【51】フォーストン家
シグには申し訳ないが、宿で『固定』をかけたままでいてもらう。本人もそうした方がいいと頷くのだから。
ギルドの門をくぐり、小さく息をつく。
「二人とも、付き合わせて悪いな」
両横を付いてくるユズリアとユーニャに声をかける。一人で解決しようと思っていたのに、結局この始末だ。
「何を言いますか。本来であれば、私がしなければならないことなのです」
やけに凛として見えるユーニャ。成長したな、と思いつつもやはり罪悪感はある。
後輩一人、自らの手で助けてやれなくて、何が元S級冒険者だ。名折れもいいところだ。
「そうよ、本当ロアは一人で背負い過ぎなのよ。何のために私たちがいるのか考えてよね!」
散々助けてもらったユズリアに言われては、返す言葉も無い。
「じゃあ、二人ともありがとうだ……」
二人は満足げに笑みを零す。最初から、そう言っておけばよかったのか。
「じゃあ、行くぞ」
ノックをすることもなく、ギルド長室のドアを開ける。そいつは奥の椅子でふんぞり返り、優雅に菓子を貪っていた。
俺と目が合うや否や、そのだらしない身体を大きく弾ませ、椅子が大きな軋み音を立てる。
「く、釘づけ!? な、なぜ、ここに……!」
分かりやすく狼狽える豚だなぁ。あれ、河馬だったか……。まあ、どちらでもいい。
「なぜって、そりゃ、シグが俺の暗殺に失敗したからですよ」
ぎりっとギルド長は苦悶を滲ませる。
この男はコネと汚いことでのし上がって来た人間だ。だから、S級冒険者がどんなものか知らないのだ。
シグは確かにS級に近い実力の持ち主。大層な実力者相手でも、今まで暗殺を失敗したことは無かったのだろう。しかし、それでも俺やユズリア、ユーニャにすら及ばない。S級冒険者に奇襲が成功することはほとんどあり得ないのだから。
実力勝負になれば、S級の右に出る者はS級しかいない。
『消滅』を使わされかけた俺が言うのも何だけど。
「ぐぎぎっ……あいつはもう生かしておけん……!」
どうやらギルド長は俺らがここにいることよりも、シグにご立腹らしい。本当、とことん甘いというか、運が良くて今まで生きてこられたのだとよく分かる。
暗殺に失敗したうえに、そのターゲットが目の前にいるのに、どうしてこうも危機感が無いのか。
椅子とギルド長の身体を『固定』。机と腕を『固定』。
「な、何をする……!」
こんな馬鹿にいい加減付き合いきれない。
「ユーニャ、悪いんだが……」
彼女を一瞥すると、なぜかにっこりといつも通りの明るい笑みを返してくれた。
「大丈夫です。『洗脳』ですよね」
「すまないな。本当はこんなことやらせたくなかったんだが」
ユーニャは肩を竦ませ、俺を見上げる。
「先ほどもユズリアさんが言ったではありませんか。一人で背負うのはやめましょう。私だって、S級冒険者です。これくらいの荒事、なんとも思っていません。父も許してくれるでしょう」
「そうか……」
これから、俺とユーニャは人道に反したことをする。ユーニャの『洗脳』でこの男を真人間に無理矢理改心させ、俺がそれを永遠に『固定』する。
出来ることなら、やりたくはない。何より、ユーニャにそんな経験はさせたくない。
だから、本当の最終手段のつもりだった。しかし、この男がここまで堕ちてしまっているのなら、もうやるしかない。
「お、おい……! いいのか!? この部屋は魔道具で監視されとる! お前ら、犯罪者にでもなるつもりか!?」
「じょ――」
「上等です!」
何故か、俺より先にユーニャが揚々と告げた。それを見て、俺もようやく苦笑いがこみ上げる。
「俺たちを捕まえようってんなら、無理な話だ。なんせ、俺たちが帰る場所はS級冒険者が何人もいる。その全員を相手にする覚悟があるのなら、追ってきてもいいぞ?」
「な、なんだと!? そんな場所存在するわけないだろ!」
存在しちゃってるんだよなぁ……。不本意ながら。
しかし、これでユーニャも聖域に連れて行くのがほとんど確定してしまった。彼女はそれでいいのだろうか。
ちらっと彼女を見ると、力強く頷いてくれた。だから、俺も覚悟を決めるとしよう。
「じゃあ、これで終わりにしよう」
俺の合図でユーニャの杖が輝きを放ち始める。
「ねえ、ちょっといいかしら」
その時、ずっと静かに見守っていたユズリアが不意に口を開いた。
「どうした……? やっぱり、許せないか?」
「いやいや、そうじゃなくてね。私だって、出来ることならユーニャちゃんにそんなことをさせたくないの」
そう言い、彼女は一歩前に躍り出る。
「グロリエット家長男の成人を祝うパーティー以来でしょうか、ユグノイドギルド長」
この男、そんな名前だったのか……。
ユズリアはまるで絢爛なドレスを見せるように冒険者服の裾を軽くつまみ、お辞儀をする。その所作はまさに可憐。慣れ親しんだ軽やかな動作だ。
「な、なんだ……貴様!」
「あら、私のことをお忘れとは悲しいことです。とはいえ、十年ほど前のことですので、致し方ありませんね。あなたは招待客の中でも貴族では無かったですし」
ギルド長はユズリアをまじまじと見つめ、必死に思いだそうとしているようだった。
短い沈黙をユズリアがため息と共に破る。
「それでは今一度、ご挨拶をさせていただきます。私、ユズリア・フォーストンと申します。以後、お見知り置きを」
彼女はその後に続けて、「以後なんて無いですけど」と付け加えた。
その名を聞いた瞬間、ギルド長の顔が一気に青ざめる。血の気の引いた青い唇を小刻みに震わせ、茫然とユズリアを見遣る。
「フォ、フォーストン家だと……」
ユズリアはさらに一歩ギルド長へと詰め寄る。その右手は腰の細剣の柄に触れていた。
「彼らは私の大切な者たちです。……私が何を言いたいのかお分かりですね?」
先ほどまでの優美な良い振る舞いとは一変、彼女の言葉に静かな力が籠る。
「あ、あぁ……。そ、そんな馬鹿な……」
ギルド長の顔が絶望の二文字に塗れる。
それもそのはずだ。ユズリアは俺とユーニャをフォーストン家の大切な者と定義した。つまり、俺たちに手をかけたことは、フォーストン家に仇を為したのと同義だ。
貴族に手を出した者の末路は語るまでも無いだろう。
「此度の無礼、私の旦那に免じて打ち首は許してあげましょう。しかし、もう二度と日の目を浴びることが出来るとは思わないことですね」
……ん? 何だか、不穏な単語が。
「なぜだ……。なぜ、こんなことに……」
もう、俺とユーニャに出来そうなことは無かった。『固定』を解いてみても、ギルド長はぴくりとも動かない。ただ、茫然と虚ろな瞳でユズリアを見上げるのみだ。
そっと、ユズリアが踵を返す。そして、俺とユーニャを見て険しい表情を緩めた。
「行きましょう。後は私の家に任せて」
ユズリアの後を追うようにギルド長室を出た。その瞬間、張り詰めていた肩の力が勝手に抜けて、思わず大きな息が漏れる。
「良かったのか?」
ユズリアは不思議そうに首を傾げる。
「何が?」
「いや、だから、家の名前まで出して後始末みたいなことさせちゃって」
「水臭いわね、使えるものは使わないと錆びてしまうのよ。それにこんな大きなギルドのトップが汚職まみれの犯罪者なんて知って、フォーストン家として何もしないのは一家の恥なんだから」
なんだかんだ、彼女もやはり貴族なのだ。いつも横にいるからつい忘れそうになってしまう。
「ユズリアさん、ありがとうございました。これで正式にギルド長が裁かれて、お父さんも少しは報われるでしょう」
「ふふっ、気にしないで。ユーニャちゃんはもう私たち家族の一員なんだから」
ユズリアがユーニャの頭を撫でる。こうして見ると、姉妹のようだ。
何だか色々あったけど、二人が笑顔のまま全てを終えることが出来て良かった。俺、ほとんど何もしてないけど。
「よし、帰るか! 俺たちの居場所に!」
「ええ、早くロアといちゃいちゃしたくて限界よ! 最速で帰りましょう!」
「そんな予定無いが……? それより、ユーニャはどうする?」
ユーニャは俺とユズリアを見上げ、嫣然とした笑みを浮かべた。
「もちろん、付いていきますよ! お父さんも絶対に逃がすなよと言っていましたし」
まて、なぜそこで俺を見る。
何にせよ、パンプフォールでの目的は達成した。さっさと帰って、今度こそ正真正銘スローライフに勤しむのだ。
「あっ……!」
ユーニャが急に声を上げる。
「どうした……何か問題があるのか?」
「そうではなくて、シグさんの奴隷契約はギルド長しか解けないんじゃ……」
なるほど、その心配だったか。
「それなら、問題はないさ」
ユズリアが隣で頷くが、ユーニャは首を傾げたままだ。
「ウチには優秀な妹がいるからな」
その優秀な妹が痺れを切らしていないかが、むしろ俺は心配だ。
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