品、便利グッズなんかも置いてあって、所々で足を止めてしまう。気になったスマホの裏側に付けるリング。それはリングの中にデフォルメされた馬の絵柄の物で、買えそうと思い手に持った。
その間に二人は少し遠くにいて、駆け足で戻る。
「ここじゃないか? ノートとかあるし」
「ノートじゃなくてメモ帳なんだけど」
様々な柄のメモ帳がある棚に二人はいて。私は少し下がった所で観察していた。
「あ、向こう側にあった」
「え? ギリギリ見えない……。ふん、玲士さんは身長高くていいですねー」
「嫌味とかじゃないから」
ちょうど棚が青葉さんの顔の辺りの高さで身長が届かなくて、水無月くんは、顔の下半分が棚に隠れる高さで余裕だ。
なんだか、二人は近い距離の中にぎこちなさがある気がする。
「あった、あった」
青葉さんはシャーペンを物色し始めた。
「星乃さん、それ買うんだ」
彼女の背中にいた私に水無月くんが話しかけてくる。
「うん。水無月くんは持ってる?」
「いや持ってないな」
「そっか。って、さっき見た時ついてなかったもんね」
それから会話は続かず、私の乾いた苦笑で閉幕。
「私もちょっと見よっかな」
逃げるように、青葉さんの近くに行きシャーペンコーナーを眺める。
「あんたも買うの?」
「うーん、これとか書きやすそう」
「あ、それ」
なんとなく手に取った水色のシャーペンは、青葉さんと同じものだった。
「えーとお揃い?」
「……」
そう言って、何だか気まずくて戻す。ライバルだしこういうのは拒絶されるよね。
「そ、それが欲しいんじゃないの?」
「え?」
多少気になった程度で、別にそこまでではない。だけど、青葉さんは何だか残念そうにしていて。
「やっぱり買っちゃおうかな」
「ふ、ふーん。ま、どうしようがあんたの自由だけどね」
そう言い捨てて文房具コーナーを後にする。
「もういいのか?」
「ええ。お会計済ませてくる」
「待って私も」
レジへ行き支払いを済ませる。余分な出費なんだけど、やっぱり友達とのお買い物なら大事な出費なんだ。そう言い聞かせて、減っていく財布に目を逸らす。
「次は本屋だよね」
「ああ」
お店を出てまたエスカレーターで三階へ。本屋までは少し歩く。
エレベーターを上がった先には映画館があって、思わず立ち止まる。上の電光掲示板の上映映画のタイトルを遠くから目で追ってしまう。
「なーに突っ立ってんの。置いてくわよ」
「あ、ごめん」
後ろから声をかけられ、早歩きで追いつく。
三階と二階には、下を見れる吹き抜けがあって、両端にお店が並んでいるけど、所々シャッターが閉まっていたり、前あった店が無くなって椅子とガチャポン置き場になっていたりしている。
映画観に隣接してカードショップがあり、その横には電子音がけたたましいゲームセンター。思わず、三人で遊ぶ想像が膨らんだ。
携帯ショップ、メガネ屋さんを通り過ぎると、本屋に行き着いた。開放的な入口で、手前には注目作品が置かれている。木の内装で時間がゆったりと流れそうな雰囲気があった。
「水無月くんは買うもの決まっているの?」
「好きなシリーズがあって、その新刊とか。それと、他にも気になるのがあれば」
水無月くんは待ちきれなさをにじみ出しながら、ずんずんと本だらけの世界に入っていく。
「どうしようかな」
正直あまり本を読まないから、これと言って買うものは思い浮かばない。
「青葉さんは本とか読む?」
「多少は。……こういうのとか」
手に取ったのは、注目本の一つである恋愛小説だった。
「あたしには似合わないだろうけど」
「そんなことないよ。何かおすすめとかある?」
「それこそこれ。この作家さん書く儚い恋愛とかすごく良くて。新刊が出てるって気になってた」
タイトルは「儚愛の先」表紙には一人の少女が暗闇の中、遠くの光に手を伸ばして、涙を流している。
「じゃあ読んでみようかな」
「気を遣わないでよ」
その拒否の言葉で、あの時がチラついたけど、さっきのお揃いの表情を思い出し振り切る。これぐらいは大丈夫。
「遣ってないよ。それに何を買うにしても私の自由、でしょ?」
「それはそうだけど」
言葉は不満そうだけど、態度や雰囲気の感触は悪くなくて。
「他にも見てくるね」
それだけ言って本のジャングルへと踏み入れた。全方位に本棚があって、ジャンル別に棲み分けられている。手前から昔の小説、純文学、ライトノベル。そこから、難しそうな学問系になり、続いて自己啓発本などに。最後には大きく分厚い勉強のための本達が鎮座している。大学受験のための赤い鈍器レベルの本もあって。高校生になったらこれと向き合うのかと一抹の不安を覚えた。その前に高校受験もあるのだけど。
水無月くんは自己啓発本の所にいた。左手には二冊ほどの本を持ち、右手で取り出した本を確認している。
「良いの見つかった?」
「ああ。……悪い少し時間かかりそう」
「大丈夫ゆっくりして。私も買おうかなって思ってるんだけど、おすすめとかある?」
そう尋ねると真剣に考えだした。
「……あれはあんな感じだし。でもこっちなら、いやだめだな。うーん」
「そ、そんな考えなくても良いよー。好きだなっていうの教えて」
「じゃあ、この作品」
それはゲームのノベライズ作品で、それは私もプレイしていて好きなものだった。長く続いているシリーズで、壮大なファンタジーゲーム。特に神作とされている十の小説だった。
「えっ、これって小説あったんだ」
「これ好きなのか?」
表情の氷が割れて、純粋な子供っぽい姿が垣間見えた。
「めっちゃ好き。ストーリーと主人公が特に好き。クールだけど熱い感じとか」
「俺も主人公が一番好きだな。ストーリーが進むにつれてアカツキの良さが見えてくる感じも良いし、それに第一部序盤から第二部のラストに繋がる伏線とか、すごいなって思ったし。それに――」
初めてみたその無邪気に熱く語る姿に脳が不意をつかれた。でも、それは彼が普段見せない本質な気がして、また一つ印象が変化。どこかその主人公に似ていると思った。
「って言う感じで。本当に良いんだよな」
「ふふっ、相当好きなんだね」
「あ、ごめん。話しすぎた」
また氷の仮面が貼られてしまった。頬を赤らめているけれど。
「全然。もっと話してくれもいいよ。それに話を聞いてて、熱が再燃してきたから、買おうかな
「こっちにあるけど」
ライトノベルにジャンル分けされた所にその本があった。それを取ってから、私達はレジへ。
購入して入口に行くと、すでに買い終わっていた青葉さんが待っていた。
「じゃあ、次はぬいぐるみね」
「うん。行こ」
本屋の付近にエスカレーターがある。けれど私は、本屋の隣を指さした。
「あのさ、寄っていかない?」
友達とゲームセンターで遊ぶ。そんな妄想を叶えたいと思ってしまった。
「俺はいいけど」
「はぁ」
青葉さんは深くため息をついた。
「だ、駄目かな?」
ちょっと調子に乗ってしまっただろうか。
「駄目とは言ってないし。やるならさっさと行くわよ」
まるで後について来いと言わんばかりに、迷いなくゲームの筐体だらけの道を進んでいった。
ゲームセンターの中は音と色の洪水で、本屋とのギャップに溺れそうだった。
青葉さんについていくと迷わず、レースゲームの前に立ち止まった。
「これで勝負よ」
「え?」
私だけ指名されてしまう。
「ライバルとしてこういうのでも負けられないから」
「う、うん?」
やる気満々にゲームの運転席に乗り込む。私も飲み込めないまま流れに任せた。
「ライバル?」
水無月くんの疑問の声はゲーム音にかき消され、答えが返ってくることはなかった。
「さぁてぶっ飛ばしてやるんだから」
「そういうゲームじゃない……」
私を倒せるからなのか、単純に好きなのかわからないけれど楽しそう。
「え、俺はどうすれば」
「あんたは一人でやってて」
「ひでぇ……」
またしても彼の呟きはゲームに上書きされてしまった。
ゲーム画面ではキャラクター選択画面になり、ハンドルを回して選ぶ。私は赤い帽子の主人公で、青葉さんは亀の大王。ステージはかんたんと書かれたピンクのお城周辺を走るコースになった。
準備が終わりいよいよ始まる。
「……」
三から始まるカウントダウン。ペダルを踏んでレースが始まった。
「ぐ、ぐぬぬ」
「む、難しい」
白熱したレースかと思いきや、二人共あまり上手くなくて、壁に激突とコース外に脱線を繰り返して、まともに進まない。アイテムで加速や妨害をするのだけど、加速は意味をなさず、妨害も完全に足の引っ張り合いの様相を呈していた。
「お、終った……」
結果的に私の方が順位一つ高かった。けど、最下位争いに勝っただけで。喜びはなかった。
「むぅ。負けたし」
もう勝った負けたとかの気分じゃないけど、青葉さんは悔しそうにしていた。
運転席から降りて水無月くんを探すけど、姿がなかった。入り口に戻ると、クレーンゲームで遊んでいた。
「それ、可愛いね」
ガラスの中にあるのは、大きな白い狐と茶色の狸の座っているぬいぐるみが、五匹ずついた。その中で、一匹の狐が右端の穴のすぐ横にいた。
「まぁ」
きっとキュンとしているのだけど、表情は表には出さない。そういう面をもっと出せば魅力的だろうなと勝手に考えた。
「ちょっとやってみようかな」
簡単に取れそうな気がして百円を入れてクレーンを動かす。ちょうどぬいぐるみの真上ぐらいで、クレーンが開くとぬいぐるみの全身を掴むが、びっくりするくらい力が弱々しく、撫でるだけになった。
「えー? もう一回」
「止めたほうが……」
「なんか次行ける気がする」
私の完璧でパーフェクトな頭脳は、ぬいぐるみを手に入れる理想像を描き、すごいと褒められるところまで見えていた。
そうしてまた百円を入れて再挑戦。再び同じ位置まで持っていきイメージ通りに下に下ろすと、体を掴んだ。けれど、私のプランをあざ笑うようなクレーンアームは、一瞬体を宙に浮かせるだけで、そのまま離してしまう。落ちる反動も大したことなく、一ミリくらいしか動かなかった。。
「無理だー。これ、弱すぎじゃない?」
「まぁ、簡単に取られても困るだけだし」
冷静な指摘が入った。
「ですよね~」
「俺も前やったけど全然取れなくて。最終的に一万円なくなった」
「そ、それは大変だったね」
可哀想だけど、その光景を想像すると、和やかな気分になって悔しい気持ちも薄れた。
「なんか揺らせば落ちそうじゃない?」
「それは流石にまずいだろ……」
「あはは、冗談だよ。止めよっと」
クレーンゲームの誘惑から逃れた後、銃を用いたゲームで協力プレイしたり、太鼓
のリズムゲー厶で遊んだりした。
「そろそろ出よっか」
ゲームの世界から出ると、一気にその音量の差で、少し耳に音の残存すら感じる。
同じ道を逆に辿り一階まで戻った。
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