さみしがりやの宝石
佐倉 るる
第1話 ひとりぼっちがふたり
海の底にキラリとピンク色にかがやく宝石がありました。深い深い海の底は、色とりどりのサンゴや美しい魚、宝石の美しい歌声が響きわたり、暗い海の底を明るく照らしています。
宝石は人間の女の子のような見た目をしていました。ピンク色の髪をした美しくかわいい女の子。女の子は海の中で踊ります。イルカや魚とステップを踏み、海の中を優雅に泳ぎます。
ですが、宝石の女の子はとても退屈でした。イルカも魚もしゃべらないものですから、話し相手がいないのです。女の子は海の底から地上を見上げます。海の外には出られません。女の子は陽の光に弱かったのです。
でも、お日様が沈んだ夜、女の子は時々、海から顔を出して、地上を見つめます。
月に照らされて輝く真っ白な浜辺と、見たこともないような人工物。女の子にとって、地上は珍しいものでいっぱいでした。
女の子は歌います。海から顔を出して歌います。ステキな世界に感謝と祝福を込めて、歌うのです。
そして、ある日の夜のこと。
いつものように海から顔を出して歌っていた女の子は、浜辺に物陰を見ました。
人間の少女です。十一歳くらいでしょうか。長い髪を二つに結って、物悲しげな顔で海を見つめています。
女の子の胸がぎゅうっと痛くなりました。なんだか、あの少女が途方もないさみしさを抱えている気がして、自分と同じようにひとりぼっちなような気がしてならなかったのです。
女の子は声をかけようと思いました。ですが、声をかけられませんでした。なんて話しかけていいのかわからなかったのです。
女の子はただただ、人間の少女を見つめます。遠くから、音も立てずに見つめます。星の綺麗な夜でした。
それから毎晩、女の子は少女を見かけました。少女は毎日さみしそうな顔をして、海を見つめています。
何日こうしていたことでしょう。とうとう、女の子は少女に声をかけてみることにしました。
「あのぅ、こんばんは」
女の子は何故だか人間の言葉がわかりました。話しかけようとした時、スルスルと言葉が口から出てきたのです。
宝石の女の子を見た少女は、驚いた顔をして、一歩後ろに後退りしました。目を見開いて宝石の女の子をじっと見つめます。
「驚かせてしまってごめんなさい。ただ、貴女、毎日この場所にいるでしょう……? だから、その……。おしゃべりしたくて」
女の子は手をモジモジさせて、うつむきます。なにせ、人間と話したのは初めてです。緊張していました。
「キミ……、とてもキラキラとしてキレイなのね……。一体どうなっているのかしら? キミは一体誰なの?」
人間の少女は不思議そうに女の子の顔を覗き込みます。女の子は人間の姿をしていると言っても、やはり宝石です。人間とは違います。髪や洋服に、美しく輝くピンクの宝石が散りばめられているのです。
「えっと……私は……」
私は、なんなのでしょうか。
女の子はわからなくなりました。人間でも、純正の宝石でもない。名前も住所も身を証明するものもない。
女の子は自分が何者なのかわからなくて、心許なくなりました。
「わかった! キミは海の精ね!」
少女はポンっと両手を合わせ、にっこり笑いました。
「海の……精?」
「そう! 海の妖精ってこと。……あれ、違うの?」
少女が首を傾げます。助かった、と女の子は思いました。女の子は自分が何者かわからないものですから、とりあえず、この場は頷くことにしたのです。
「やっぱり、そうなのね!私の願いを叶えるために出てきてくれたのでしょう?」
「願い……?」
「ええ! 私ね、学校がすごく嫌いなの。親友のマイちゃんが違うクラスになってしまったせいで、ひとりぼっちになってしまったの。学校に行っても全く楽しくないの。それなのに、マイちゃんは新しい友達を作って、毎日楽しそうで……。なんだか、すごく惨めな気分」
少女の足元にほんの少し、砂が舞いました。少女が砂を小さく蹴ったのです。
「貴女は、さみしいの?」
女の子は問いかけました。少女はうつむきながら答えます。
「……うん。さみしい。マイちゃんに私よりも仲良しな友達ができたのもさみしいし、クラスでひとりぼっちなのもさみしい……」
少女はもう一度砂を蹴ると、宝石の女の子に向き合いました。目の奥がキラリと光ったような気がしました。
「ねぇ、海の妖精さん。私の願いを叶えてくれるんでしょう?そのために、出てきてくれたんでしょう?」
女の子は首を振ります。少女のさみしさがどれだけのものか、痛いほどよくわかります。ひとりぼっちというのはとても心細くて、苦しいのを知っていました。ですから、女の子は少女の力になってあげたいと、心から思います。ですけれど、女の子はただの宝石です。願いを叶えることなどできません。
「願い事、叶えられないの?」
「それは、できないの……。ごめんなさい。だけど、落ち込まないで。私が貴女の友達になることはできるわ。そうすれば、貴女はもうひとりぼっちじゃないでしょう?」
女の子は口に出してから、これは名案だ、と思いました。女の子と少女が友達になれば、二人ともひとりぼっちではなくなります。もうさみしさを感じなくてすむのです。
「じゃあ、妖精さんが私の学校に来てくれるってこと?」
「ごめんなさい……。学校にも行けないの……。私は海から離れることができないから……」
女の子の声はどんどんと萎んでいきます。少女の顔からも笑顔がどんどんと消えて行きます。二人とも黙ってしまいました。やわらかな波の音だけが耳に届きます。
そこに、女の子の頭にさらに妙案が降りてきたのです。
「そうだ!一緒に海に行けばいいのよ!」
「海に?」
「ええ!海はとてもいいところよ。広くて、涼しくて、綺麗なお魚と優しいイルカ、それに、学校に行かなくていいの!ずっと、私と一緒にいたらいいんだわ!」
「それはとっても素敵に聞こえるけれど、でも、私は泳げないの。それでも海に行けるかな?」
少女は不安げに頭を下げました。
「大丈夫!私が手を引っ張っていくわ。そうしたら、絶対にはぐれないし、泳げないことも問題ないと思うの」
女の子は明朗に笑うと、少女に左手を差し出します。少女はおずおずと、女の子の左手に右手を重ねました。
「それじゃあ、行こう!」
女の子と少女はザブザブと大きな音を立てて、海の中に入っていくのでした。
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