第4章 踊る! オークション!
4-1.特等貴賓室シャンデリア少佐
(特等貴賓室シャンデリア少佐より報告!)
(特等貴賓室シャンデリア少佐、報告どうぞ!)
(賓客が特等貴賓室に入室したのを確認。以上)
(了解!)
(あ――っ。特等貴賓室シャンデリア少佐応答せよ)
特等貴賓室シャンデリア少佐が念話を終了させたところ、元帥閣下が少佐に呼びかける。
(このまま念話を継続し、賓客の様子を実況しろ)
(お断りします!)
(へ?)
命令拒否に元帥閣下だけでなく、念話に耳を澄ませていたセキュリティ魔導具たちまでもが驚愕で固まる。
固まったが……次の瞬間、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
(え――! なんで!)
(ひど――い!)
(情報の独占だぁ!)
(横暴だ!)
(賓客対応のエリート士官だからって、許されることと許されないことがあるぞ!)
(ちょっと材質がいいからって、増長するな!)
(女神様情報を!)
(情報共有を!)
(潤いをくれ――!)
(独占反対!)
(知る権利の冒涜だ――!)
特等貴賓室シャンデリア少佐は、とても真面目で優秀な照明器具だった。真面目どころではない、生真面目な照明器具だった。
小さいながらも、特等貴賓室のシャンデリアとしてふさわしい、品格あふれるきらびやかなデザインである。
使用されている透明度抜群の超硬質カットクリスタルガラスは最高級品。トップクラスの工房によって作成された、超一流のアンティークシャンデリアだ。
大きさでは負けるが、メイン会場に華を添える巨大シャンデリアにも負けない輝きを放つことができる。
メイン会場ホールの巨大シャンデリアがダントツ一位の豪華さを誇り、多くの人々を唸らせ、専門家から高い評価をうけている。
数多の世界に誇りたいシャンデリアランキング百選の上位に食い込むほどだ。
その次に、賓客用玄関ホール、特等貴賓室、正面玄関ホールのシャンデリアがつづく。
それはデザインの豪華さ、美しさのランキングであると同時に、初代オーナーが仕込んだ魔導回路の複雑順でもあった。
特等貴賓室のシャンデリアは、初代オーナーが蚤の市で見つけ出したアンティークシャンデリアなので、元帥閣下よりも年配で経験も豊富だ。
少佐は、少数精鋭のプライドが高い貴賓室の照明器具たちをよくまとめ、元帥閣下をしっかりと支え、二階貴賓エリアの要として活躍している。
そんな生真面目な彼が、元帥閣下に異を唱えるなど、前代未聞の出来事であった。
貴賓席エリアの照明器具たちの動揺が手に取るように伝わってくる。
(元帥閣下、発言をよろしいでしょうか?)
(あ、ああ……。許可する)
少佐は希少な超硬質カットクリスタルガラス製なので、性格も思考もガチガチ。年長者にもかかわらず、年の功をふりかざすこともなく、真面目で忠実な部下で、元帥閣下も少佐のことを信頼している。
(元帥閣下、我々二階貴賓エリアの照明器具は、賓客の身の安全、および、プライバシーを護るために、初代オーナーよりその役割を与えられ、今日まで起動してまいりました)
(う、うん。……わかっているよ。理解している!)
ぽそっと、他の二階貴賓エリアの照明器具が(そうだったんだ)(知らなかった)と呟いている『念』を、元帥閣下は自分の『念』を大きくしてかき消す。
雑念には信念で対抗だ。
(ですので、我らの接待圏内に入られた賓客の恥ずかしい行いは、一切、外部に漏らすことはいたしません!)
〔は……恥ずかしい行い?〕
一体、賓客たちはあの密室でどんな行動をしているというのだろうか。
がぜん興味が……いや、なんでもない。
(……そうだな。そうだったな。貴賓のプライバシーは大事だ。我々は貴賓の身の安全だけではなく、そのお立場と権威も護らなければならない。立派だ! 特等貴賓室シャンデリア少佐! 素晴らしい! セキュリティ魔導具の鏡だ!)
(いえ、元帥閣下! わたくしは鏡ではなく、アンティークシャンデリアです)
部下たちのブーイングが止まらないが、元帥閣下は聞こえないふりを貫く。
自分もそのなかに混じって、猛然と意義を申し立てたいが、立場と身の安全上、元帥閣下は必死に我慢する。
(女神様と美青年様が、貴賓席の見通しの悪さに関して言い争いをしようが、ご機嫌ナナメの女神様が、オーナーが用意したザルダーズのオリジナルグッズでご機嫌をなおされようが)
(…………)
(それでもって、おふたりが仲直りをされ、甘々ムードに戻ろうが)
(…………)
(おふたりが備品のガベルとサウンドブロックの話題で盛り上がって、美青年様がガベルとサウンドブロックを欲しがろうが)
(…………)
(すべては口外してはならない機密事項。安全上、支障がなければ、貴賓の言動を逐一お伝えするわけにはまいりません)
(…………うん。よくわかった。よくわかったよ。少佐は任務を継続してくれ)
(イエッサー!)
少佐との念話がぷつりと消える。
……消えたようにみえるが、実際は魔導回路でしっかりと繋がっているので、元帥閣下が望めば、特等貴賓室の様子を伺うことはできる。
が、それは緊急事態のための回線であって、賓客をノゾキミするためのものではない。
あれだけ堂々と宣言されたら、元帥と呼ばれている立場上、ノゾキはできない。
ちょっと残念な気もするが、ザルダーズでは賓客ルートを利用する貴賓には『サンラズ』を徹底している。
賓客に対して、『視線を送らず』、『身元を探らず』、『多くを語らず』だ。
特等貴賓室を実況するなど、本来、やってはならないことだ。
備品たちのちょっとしたイタズラとして見逃されているだけだろう。
〔『視線を送らず』、『身元を探らず』、『多くを語らず』〕
呪文のように心の中で何度も繰り返しながら、元帥閣下はオークションハウス全体へ防御の意識を向け始める。
今日は色々とありすぎた。
まだオークションは始まっていないのに、なんて騒々しい日なのか。
チュウケンさんがトラブルを起こした参加者に対して『ツヨキコトバ』を用いて撃退した。
騒動を起こした参加者たちが全面的に悪いが、あれにはドン引きした。セキュリティ備品の天誅『セイスイデモカブッテハンセイシヤガレ』を上回るエゲツナサだ。
それだけではない。
女神様、美青年様の参加に興奮し、騒ぎ立てているザルダーズの意思ある備品たち。
美青年様がときたま放つ殺気。
そして、尊すぎるおふたりの存在。
それらの様々な要素が影響しあって、共鳴して、オークションハウスの磁場がどんどん悪くなっている。
この状態で『競り』の熱気が加われば、オークションハウスのキャパを越えて、存在が崩壊しかねない。
異なる全ての世界が交わり合う不安定な場所は、それだけ特殊な場所なのだ。
元帥閣下は意識をオークション全体に広げ、ハウスを護る結界を強化していった。
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