ルインズ大迷宮地下七百五十.五層「モール街」。

 魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス達はその後も度々モール達のアルバイトを引き受けながら迷宮を進み、遂に地下七百五十層に到達した。

 現地のモールコンサーバター・リーダーからモール達の集落の入り口に関する情報を得た無縫達は、魔物を討伐しつつ入り口を目指し……そして、遂に人一人がやっと通れそうな小さな横穴を発見する。


「地下へと続いているわね。……ここが、迷宮地下七百五十.五層。モール街の入り口ね」


 ここまでモール達と共に汗を流し、すっかり肉体労働にも嫌悪を示さなくなった魔法少女プリンセス・カレントディーヴァが「さあ! 行きましょう!!」と先導してどんどん先へと進んで行く。

 穴の先には階段が続いていた。しかし、迷宮の階層を移動する時に使用する階段のようなしっかりとした作りではなく、人一人がやっと通れる程度の幅の狭い階段だ。


 穴は迷宮外の方へと続いている。薄暗い手彫りの洞窟の壁には蝋燭が建てられてメラメラと燃えて周囲を照らしており、モール達の持つ高い文明が窺える。

 しばらくすると、広い空間が無縫達の目の前に現れた。


『もっふもふふも!!』


「モール街へようこそ! って言っています」


 いくつものモールサイズの家が立ち並び、メインストリートにはいくつもの商店が立ち並んでいる。魔物肉を利用した料理を売る屋台や武器や工具を販売する店もあるようで、客と思われるモール達がワイワイしながら買い物をしている姿が視界に映った。――可愛い。


『もっふふふふもっふ!』


「えっ……? と? 内藤さん、どうやらモール達の顔役が我々を呼んでいるようです」


「それは好都合ですね。こちらもお話ししたいことがありましたし」


「……でも、こんなに大人数で訪問すべきかしら? 代表者が二、三人行けば大丈夫だと私は思うのだけど……」


 働き過ぎてお腹が空いているのか料理に視線を向けている魔法少女プリンセス・カレントディーヴァと武器屋の旗に目が釘付けになっているドルグエスに視線を向けながら、フィーネリアが意見を口にする。


「まあ、確かにそうですね。俺と内藤さんの二人で大丈夫そうな案件ですし、みなさんは先にお買い物などを済ませておいてください。……フィーネリアさん、子守りをお願いしますね」


「だァれェがァ! 子供よ!!」


 魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスと龍吾はモールの案内で顔役の元へと向かうことになり、魔法少女プリンセス・カレントディーヴァ、紬、リリス、フィーネリアのグループと廉、遊大、ドルグエスのチームに分かれることとなった。

 男女別行動かというと決してそういう訳ではなく、ガラウスはさっさと宿屋らしき建物に向かって歩いていき、ジェスチャーで意思を伝えて宝石を手渡して部屋を借り、中で動画の編集を始めている。……彼は何のために来たのだろうか?



 モールの顔役の家は地下七百五十一層に程近い場所にあった。

 モールの案内役に案内されるまま豪華な石造の建物の中に入ると、白い髭を生やしたモールが出迎えてくれた。どうやら、彼がモール達の顔役らしい。


 種族はモールコンサーバター・リーダーだ。しかし、全体を統率する立場になってから力仕事はしていないらしい。

 年老いて身体能力が落ちた分、経験値は豊富である。そのため、長老やご意見板として活躍しているらしい。


『遠路遥々ようこそいらっしゃった、外の世界のお二人』


「……無縫君、彼はもしかして」


「えぇ、どうやら【言語理解】のスキルをお持ちのようですね」


『私はモール族の族長を務めるグルーストと申す者。まずは、感謝を述べさせてもらいたい。我々は迷宮の保全を使命として掲げる魔物だ。しかし、待てど暮らせど挑戦者は現れない。稀に現れても命を落として肉塊に成り果てている場合がほとんどだ』


「……まあ、あの高さから落下すれば当たりどころが悪くなくても死にますし、仮に生き残っても強い魔物がうじゃうじゃ湧きています。結局、七百層まで到達できるような強き者だけが生き残れる魔窟ですからね。それに見合う実力者がこれまで現れなかったのでしょう」


『それに、我々の前線作業部隊の仕事に協力してくださったと聞く。我々を敵だと判断しても致し方ないというのに、不倶戴天の敵である筈の我ら魔物に力を貸してくれたこと、本当に感謝する』


「魔物だから、魔族だから、人間だからと……そういう外見で判断するのは浅はかな愚か者だけです。人間にだって醜い部分はある。俺はあくまで公平に物事を見ているだけですから」


「ところで……グルースト殿にご相談したいことが。まだ方々との交渉は進めていないのですが、我々の世界に来て頂くことはできないでしょうか?」


『我々の世界……ですか?』


「我々はこことは別の世界より参りました。この世界よりも発展した科学技術を持つ国ではありますが……いえ、だからこそ我々にも悩ましい問題があるのです。トンネルに高速道路、水道等のインフラ……そうした、我々の生活の利便性を保証する部分が同時に大きな負担にもなっています。こういう大きな事業はほとんど同時に行われるものです。高度経済成長期に爆発的に整備されたものは、各地のインフラの同時多発的な経年劣化という名の負債と化して襲い掛かってきました。その波は乗り切りましたが……しかし、次はどうなるか分からない。時代の変化によって土木工事を志す若者は減り……それどころか、若者そのものが減って少子高齢化が進んでいます。勿論、我々も幾多の方法を考えて実行してきました。……しかし、それだけでは足りないかもしれません。そこで、皆様のお力をお貸し頂きたいのです。皆様の技術で我が国の、大日本皇国のインフラを守って頂きたい! 勿論、そのための対価は惜しむつもりはありません。どうか、ご検討を――」


『ふむ……なるほど。お話はよく分かった。つまり、大規模な移住ということだな。……残念ながら私の一存では決められない。村の者達と話し合ってからの回答でも良いか?』


「えぇ、勿論。こちらも関係省庁にお話を持っていき、相談致しますね」


 龍吾の提案も断られることはなく、相談の段階までは到達できたので一先ず安堵の表情を浮かべる魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスと龍吾。……しかし、わざわざグルーストが魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカス達のことを呼び出したという時点で挨拶とお礼以外の目的がない、なんてことはなく。


『実は一つお願いがある。お礼もそうだが、そのためにお主達を呼んだのだ。……ここから更に進んだ先に巨大な扉がある。我々は迷宮の保全をする魔物、当然その先も保全すべく小さな隊を派遣したのだが……彼らはその先から戻ってこなかった。ずっと諦めていたのだが……お主達ならもしかしたらその先にも到達できるかもしれない。どうか力を貸してくれないだろうか?』


 グルーストの願いとは、これから派遣される八百層を目指すモール達の一団を護衛するというものだった。


「……しかし、モールの皆様は七百層クラスでも対応できる強さです。それほどの強さで勝てない魔物など……」


「あー……アレですね、恐らく。デモニック・ネメシス、あるいはアイツに相当する強さを持つ敵。だったら流石にモールさん達でも勝ち目はないです。でも、俺達も先を目指さなければならない理由はありますし、目的は一致しています。内藤さん、どうします?」


「無縫君達の負担は増えますが……これは受けた方が良さそうですね」


「まあ、そうですよね」


 今回のモール達の依頼を無事に成功させれば龍吾側の要求も通りやすくなる筈だ。


「了解しました。護衛の依頼、謹んでお受け致します」


『辱い』


 龍吾とグルーストは熱い握手を交わした。そして、打算と厚意、様々な感情が入り混じるモール護衛任務が幕を開ける。



「あら? 思った以上に時間掛かったわね!」


 グルートスと別れて大通りに戻ると、牛鬼の大殺戮魔ミノタウロス・ターミネーターの串焼きを頬張る魔法少女プリンセス・カレントディーヴァの姿があった。

 ちなみに他の女性陣も思い思いに屋台を堪能しているようである。


「こういう美味しい串焼きを食べるとアルコールが飲みたくなってくるわね。日本酒が飲みたくなってくるわ!」


「……たく、言うと思ったぜ。ほいよ、龍神丸だ。なんだったか? 二千五年くらいにある漫画で大ブームを巻き起こした日本酒で、一時はなかなか手に入らない『幻のお酒』とまで言われていたみたいだ」


「あら? 貴方にしては珍しく気が効くじゃない」


「……一言余計だよ」


 魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスから龍神丸の瓶を受け取った魔法少女プリンセス・カレントディーヴァは変身を解いて茉莉華の姿に戻るとぐい呑みに注いでグイッと一気に飲んだ。

 憧れのアイドルがお酒を飲んでいる姿が解釈違いだったのか、フィーネリアがショックを受け過ぎて再起不能に陥っている。


「……ほどほどにな。まあ、今日はここで一泊だが」


「まあ、流石にそろそろ夜だし妥当な判断ね」


「その分、明日はペースを上げるけどな。後二百五十層程度だし、明日には迷宮を走破したい」


「……無縫君、それは流石に早過ぎじゃないかしら?」


「いや、大体それくらいの攻略スピードが標準だと思うぞ?」


 予想以上のハードな攻略スケジュールに吸魂木サックームのオイルドレッシングサラダを食べていたフィーネリアが顔を引き攣らせる。

 しかし、既にリリスは感覚が麻痺しているようで不思議そうに首を傾げた。


「明日の攻略ですが、モールさん達の護衛をして下層を目指すことになりました。彼らも八百層より下に向かいたいようですが、ボスの間を突破できずに苦戦しているようです」


「……そうね。当然、迷宮の最奥を目指すならボス戦も見据えないといけないわね。今日はゆっくり休んで明日に備えようかしら? ……ここだとお風呂に入れないし、肉料理が多くて私にはあまり合わないわ。一旦、元の世界に戻してもらえないかしら?」


「勿論です。……ついでに、他の方の希望も聞いてみましょうか?」


 その後、フィーネリアとガラウスの二人が元の世界への一時帰還を希望し、魔法少女ラピスラズリ=フィロソフィカスの空間魔法で戻ることになった。

 ちなみに、ガラウスは迷宮に居ても宇宙人狼をやっていて完全にお荷物なので明日以降の迷宮挑戦には参加しないことが決まっている。本人も了承したので問題はない。……一体何故、彼は参加を表明したのだろうか?


 ちなみに茉莉華は帰還を希望しなかった。人気アイドルで仕事がバンバン入っているんじゃないかと龍吾が不安になって尋ねたが、どうやら長期間のツアーを終えて現在は小休暇の時期らしい。

 他のメンバーも思い思いの休暇を過ごしているそうだが……迷宮での力仕事に、汚れ仕事……本当にそれで休暇になっているのか、甚だ疑問である。

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