6-6.甘えん坊さん

「ボク……の女神さまぁ……」


 声変わり前の高く澄んだ少年の甘える声が、男性陣たちの耳に飛び込んでくる。


「もう、ガベルちゃんってば、甘えん坊さんなんだから」

「え? 甘えちゃ……ダメ?」

「いいのですよ。ガベルちゃん、遠慮なんかしないで、もっと、もっとわたくしに甘えてくださいな!」

「やったぁ!」

「ふふふ。かわいい」


 小柄で華奢な少年が、椅子に座っている女神様のお膝の上で抱かれている。

 ふたりは……とても楽しそうだった。


「ちょ、ちょっと! ガベル! なにしているんだ!」


 サウンドブロックが悲鳴をあげる。

 怖くて、怖くて、美青年様の方を直視できない。

 今すぐ、あのベタベタをやめさせないといけない。


 決して、「甘えるのなら、俺に甘えろ!」などと思っているわけではない。


「ボクの女神様! サウンドブロックが怖いよ――」


(違う! 怖いのは美青年様だ!)


「まあ! 大丈夫ですよ。お兄さまはしっかりと下僕を管理されていますから、わたくしのガベルちゃんに危害が及ぶことはありません。安心して、たっぷりと、甘えてくださいね」

「は――い! ボクの女神様、大好き!」

「ふふふん」


 幼さが残る口元。ぱっちりとした大きな瞳は愛くるしい。

 瞳の色と同じ明るい茶色の髪は少しくせっ毛なのか、ゆるやかなウェーブを描き、襟足部分がくるりんと跳ね返っているのが微笑ましかった。

 つややかな肌はまだ青白いが、女神様の温もりに触れて、ゆっくりと生気が戻りつつある。


 ガベルだった人型は、純白の長袖シャツに、膝上丈の黒のパンツを同色のサスペンダーで留めている。ジャケットではなく、黒のベストを着ている。

 首元には黒いリボンタイ。

 白いハイソックスに、ピカピカと輝きを放つ黒の革靴をはいている。


 服装は……ミナライくんのものとよく似ているのだが、顔は……女神様に似ているともいえなくもない。

 髪色と瞳の色は違うが、こうして抱き合っていると、仲の良い兄弟がじゃれあっているようであった。


「美しい……なんて、美しい光景なんだ。まるで、慈母のような微笑み。眷属を優しく包み込み、弱った眷属を親身になって介抱する姿は正しく、ナイチンゲール!」


 美青年様がうっとりとした表情で、女神様を眺めている。


(え? いいんだ? ガベルが女神様にベタベタしてても、美青年様は許せるんだ……)


 さすが、俺のガベルは存在そのものが違う、とサウンドブロックは感心する。

 そして、イチャイチャしているふたりに嫉妬した自分を恥じた。


「だが、あの増長した木槌は目障りだ。即刻、消し炭に……」


(え……!)


「わ――っ! 美青年様! 落ち着いてください! 御羽根まで使用して回復したのに、美青年様がトドメを刺して、どうなさるおつもりですか!」


 元帥閣下が慌てて止めに入る。


「うかつだった。木製品も害虫になりえるのだな……。イトコ殿は傷つけず、対象を絞って、火力を極限までに圧縮して、コア部分を確実に狙って……抹殺……」

「び、美青年様! お許しください!」

「正気に! 正気に戻ってください! 女神様のお気に入りを破壊したら、女神様が悲しまれます! もう二度とお口をきいてもらえなくなるかもしれませんよ!」


 サウンドブロックと元帥閣下が、なにやら不吉な呪文を呟き始めた美青年様を止めにかかる。


「それは困る。トドメを刺すのがまずいのなら、ちょっと、キツめのオシオキを……」

「や、やめてください! ガベルはまだ病み上がりなんですぅ! ビリっとだけでも、ポックリ逝っちゃったらどうするんですか!」


 半泣きになりながら、サウンドブロックが美青年様にすがりつき、元帥閣下が「ご無礼をお許しください」と背後から羽交い締めにする。


「眷属だとしてもやりすぎだ! 許せん! 成敗してくれる!」


 年長者組がもみくちゃになっているなか、年少組のふたりは全く気づかす、己の世界にひたりきっている。


「ボクの女神さまぁ……とってもいい匂いがします」

「ふふふん。ありがとう。ガベルちゃん、こうして気力は戻りつつありますが、しっかりとプロの方に修繕してもらうのですよ」

「は――い」


(きもちいなあ……。サウンドブロックも、ボクのことを一生懸命に心配してくれているし……きもちいい。サイコ――)


 女神様の甘やかな香りに包まれて、ガベルはうっとりと目を閉じる。


「ねぇ、ボクの女神様?」

「なんですか? ガベルちゃん?」

「どうして、女神様は、ボクを……ただの木槌を助けてくれたのですか?」


 ガベルの質問に、部屋が静かになる。

 それはサウンドブロックも不思議に思っていたことだ。


「ふふふん。それはですね――。ガベルちゃんと、お兄さまのサウンドブロックさんが、わたくしが幼い頃にお世話になった木でできているからですよ。もちろん、ふたりのおしゃべりが楽しくて、ガベルちゃんが大好き、という理由もありますわ!」

「え――? ボク、そんなコト、覚えてないです」


 女神様の胸の中でふにゃふにゃになりながら、ガベルは甘えつづける。


「そうですね。原木の頃の出来事ですからね。スゴウデの職人によって、木製品としての役割を与えられたあなたがたは、覚えていないのかもしれません」

「…………」

「ですが、わたくしとお兄さまはしっかりと覚えています。とてもお世話になったので、わたくしたちの間には『ご縁』ができたのですよ。今回は……『知る辺の樹』様のご恩に報いることができました」


 優しい、とても優しい眼差しで、女神様はガベルへと語りかける。


「そ、そんなことが……」


 サウンドブロックは驚きの眼差しで、ガベルと女神様を見比べる。


「遠い昔の話だが、わたしたちには昨日のような出来事だ。『知る辺の樹』様は、わたしたちの成長を見守ってくださり、また、わたしたちの眷属に対して大変よくしていただいた。その縁が、今回はこのような形になった」

「そう……ですか」


 昔のコトを思い出しているのか、美青年様の横顔はとても柔らかい。


「今回だけだ。今回だけ見逃してやる」


 美青年様は厳しい顔に戻ると、サウンドブロックと元帥閣下を睨みつける。


「ありがとうございます!」

「ご慈悲に感謝いたします!」


 ウトウトしはじめたガベルの頭を優しく撫でながら、女神様は子守唄をうたいはじめた。

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