でも、ステータスが低過ぎるからといってプレートの異常を疑って右斜め四十五度からチョップを食らわせてみたりするのは異世界あるあるじゃないと思うんだよ。

 クラスメイト達の半数のステータスを見終えたところで、遂にガルフォールが無縫の元へとやってきた。

 今まで規格外のステータスばかり確認してきたガルフォールはこの上なく上機嫌だ。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。


 そんな中で無縫のステータスを見ればどのような反応を示すかは想像に難くないが、無縫にガルフォールを慮る気持ちは欠片もないようである。まあ、慮る気持ちがあったところでステータスが変化する訳でもないのだが……。


 無縫のステータスプレートを確認したガルフォールが笑顔のまま固まる。プレートをコツコツ叩いたり、光に翳したり、右斜め四十五度からチョップを食らわせてみたり、投げ込む前に一度右手をダラリと降ろして制止し、左足を上げてリズムを取りつつ投げるという某国内外で活躍した元メジャーリーガーや某商会所属の商人で邪神を狂信して叛逆の竜を従えた男を彷彿とさせる二段階投法で壁に向かってステータスプレートを投げつけてみるなどしてみたが、ステータスプレートには傷一つ無く、ステータスプレートに書かれた文字も変化しなかった。


「……何と言えばいいんだ? まず、天職に関してはさっぱりだ。召喚されたお前達が共通で保有する言語理解ともう一つっていう最初の組み合わせだな。……見たことがないが、生産系……非戦闘系天職に区分されるんだろう? で、珈琲師って何なんだ? ってか、そもそも珈琲って何なんだ?」


「……この世界、もしかして珈琲がないんですか? 珈琲とは珈琲豆と呼ばれるコーヒーノキの種子を焙煎して砕いた粉末から、湯または水で成分を抽出した飲料です。地球上の赤道を中心として、北回帰線と南回帰線との間の地域――所謂、コーヒーベルトと呼ばれる地域で生産されています。珈琲がいつ頃から人間に利用されていたかは諸説ありますが、エチオピアが珈琲の原産地とする説は最も有力ですね。自生するコーヒーノキも多いみたいですし。最初は一部のイスラームの修道者だけが用いる宗教的な秘薬であり、生の葉や豆を煮出した汁が用いられていましたが、焙煎によって嗜好品としての特長を備えると一般民衆にも広まって現在に至るという感じですね。ちなみに、実の部分はコーヒーチェリーと呼ばれて甘酸っぱい果実として食用にもできますが、可食部が少ないことから市場には出回りません。豆そのものの種類や焙煎の仕方、淹れ方などによって全く味が変わるのも特徴と言えるかもしれません。多くは苦い、渋い、酸っぱい、そうした味の区分に属しますが、まろやかさや芳醇な深みを感じるものもあります。ちなみに、某ハードボイルドな元弁護士の検事さんみたく、俺も苦く深い味わいの珈琲が好みです。ああ、そうそう。最大の特徴はカフェインと呼ばれるアルカロイドの一種で、プリン環を持ったキサンチンと類似した構造を持った有機化合物が入っていることかもしれません。まあ、これに関しては紅茶にも含まれていますが、生憎俺は紅茶が嫌いなので紅茶に関する詳細はそこの似非英国紳士気取りにお願いするとしましょう」


「……似非英国紳士気取りとは酷い言いようじゃないか。僕は心の底から紅茶と甘いお菓子を愛する生粋の日本皇国民だよ。まあ、紅茶……というより、お茶にも珈琲に負けない魅力はある。緑茶、抹茶、ウーロン茶、紅茶……どれも同じツバキ科ツバキ属の常緑樹であるチャノキの葉から作られる。そもそも、我が国が世界に誇る文化の一つがお茶なのは無縫君、君も承知していることだろう? ならば、もっと君もお茶を飲むべきではないだろうか?」


「……だったら、発酵せずにそのまま飲むのが良いのでは? 大体、お茶文化っていうのは紅茶文化ではなく、半発酵のウーロン茶文化でもなく抹茶や緑茶を嗜む文化だ。……そこをはき違えては困る。……というか、あんなもの渋いだけだろ?」


「それを言うなら珈琲だって泥水みたいな味じゃないか。それに、象や猫の排泄物を高級品として珍重する文化も僕には理解できないんだよね」


「……いい度胸だ。闇よりもなお深い漆黒の、地獄よりも熱く苦い珈琲を片手に華麗に引導を叩きつけてやる!」


「ならば、こちらもお望み通り紅茶フル充填の門松型のネルソン砲とロドニー砲で蜂の巣にしてやろう!」


「待て待て待て待て! おいおい、無縫殿! 波菜殿! お前達落ち着けよ! なんか方々に売っちゃいけない喧嘩を売っているような気がするし、一旦落ち着け! まあ、紅茶の方はこの国だと貴族が嗜むものとして知られているが、珈琲についてはやっぱり分からん。……一応、固有系天職には分類されるんだろう。神はこの世界に珈琲を広めるために無縫殿を召喚したのか? まあ、神の意思など俺には到底分かるものじゃない」


「結局、世界にただ一人しかいない天職でも非戦闘系じゃ意味ないじゃねぇのか? それとも、ステータスが高いのか? ちょいっと俺に見せてくれよ! っておいおい、一般人以下のクソ雑魚蛞蝓かよ! 本当に俺達と同じ召喚勇者でちゅか?」


「ずぇはははッ! いやいや、これすぐ死ぬだろ。肉壁にもならねぇよ!」


「るぁはははッ! なんだこれ、その辺の子供より弱いとかまであるだろ」


 猟平が無縫と肩を組みながらウザ絡みをしつつステータスプレートを覗き込む。そして、大笑いをしながら無縫に断りなく投げ渡し内容を見た取り巻きーズの海介と渉琉が囃し立てつつ罵詈雑言を浴びせ掛ける。

 強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物達らしい何の捻りもないストレートな弱い者イジメの構図だ。……まあ、虐められている当の本人は歩く厄災に例えられることもある前科持ちの化け物なのだが。事実、美雪や花凛といった良識ある面々は不快げに眉をひそめている。


 一方、クラスの中で最も人格者であると讃えられる春翔は無反応・無関心を貫いていた。

当の本人は「まあ、所詮は司法を腐らせる大悪党のサラブレッド、獅子王の人間。あの悍ましい血を引いているのに真面な人間の心がある訳がない。期待するだけ無駄なのだよ。というか、同じ人間という括りに入れられるのも心外だよ」と冷ややかな感想を抱いていたが。

 なお、これだけ誹謗中傷や冷笑の的になっている無縫だが、当の本人は「こいつら、某海賊漫画に出てくる登場人物達みたいな特徴的な笑い方するな」くらいの感想しか抱いていなかったりする。ちなみにしばらくは惰性で読んでいたが、最終章に入って真剣に読み始めたタイプの読者である。


 次々と笑い出す生徒に遂に堪忍袋の尾がぷっつーんと切れた美雪が憤然と動き出す。しかし、その前に怒りの声を発する人がいた。

 あまりにも迫力のない怒りの表情を見せたのは燈里だ。


「こらぁ! 無縫君に返しなさい!! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ! ぜ・っ・た・い・に・ゆ・る・し・ま・せ・ん!! 早くそのプレートを返しなさい!」


「……どこぞの忘却の鐘の鳴る街にいる白魔導師さんかな?」


 「ぜ・っ・た・い・に・い・や」という空耳が聞こえた無縫が呟く。しかし、悲しい哉。必死な燈里の耳に無縫の声は届いていないようだ。


「無縫君、気にすることなんてありませんよ! 私だって多分? 非戦闘系? の天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。無縫君だけじゃありません、少なくともここに一人仲間がいますから!」


 そう言いつつ、燈里が無縫に自分のステータスプレートを見せた。


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時風燈里 LEVEL1

種族:人間、性別:女、年齢:46歳

天職:農耕師、天██女█

筋力STR:10

体力CON:3

敏捷DEX:10

耐久DEF:5

魔力MPWR:666

魔耐RES:16

幸運LUK:25

技能アビリティ:自動土壌耕作・土壌操作・水田生成・成長促進・自動収穫・植物遺伝子改良・植物系統鑑定・肥料創造・発酵操作・土壌生物活性・範囲温度操作・農場守護結界・天候操作・地殻変動・言語理解

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 そのステータスプレートを見た瞬間、目にピリっという感覚を無縫は味わった。


「……ど、どうしたんですか? 無縫君」


「いえ、ちょっと眩暈が。……時風先生、天職に文字化けがありませんでした? それに、天候操作という文字が……」


「そんな訳ないですよ。天候なんて操れる力がある訳ないじゃないですか」


 その時、燈里から普段の幼さというか、可愛らしさが立ち消え、黒々とした双眸が僅かだが青白く輝いたのを無縫の視線は捉えていた。

 そんなことを知って知らずか、燈里は無邪気な笑顔で「もっとよく見てください!」とステータスプレートを前に突き出す。


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時風燈里 LEVEL1

種族:人間、性別:女、年齢:46歳

天職:農耕師

筋力STR:10

体力CON:3

敏捷DEX:10

耐久DEF:5

魔力MPWR:666

魔耐RES:16

幸運LUK:25

技能アビリティ:自動土壌耕作・土壌操作・水田生成・成長促進・自動収穫・植物遺伝子改良・植物系統鑑定・肥料創造・発酵操作・土壌生物活性・範囲温度操作・農場守護結界・言語理解

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 先程見えていたものが見間違いだったのかと思うくらい、天候操作の文字も文字化けも綺麗さっぱり無くなっていた。


「文字化けってのが何だか知らないが、ステータスプレートの表記がおかしくなるなんてこと聞いたことがない。疲れと心の疲労で見間違ったんだろう」


 ガルフォールの言葉と無縫自身がステータスを隠蔽に関わっていることもあって、無縫はあっさりと「見間違いでした」と引き下がった。

 しかし、ここで以前から・・・・燈里に対して不信感を抱いていた無縫は確信を得て燈里の動向を注視していくことになる。


「そういえば、さっきびっくりしましたが先生って四十六歳なんですね。就職氷河期経験者でしたか。見た目が子供にしか見えないので、もっと若いと思っていました。……具体的に言うと二十五歳くらい?」


「もう! 女性レディに年齢の話をするなんてマナー違反ですよ!!」

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