第3話 正体

「な、なんでここを」

「いや、違うよ? ストーキングしてたとかじゃなくてね? 一人になりたくてたまたま見つけてね?」


 私は彼女の方に近づいて誤解を解こうと試みる。そして六メートルくらいまで距離を詰めて立ち止まった。


「……」


 じっと見つめられる。疑っているのか怒っている感じだけど、童顔だからか威圧感はなくて。だけど、どこかあの日の光景と重なってしまい、全身が麻痺したように動けないでいた。


「別に疑っていないけど」


 ふっと視線が外れて、体の感覚が戻ってくる。


「それよりあんた、この花のこと知ってる?」

「う、うん」


 もしかしてあの記憶の正体がこの子の可能性も。


「そう。一応言っておくけど、あの記憶の元はあたしじゃないから」

「そ、そうだよね……」


 ちょっとした期待はへし折られた。


「あれがあたしだったらどれだけ良かったか……」

「え?」

「な、なんでもない! それよりも」


 良くわからない言葉の意味は聞くことができず話が進んでしまう。


「あたしは、あんたに宣戦布告するから」

「へ?」


 さらに理由の分からない発言に呆けた声が出てしまった。


「あいつはあんたのことが好きみたいだけど、気持ちを変えさせてやるんだから」

「ちょ、ちょっと待って全然ついていけないんだけど」


 突然、ファイティングポーズを取られましても、どうすればよいのか。

「ええと、なんで戦わないといけないの?」


 とりあえず最大の疑問から投げかけてみる。


「だから、あんたも見たでしょ、あれを」

「うん」

「それがあんたを好きだって言ってる。でもあたしはあいつのことが好き。だからよ」


 少しだけ状況が理解できてきた。てか、あれが本当でしかも好かれているとはっきりして嬉しい。けど、まだ納得はしきれてなくて。


「あの、私がその記憶の人を好きじゃないとバトルにならなくない?」


 言ってしまえば、勝手に好意を持たれて、それを知って勝手に敵意を持たれたということ。だから、私としてはとばっちりでしかなくて。

 あれ、何かすごいモテ女みたいなことになってないこれ。


「どーせ好きになるもん。あいつだし」


 少し不貞腐れたように言い捨てた。なんだろう、その不安は相当好きだから何だなって思え、いじらしくなって、身を引いた方がいい気さえしてくる。


「てか私、その人が誰なのかわかってないんだけど」


 不利になるし答えてくれるかもわからないけど聞いてみる。


「玲士」

「……うぇ?」

「水無月玲士よ」


 脳裏にありありと優しげで端正な顔が思い起こされた。クールで甘いマスクの彼は、誰も近づけさせないような孤高のオーラを持っているけど、密かに女子で人気だ。私には縁のない人だと思っていたのだけど。


「ま、まじ? というか何でわかるの?」


口角が上がりそうなのを抑えながら彼女を見据えた。


「あいつとは幼馴染だし。わかるのよ」


 青葉さんと水無月くん、そんな繋がりがあるなんて知らなかった。


「それで、やる気になった?」

「ま、まぁ」


 彼に好かれているのは嬉しいけど、まだ積極的にアタックするか決まっていなくて。青葉さんのテンションにはまだついていけそうになかった。


「ふん、負けないんだから」


 戦いの音を告げるように授業時間のチャイムが鳴った。


「やばっ、早く戻らなきゃ」

「昼休み、五組の前に来て」

「あ、うん」


 とりあえず私たちは会う約束を交わし、少し間隔を開けながら一緒に教室へ走った。

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