2-6.賓客来訪

(元帥閣下、オークションスタッフが賓客ルートの準備にとりかかりました)

(今頃? 今回のオークションでは貴賓席利用者はいないって、報告があがってたよね?)

(直前参加者のようです。スタッフも慌てて準備をしています)


 ニンゲンの中には、色々な事情から、一般参加席からではなく、貴賓席からオークションに参加を希望するものもいる。


 ザルダーズの異世界オークションは、貴人ばかりが参加する品格の高いオークションとして有名だが、いや、有名だからこそ、本来であれば、オークションに参加してはならぬような高貴な御方もオークションに参加する場合があるのだ。


 収益の一部を慈善団体に寄付しているので、ノブレス・オブリージュを気にする貴人であれば、それを理由に参加しやすくなるのだろう。


 とある世界の上流層では、ザルダーズの異世界オークションにこっそり参加し、高額落札することが貴族としての義務、美徳というような風潮もあるくらいだ。


 仮面を被っていようとも、わかる者には、それが誰なのかはわかる。

 高貴すぎる方々ならなおさらだ。

 なので余計な騒ぎを嫌う高貴は御方は、特別料金を払って、衆人の目が届かぬ場所――貴賓席――からオークションに参加する。


 公務ではなく、お忍びで来ているときぐらい、衆人の目を気にせずリラックスした状態でイベントごとに参加したいだろう。

 また、自身が一般席に紛れ込むことで、一般参加者に迷惑が及ぶのを危惧する高貴な御方もいらっしゃる。


 様々な理由で貴賓席の需要はあるが、賓客ルートでオークションに参加するには、事前予約が必要とされている。


 賓客を迎えるための準備もあるし、警備体制の問題もあるからだ。

 だが、参加者には色々と事情があり、当日、あるいは、オークション開始直前に貴賓席の使用を求める参加者もいる。


 ザルダーズもその無茶ぶりについては理解を示しており、席に余裕があれば当日でも案内している。

 どうやら本日のオークションに、直前参加者が現れたようだ。


(了解した。これより賓客ルート担当者には、貴賓護衛モード発動の許可をだす)

(イエッサー!)


 貴賓席を利用する賓客は、一般参加者たちが出入りする正面玄関ではなく、自分が守護担当している特別玄関から入場される。

 そして、一般参加者は立ち入ることができないエリアのルートを使用して移動し、二階の貴賓席からオークションに参加するのだ。


 仕事が増えて面倒くさいな……と思った元帥閣下とは違って、副将の返事はやる気に満ち満ちている。その気配が念話を通じてヒシヒシと伝わってきた。


 アンティークランプ副将は、興奮でうっとりするくらい神秘的な輝きを放っているにちがいない。

 副将は優雅でロマンチックなデザインのランプなのだが、内面はとてつもなく好戦的だ。


(賓客はどのルートを使用するのか?)

(スタッフは三番待合室と、一番賓客室の準備をしております!)


 副将の報告に、元帥閣下は天を仰ぎたい気分になった。

 身体のムズムズがさらに強くなる。


(ちょっと待て。確か、三番待合室といえば……)

(はい。贋作の絵画が三点ほど展示されております。さらに、連作がばらけた状態で単独展示になっており、一点は上下逆に飾られています)

(……………………)


 ドアノッカー元帥は言葉を失う。


 玄関ホール脇のすぐ隣には、左右に二部屋ずつ、合計四つの待合室がある。

 四つの小さな待合室は、ギャラリーも兼用している。

 貴賓席の準備が間に合わなかったり、貴賓席の利用者が複数組あった場合に、お互いが顔を合わすことなく貴賓席にまで移動できるよう、時間調整の待合室として設けられていた。


〔おいおい。よりにもよって、贋作が展示されているギャラリーに賓客を案内するだと? しかも、絵を上下逆に展示しているとは……〕


 要人警護とは関係ないが、賓客を贋作でもてなすのはまずいだろう。元帥閣下でもそれくらいのことはわかる。


〔四つも部屋があるのに、よりにもよって、なぜその問題だらけな最悪な待合室をドンピシャで選んだ? オーナーは大丈夫か?〕


 元帥閣下はぼやきたくなった。

 四分の一の確立で『ジョーカー』を引き当ててしまったオーナー。

 ある意味、すごく引きが強いオーナーだ。


 セキュリティ魔導具である彼らは真夜中に人型化ができても、ニンゲンの前で人型を保つことはできなかった。

 ニンゲンと言葉を交わすこともできないし、コトバ以外の手段で意思を伝えることもできない。


 元帥閣下は、まだそこまでの域に達していなかった。

 さらに年数を重ねれば、それらのことも可能になるらしいが……。

 三番待合室の壁面を飾る絵画に贋作が紛れ込んでいるのがわかっていても、セキュリティ魔導具たちは、そのことをオーナーに警告することができない。


 ザルダーズの優秀なスタッフが調査に調査を重ね、ランダムに選んだ複数の鑑定士に鑑定を依頼しても見抜けなかった贋作である。

 ある意味、真作よりも真作らしい見事な絵だ。


 絵の声が聞こえるセキュリティ魔導具たちだからわかったことだ。


 複数の鑑定士も欺いた贋作。賓客の審美眼の程度によっては誤魔化すことも……可能。

 だが、真贋を見抜く賓客であれば、機嫌を損ねること確実だ。逆鱗に触れることだってありえる。


(贋作前に配属されているピクチャーライト二等兵に、照射を控えるよう命令いたしましょうか?)


 絵を照らすライトが暗ければ、細やかな筆のタッチまではわからなくなるだろう。

 真贋の見分けも難しくなる。


(いや、それだと逆にこの絵が怪しいと主張してしまう。三番待合室の全照明に、輝度を可能な限り落とすように……)

(元帥閣下?)


 急に黙り込むドアノッカー元帥。


(元帥閣下?)


 静かになった通信相手に、副将の声が大きくなる。


(あ――。やだな――。こういうときの、俺の嫌な予感って、ほぼヒャクパーセント当たっちゃうんだようね。どうしてだと思う?)

(は……?)

(馬車が特別玄関前に到着したぞ! 賓客のご到着だ)

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