4-3.備品と魔導具

 木製のオークションハンマー――ガベル――と同じ素材の打撃板――サウンドブロック――は、オークション事業発足時から脈々と使用されつづけていた道具だが、普通の備品だった。

 とても有名な職人が、若い頃に内職で作成していた木製品であはあったが、魔導具ではない。


 魔導回路に詳しい初代オーナーは、オークション事業を開始する前に、備品に色々な仕掛けをほどこしたが、木槌と打撃板には改造を加えなかった。


 備品と魔導具。


 このふたつには天と地ほどの大きな差がある。


 それでも、この不思議な現象が起こりやすいオークションハウスで、様々な世界の不思議な品と触れ合っていた結果、ただの備品たちも魔導具たちと同じく、ゆっくりとではあったが、それぞれの意識と個性を持ち始めた。

 ガベルとサウンドブロックもその備品の中に含まれている。


 道具がよりはっきりと意思を主張する。

 しかし、魔導具と違って、備品は人型化までは到達していなかったが……。

 どうも、アノ木槌と打撃板からは妙な気配――仲間たちが人型をとりはじめる間際に漂わせていた気配――がする。


 中佐は会場内にいるニンゲンたちの様子を警戒しながら、長い付き合いになる木槌と打撃板を観察した。


 いわゆるこれも『女神ちゃま効果』だろうか。



(オークションの開始時間が遅くなったら、ボクの女神様が気の毒だよ……まだお若いのに、夜更かしは厳禁だ! スベスベお肌が荒れちゃったらどうしよう? ボクはどうしたらいい?)

(そ、そうか?)

(なんだよ! その他人事みたいな発言!)

(いや、実際に、他人事だし……)

(非道い! サウンドブロックがひど過ぎる!)

(え? なんで! ちょっと、ガベル、落ち着こう。女神様の肌荒れをなんでガベルが心配するんだ?)

(ボクの女神様が、特等貴賓室にいらっしゃるのに、落ち着いてなんかいられないよ! お肌スベスベは大事だよ!)



 ガベルがプリプリ怒っている。というか、サウンドブロックの鈍い反応が、ガベルの怒りを煽っている。



(サウンドブロックもぼーっとしてないで、もっと、木目を引き締めてよっ! だらけてるサウンドブロックなんて、大嫌いだ! カッコ悪い! 叩いてあげないんだから!)

(え――! なんで――! ちょっと、それはあんまりだよ――! 俺にはお前しかいないんだから!)

(だったらもっと、真剣に向き合ってよ!)

(俺はいつだって真剣だ!)



〔な、なんなんだ? あのバカップルは……〕


 演台の上でカチカチ、カタカタじゃれ合っているオークション備品を、中佐は呆れ顔で見下ろす。

 あんなに激しく動いていたら、そのうち演台から落ちてしまうぞ。と余計な心配をしてしまう。


 持ち場から落ちるのはよくない。絶対にダメだ。悲劇しか起こらない。重力加速と落下衝撃と反発力をあなどってはいけない。

 落下を想定して作成されていない備品であればなおのこと、落下には警戒が必要だ。

 経験者だけに、中佐はハラハラしながら、元気な……自己主張がはげしすぎる木槌と打撃板を眺める。


 とても小さいのに元気いっぱいだ。見ていて飽きない存在だ。

 そういえば、あの備品たちは、自分には視えなかった特等貴賓室にいらっしゃる女神様と美青年様の姿を認識できていた。


 備品たちの妄想と思ったのだが、違うのかもしれない。


 そもそもガベルが女神様しか視えず、サウンドブロックが美青年様しか視えない――どちらか片方しか視えない――というのは、おかしな話だ。そのようなことは、結界魔術ではありえない。


 まあ、ここでは不思議なことが起こっても不思議ではない、ザルダーズのオークションハウスだ。

 この場所ではどんな奇妙な現象も許される。

 一部の対象だけが透けて見えるという結界もある……かもしれない。


 ガベルとサウンドブロックが、演台の上で陳腐な夫婦漫才をはじめだしても、不思議なことではない。


 など言い聞かせながら、メインホールシャンデリア中佐は、ガベルとサウンドブロックの夫婦漫才の観覧者となっていた。

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