7-3.オークションオーナー

「特殊な招待状を受け取ったものだけが、オークション会場に入れる設定にする。招待状がない者……資格なき者は、いかなる理由があっても会場には入ることはできない。セキュリティが追い返す」

「そうなんだ」


 ザルダーズのことだから、色々と考え、根回しや仕掛けに手抜かりないだろう。むしろ、こだわりすぎるのでは、と心配してしまう。


 ただ、どういう手段でその招待状を持たない者を追い返すのかは、あえて聞かないことにする。


 ザルダーズはすごく楽しそうだ。瞳がキラキラと輝いている。

 学生時代、魔導回路の課題を嬉々としてこなしていた姿と重なる。


「魔導回路の設計に凝りすぎて……死人をださないようね……」

「もちろん、ちゃんと手加減は心得ているさ。そういうのは得意だからね」


(……手加減? ザルダーズが?)


 心配だ。

 とても心配だ。

 ザルダーズの笑顔がマックロだ。

 よからぬことを企んでいる顔をしている。


 きっと、フトドキモノが手違いで死亡したとしても、「証拠がなければ大丈夫」「盗ろうとしたのなら、己の生命が獲られる覚悟のうえで挑んだんだよね」という独自理論で『証拠を自動処理する回路』も埋め込んでそうだ。


 ラディアは大きな溜め息を吐きだす。

 悪いのはザルダーズではなく、ザルダーズに喧嘩を売ろうとする者たちだ。そういうことにしておこう。


「招待状からして大変そうだね。でも、どうして、そんなに手間のかかるようなことまでして、オークションをはじめようと思ったのさ? 準備していることって、セキュリティや招待状だけじゃないんでしょう?」


 ラディアの質問にザルダーズは少し困ったような顔をする。

 どのように説明したらよいのか、言葉を探しているようだった。


「う――ん。ホラ、モノの値段って、どうやって決める?」

「……原材料費とか、必要経費とか、人件費なんかを足して、そこにちょっと利益を上乗せする……かな?」


 ラディアの返事に、ザルダーズは軽く頷く。

 今のラディアは、その方法で、自分のヴァイオリンの値段を決めている。


「じゃあ、モノの価値って、どうやって決めるんだろうな? オレはモノの値段に、モノの価値も加えたいと思っているんだ」

「モノの価値?」

「そうだ」


 意味がよくわからない、という顔をしているラディアにザルダーズは説明をする。


「Aの世界ではゴミみたいな扱いを受けているモノがだな、Bの世界ではものすごく貴重な品で、それを巡って争いが起こるようなこともある」

「うん。そうだね」


 ザルダーズは今でこそ色々な分野に進出しているが、会社を引き継いだときは……彼の父親は『そういうモノ』を見つけては仕入れて、別の世界で販売する……という交易を行っていた。

 今でもそれがメイン事業となっている。


「ホラ、人によっては、河原に転がっている石や、ヘビの抜け殻がものすごく大事なモノだったりするだろ?」

「うっ、うん。そうだね」


 ヘビの抜け殻やセミの抜け殻などを楽しそうに集めていたザルダーズを思い出す。


「芸術品、骨董品なんかも、Aの人にとっては価値のないもの……それこそ、ガラクタ同然のものでもBの人にとっては、喉から手がでるほど欲しいものだったりする」

「まあ、芸術作品とか、感性に訴えるようなモノは、好みの問題もあるからねぇ」

「そうだ。時間をかけて百号のキャンバスに描かれた嫌いな画家の絵よりも、ペーパーナプキンの裏側にサラサラっと描いた好きな画家のスケッチの方が、ものすごく欲しいと思うヤツもいるだろう?」

「う――ん。それはちょっと、極端な例えだけど、そういうものだろうね」


 ラディアはザルダーズの説明にコクリと頷く。


「販売されている一枚の絵を、複数の人が同時に欲しがった場合はどうなる? 誰がその絵を手にする権利を得ることができるんだろうな」

「どう……って」

「早いもの勝ちか? くじ引きか? 決闘で決めるのか? 売り主の個人的な好き嫌いで決まるのか?」

「どうしても欲しければ、売り主に交渉する人もでてくるかもね」

「そうだろ? 自分はこの値段よりも高い金額を払うから、ぜひとも譲ってくれ……というやりとりはあるだろう。購入したい側が、その絵のわかりにくい価値を、わかりやすい値段という数字で表現するんだ」

「ザルダーズ……」


 ぼんやりとではあったが、親友がなにをしたいのかみえてくる。


「オレは、価値があるのに、不運にも正当な評価がされていない『モノ』を衆人の前に引っ張り出して、みんなにその素晴らしさを知ってもらいたいんだ。そして、その『モノ』に自分が感じたままの評価を……値段をつけて欲しいんだ。その様子を観たいと思っている」


 世界には色々な事情があって、日の目を見ることができないモノがある。


 例えば、ライバルの妨害にあったり、師や重鎮の機嫌を損ねて迫害を受けている作品もある。

 時代を先取りしすぎて理解されないモノもあれば、登竜門といわれる出来レースのコンクールに入選しない限り、認められない世界もある。

 特定の派閥に所属できないと評価されない、逆にその派閥に所属してしまえば、多少、難のあるモノでも高評価を得ることができる……といったことが多々あるのだ。


 その陰となって隠れてしまっている部分にザルダーズは光を当てたいと思っていた。

 光は当てるが、判定するのは自分ではない。オークション参加者だ。

 もちろん、一番、光を当てたいのは、ラディアのヴァイオリンだ。

 だが、それは黙っておく。


「ザルダーズのお眼鏡にかなったら、紙ナプキンの裏に描かれた絵でも、何百万、何千万の値段がつきそうだねぇ」

「値段をつけるのはオレじゃないぞ。オークションの参加者……入札者だ。まあ、そういう気持ちにはさせてみせるけどな」


 ザルダーズはニヤリと笑う。口元がわずかに右上がりになる笑い方だ。

 そういう笑い方をするときは、色々と画策し、企んでいるときの笑い方だ。そして、ザルダーズが本心を隠すときの表情でもある。


 ザルダーズは慈善家ではなく実業家だ。

 職人のラディアには思いもつかないようなことを、色々と考えているのだろう。


 ただし、これ以上のことを聞くのは、彼の事業の根幹に触れるであろうから、例え親友であっても許されない。


 その境界線はしっかりと引いておかなければ、とラディアは自身を戒め、口を閉じた。

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